07
翌日、登校した今江の顔をみて、クラスメイトは今朝の家族と同じ反応をした。
「……見事にはれてる」
「どした?」
「何泣いたの」
「昨日のロードショウだろ、あれ泣けたもん」
あー泣けたねえという騒ぎのなか、違うカバンを女子生徒に指摘されながら、今江はあいまいな返事をした。上着とネクタイも昨日とは違うものだが気づかれていない。朝になるまで日向宅に忘れてきたことを失念していた。
(泣くとまぶたってはれるものなんだなあ)
過去にあれほど泣いた経験がなかったため、今朝の洗面所では妖怪に出会ったかとおもった。二重がくっきりした三重になっていた。
外界と膜ができて実感のないままに授業をうけた。
(あー、集中できない)
移動教室の準備をしながら胸中でこぼす。
(失恋した翌日くらいは、いいよな)
自分を慰めようとして、かえってまた涙腺が緩みそうになった。あわてて意識を散らす。教室から滑らかな廊下にでる。
*
階段横の角は全面窓だ。二日つづいての秋晴れ。太陽が今江の目を焼く。
(ああなんていい天気……めげそうだ)
手で日除けをつくってやり過ごそうとした。
視界の隅にだれかの足がみえた。
「今江先輩」
「わッ」
忽然としてあらわれた日向に、今江はもろに驚いた。廊下を歩いていた生徒数人が、あ、一年の日向だと囁きあってとおりすぎる。
「カバンと上着、ネクタイも渡そうと」
日向が指差した先、窓際の柵の根本に紙袋が置いてあった。
今江は日向をみないようにして紙袋に近づいた。いつまた何かの拍子で泣き出してしまうかわからない。ふたたび泣くにはまぶたは辛い状態だ。
「……昨日は……先輩……昨日、その……」
口止めがしたいのだろうか、そうちらっとおもった。
利己的目的で近づいてくる相手を、三人がどう楽しもうが知ったことではない。賛成ではないがあれ以上、口出しするつもりはなかった。
「服ありがと……それじゃ」
日向が差し出した紙袋の取っ手を、奪うようにして今江は握った。すぐに身をひるがえす。
*
自分にこんな勇気があったのかと目をむきながら日向は待ち伏せをしていた。その相手である今江の去っていく背中に声をあげた。
「待って!」
そして情けないことに、それ以上何をいっていいのか頭が真っ白になった。
(待って――行かないで)
腕をつかんで引きとめたはいいが、外野から何してんだろうなといわれるほど固まって動けない。今江は顔をそむけて、目さえ合わせてくれない。
(そ、そうだ誤解だ。誤解を解くんだ……それから、それから……)
早くいわなくてはと焦れば焦るほど、汗をかくだけで口に意識がむかない。早くしなければとりかえしがつかないことになる。どうしようもなくめちゃくちゃになってしまう。
(誤解を……)
今江が日向の手を振り払うそぶりをみせた。日向は青ざめるおもいで腕をみつめた。