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幼馴染同士のお互いにベタ甘な話です。
世話焼きXヘタレ。【全8頁】
梅雨のじめじめした時期は、美術部にとって黴との戦いである。
晴れた日には絵画道具を陰干しする。
三年生が引退し、二年生女子ふたりと、一年生男子六人のかろうじて同好会になることをまぬがれている美術部では、放課後そんな作業にいそしんでいた。
「たっくんさあ、その画板こっちに運んでえな」
梶辰臣は幼馴染に、幼少時からの呼び名を口にされてもゲーム端末から端正な顔をあげなかった。
「たっくんも部員やろ」
そういって窓の外から声をかけていた小野原芳久は、部室の中央にある出入り口をとおって、辰臣の近くに来た。
「……たっくんは幽霊部員でええねんて、おまえがいったんやろ。幽霊は物が運べません」
「ポルターガイスト起こして運べや」
そうはいったものの対抗したのは口だけで、芳久は自分で隅にかためていた画板を十枚ほどいっきに持ち上げた。
辰臣は幼馴染の芳久が危なげなく画板を外に運びだすまで目で追い、かれが振り返るまえにふたたびゲーム画面に顔をもどした。
*
陰干し作業が終わるとしばし休憩となった。
手伝うでもなく部室のテーブルに両肘をついてゲームをしていた辰臣が顔をあげた。
同学年の一年生にむかっていう。
「なあ、小田、マクド食べたない?」
小柄で冬場でも日焼けしている小田はいつだって腹をすかせている。だから返事はいつも同じ。
「食べたい!」
「そうやろ。おれクーポン持ってるから、小田、こうてきて」
「なんや、おれがこうてくるんかい」
「そう」
簡素に返事をし、辰臣は財布からクーポンを取り出す。そして殊勝なことに女性の先輩ふたりや、他の部員にもほしいものをききだす。
丁寧な字でメモをとり、さらっとした顔でそれらを小田に差し出す。
「やっぱりおれが行くんかい」
「小田、マクドほしいんやろ」
「なんやおれが最初にいうたみたいに……」
抵抗するだけ無駄だとおもったのか、しぶしぶ小田が腰をあげかけると、芳久が声をだした。
「ええよ、小田くん。おれが行ってくるわ」
「小野原、ええの?」
「ちょっと量あるし、おれが行くわ」
「よしくんはこういうところが男前よねえ」
二年生の女生徒が感心したようにいうと、同級生の女子もうなずく。
芳久がクーポンとメニューリストのメモをポケットに押し込み、ドアから廊下へ出ようとすると、背後から声がかかった。
「芳久、国道横断するとき、気ぃつけろよ」
幼馴染の忠告に、芳久はうれしそうに手をふった。
*
自転車置き場から校門までまわってくると、石柱のそばに芳久の買出し理由をつくった人物が立っているのがみえた。
「どうしたんたっくん。何かリストに書き忘れ?」
自転車からおりて、足を止めていうと、辰臣は無言のまま後輪の荷台をまたいだ。
「え、いっしょに行くん?」
「マクド行く途中のコンビニまで」
「おれはタクシーちゃうで」
サドルに腰をおろし、ペダルに片足をのせながらこたえる。
「何ほしいの」
「今日サンデーの発売日やんけ。ほら行け。サンデーを放課後まで待たしてしもうた」
背中をこづかれ、重くなったペダルを芳久は力をこめて踏んだ。
「コンビニ寄るのはええけど、じゃあ、たっくんがこいで」
「ゲームして体力は使い果たした」
「使えん!」
ふたりはわあわあいいあいながら校門を出て道路を走り、一路目的地を目指した。