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06

 天の配剤、というのだろう。

 梶辰臣の生家と自分の家がごく近所であったこと。年が同じだったこと。

 公園やスーパー、銀行、幼稚園などで子連れの親たちは自然と知り合う。立ち話しているうちにうちとけてくる。

 片や姉と妹にはさまれた長男。片や弟がいる長男。

 でもどちらの兄弟姉妹より、芳久と辰臣は仲がよくなった。

 出会うべくして出会ったのだと、おもったものだった。


 面倒臭がりの辰臣が、芳久のいうことは他の人間からのものよりきいたし、幼馴染にたいして絶対の信頼を寄せていることに、当の芳久はじゅうぶん気づいていた。

 だが、ここにきて、その長年の信頼を裏切ってしまった。

 自分であえて直視しないでおこうとおもっていたのに、体が動いてしまった。


(キスしてもーた……)


 なんともロマンのない、衝動的な行為。

 告白もなにもなし、あれでは辰臣もただ混乱しているだけだろう。

 そう、だから顔をみてへらっと笑って謝ればそれでいままでどおりだ。

「ごめん、ちょっと驚かそうとおもってん。失敗したわ」

「あほかー!」

 ばしっと頭をはたかれて、それでおしまい。


 それで片が付くというのに、授業の休み時間に目があったとたん、背を向けた。

 和解に背を向けた。

 いままでどおりに背を向けた。

 ――ただの幼馴染であることに背を向けた。



 放課後、じゃっかん青ざめながら美術部に向かった辰臣は、そこで部員の林に芳久は部活を休んだときいた。

「あれ、小野原からきいてないの? 梶にいわないなんておかしいな」

 そう部員におもわれてしまうほど、幼馴染のふたりはべったりだった。

 林のニキビ面をみながら、辰臣は足元から崩れ落ちそうだった。


(な、なんで……)


 あきらかに避けられてる。

 日中のあれも、故意に視線を外されたのだ。間違いない。


(お、おれが何したん……)


 辰臣はくしゃっと顔を歪めると、何もいわず部室の入り口で背を向けて廊下を走っていった。

「どうしたんや梶!?」

 林の声が背中から追ってきたが振り返らなかった。



 登校時と同じように徒歩で帰宅した辰臣は、汗を流すために浴室に入ったものの、シャワーをだして頭からかぶったとたんしゃがみこんだ。

 近所にある、ほんのさきの小野原宅に行く勇気がない。

 あれほど気心の知れた、唯一だとおもってきた男の顔をみてどういうことだと問い詰める気力がない。

(よし……芳久)

 人のよい性格がにじみでている男前な顔が脳裏に浮かぶ。


 日に焼けて、黒い短い髪がよく似合っている。自分とはちがって、だれとでも気さくに会話をし、快眠快活。

 でも、どんなことがあっても、だれと仲がよくなろうとも、小野原芳久の一番は自分だとおもっていた。

 なぜなら梶辰臣の一番はずっとずっとまえから芳久だからだ。

 視覚と聴覚をシャワーで覆われながら辰臣は悪態をついた。


「……ちくしょう、おれのこと、無視、しやがって……芳久の分際で……っ、お、おれが何したってん、だ……」


 むしろしてきたのはそっちではないか。

 冗談でキスしてきたのは芳久だ。

 それとも、それ以外を含むなにかで、自分をこうも苦しめているのか。

 しかし一番ゆるせないのが、もういい、もう芳久のことなどどうだっていいと切り捨ててしまえない自分の心だ。


(どうしてなん、なんでなん、おれがなにしたんよ。何があかんかったかいってくれよ)


 そういって縋りつければどんなにいいか。

 もはや解決策はそれしかないとおもうものの、いくら気心しれた幼馴染同士といえど、辰臣にもプライドはあった。


(――おれがあかんかったんか、芳久。よし、なあ……)


 痛む胸と混乱する頭を抱えながら、それでもどうにか浴室から出てくると、腰にタオルを巻いた姿のままかき集めた勇気で携帯電話から芳久にメールを打った。

 ほぼ無視されていることが確定しているものの、長年の付き合いがこんなわけのわからないまま壊れていくのはあまりに信じがたく、辰臣は恐々と、顔から表情をなくしながら文面を考えた。

 件名はなし、『おれ、何かした?』その一行が精一杯だった。

 さらに送信ボタンを押すのに一時間は躊躇した。

 体を拭いてからとか、着替えてからとか、夕食をたべてからとか自分に言い訳をしつづけて、ようやく押した。押したあと、あまりに葛藤が大きくてへろへろになってそのままベッドに突っ込み、つぎの瞬間から返事が怖くて仕方なくなった。

 何も手がつかないまま、携帯電話を握り締めてすごしたその日の日付が変わったころ、メールが届いた。


『辰臣は何も悪くない。おれが悪い。だから、しばらく別々で行動しよう』


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