02
初山高校は文武両道を謳う共学の府立高校だ。
野球部と水泳部は全国大会の常連で、進学率もなかなか高い。
辰臣はそこに幼馴染のバックアップを受けてぎりぎり受かり、とうの芳久は危なげなく合格した。
自転車通学のふたりであったが、いつも使用するのは一台だけ。
「たっくん起きやあ、遅刻すんでえ!」
同じ町内に住むふたりは、幼稚園時代からの幼馴染。小学校の集団登校がはじまったときから、夜更かしばかりして朝の弱い辰臣を迎えにいくのが芳久の朝の決まりごとだった。
辰臣の共働きの母は、律儀に毎朝きてくれる芳久に「ごめんね。お願いね」で玄関を通し、二階にあがってもらう。手間取る息子にそう時間をかけられないのだ。なんといっても辰臣のしたに男がもうひとりいて、こちらには迎えにきてくれる幼馴染がいない。
ゲーム機と雑誌と脱いだままの服が散らばる個室に芳久は押し入り、ベッドのうえで布団を押し潰して寝ている辰臣に蹴りをいれ、ワイシャツを探し出す。
衣替えして上着を着なくていいのが助かる。六つボタンはこの時期ひどく暑いのだ。
「よしくん……おれ、今日は休み」
「おばちゃんそないなこといってなかったで。病気ちゃうなら起きいよ、ほら。ほらほらほら」
ふたりとも背丈は同じくらい。
中学時代からスポーツをしていたわけでもないので、力もだいたい同じくらい。
顔もふたりともわりと男前で、辰臣は愛想がないからなんとなくとっつきにくく冷たそう。芳久は面倒見がよく人当たりがいいので楽しいやつ、とおもわれていた。
頭の出来だけは大きく違った。
芳久は学校どころか県内でトップクラス。辰臣は並――そうおもわれている。
その頭のいい芳久にベッドから引きずりおろされた辰臣は、パジャマを脱がされ、ワイシャツを着せられ、ズボンを履かされても首をかくっと折って眠りの世界にただよっている。
「朝、なんか食べるんか。どうする、たっくん」
「んーええわ、めんどいわ……」
「じゃ水だけ飲んどけ。歯磨いて顔洗って男前になったらがっこ行くで」
なんとか着替えさせ、ぺったんこの鞄までつかんで階段をおり、洗面所に体を押し込む。そのころになると辰臣の母の切れた声が家中に響いている。
「啓太いいかげんにしなさい!」
中学生の啓太は図体は大きくなったが、いまだ母親なしでは朝が起きれないらしい。
(……たっくんも、おれなしじゃ起きれへんもんな。同じやな)
弟と同列にあつかわれている兄は、髪やワイシャツをべしょべしょに濡らしながら洗面所からでてくる。これもいつものことだ。登校しているうちにシャツは乾くだろう。
半眠り人を居間のソファに座らせて、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し渡してやる。
辰臣が飲んでいるあいだ、芳久はちらっとテレビ横の時計をみた。
八時十分。
「さ、行くで――おばさあん、それじゃたっくんと学校行ってくるからね」
「ありがとうよしちゃん! お願いね」
階段下を通りかかったときに大声で知らせ、幼馴染を玄関まで連行し、外にでる。
自転車のペダルに足をかけるのは芳久。後輪の荷台にまたがるのは辰臣。
辰臣も自身の自転車はあるのだが、登下校で使われなくて久しい。
「たっくんあまり体重かけんなよ」
「うん。おやすみ」
やれやれ、とおもいつつ毎朝のことで慣れきった芳久は、背に幼馴染の体重を受け止め、前カゴにふたりの鞄を入れて、力を入れてこぎだすのだった。