社会人編
鈴木博は大学時代に奇妙な人物とであった。
それがやがては会社を起すというおもってもみなかった道へすすんでいくことになった。
かれは博がめったによりつかなくなった学生寮の住人で、じっさい講義にいるより寮にいるほうがおおく、その寮でひたすらゲームをしていた。
幽霊学生寮生であった博がたまに帰ってくると、自分の一室がいつのまにかこの人物のゲーム置き場になっていたのに気づいたのは二回生となった春のことだった。
その人物との出会い、そして旧交を温めなおした赤坂剛と、その彼女の吉田せらら。
この四人がたまたま顔をあわせ、話題から話題へのたわいないおしゃべりから、やがて夢ともつかない形ないものが浮かび上がり、それがなんだか四人の心をとらえ――。
*
芽がでるかどうかわからないゲーム会社の青年実業家となった鈴木博とはちがい、博を愛する双子は祖父からはじまった貿易をあつかう父の会社を引き継ぐべく働きだしていた。
ふたりは料理の段取りをするのと同様に、おたがいに役割分担をしてそれをぶつかることなく交互に入れ替わり先へ先へと手をうち、だれも追いつけない早さで完成させた。
学生時代にはじめた母の口座をかりての株でかせいだ金で、こっそりと博たちの会社にばれないように融資をしたりしながら、あいかわらず注目を集め、確実に将来への階段をのぼり、うるさい邪魔な草をふたりで優雅に刈ってまわった。
もしかしたらそれはひとりでは進めない道であったかもしれない。
そっくりなお互いをうとましくおもった日もあったが、いまではむしろ博と博との生活を守るためにはふたりでよかったとおもうようになっていた。
ふたりいるから、ひとりは会合や出張や表にでなくてはならないとしても、もうひとりは博のそばにいられる。
博を抱きしめて、愛しているのは自分ではないけど、もうひとりの自分。だれの腕のなかでもなく、もうひとりの自分のなかにいるのであれば安心できた。
ふたりを同時に、一度もまちがえることなくみわけ、ひとりをひとりと認識して受けいれてくれた博だからこそ、そんな気持ちでいられる。
*
バイブレーションが眠りにさまよっていた意識をおこした。
(あいつか――)
予想しながら、隣で眠る人を気遣いながら腕をのばして携帯電話をつかむ。
「はい……」
『ひろくん寝てる?』
「あたりまえだろ」
『ふん、なにがあたりまえだよ。ぼくがたぬきやかぼちゃやじゃがいもをまえにレセプションしてやったせいだろうが――今夜はどうやったんだよ』
「……んー……最初はうしろからでー……」
『……ああ』
「嫌々しながら、ひろくんお尻がうごいてさ、わかるだろ」
電話越しに自分そっくりのふくみ笑いがもれきこえる。
『ああ、ひろくんのお尻、かわいいよな』
内心ふかくうなずきながら話しをつづける。
「いいところで止めると、やめるなって必死に振ってくるの。もう自分から。それ指摘してやると、そんなの違うって怒るし」
『おまえー優しくしてやれよ』
「ぼくはおまえとちがって優しいよ。いまだってひろくん大満足で眠ってる」
相方がききたいであろう今夜のベッドでのことを細部にわたって説明してやる。正面から抱きしめたときの愛しい人の顔。口走ったこと、胸への刺激の反応。とろとろになるまでとかした場所。
視線の先ではカーテンがかすかに白んでいる。まだ朝にしても早い。
おなじベッドで休む恋人は片腕に抱かれて眠っている。
高校二年生で再会して――ふたりで牽制しあい、奪われるまえにからくもとりかえした――求めてやまない幼馴染。
電話のむこうでため息をつくのがきこえた。
『帰るの明後日の夜になりそうだ』
「そうか――ひろくん引きとめておくよ」
『当然だろ、じゃあな。美味しいもの食べさせてやれよ』
「ああ、じゃあな」
小さな声での兄弟でのやりとりは終わる。
つぎに電話の向こうで切ないおもいをするのは自分。
電源をきり、ベッドサイドへ戻すと、腕をもどし博を抱きしめ直す。
「……ん、う……」
そっと息がもれ、くたりともたれかかってくる体重と体温。
(大好き、ひろくん)
そのおもいは自分の分。でも離れているもうひとりの分でもある。自分に対抗するほどの博へのおもいは世界中をさがしてももうひとりしかない。
それでもときには。
愛してる――いまだけそっと、もうひとりの自分より多めにささやいておく。
終わり
「天使たちの眠り」のおまけは以上です。