大学入学前・編
大学は双子と別々に進学した。
(まあ、学力からいっても当然だよな)
と博はおもったものだが、愛しい幼馴染の進路をしって伊良部兄弟がそうとう深刻になったことなどしらない。
帰国してからの高校を、お隣りのひろくんといっしょでないと嫌だとごねた手前、双子はごねもせず偏差値どおりの大学を選択した。それとひきかえに、かれらは家をでることにした。
「――三人で……?」
鈴木博にとって死にそうな受験が過ぎ、なんとか合格し、入学するまでバイト三昧のそんな日。
双子からお願いされてバイトの休日にふたりと外であっていた。
大道りからはずれたオープンカフェ。
石畳と緑の細い電柱。道路と歩行者の幅はたっぷりとあり、瀟洒な店並のあいだから繁った木々がのぞいてる。
すこし肌寒いくらいの日。
お昼まえの軽いお茶――午前十一時すこし過ぎ。
伊良部浩一と浩二のそっくりな双子の兄弟は、高校二年生からお付き合いしている恋人の両手を片方ずつとらんばかりに身をよせて話していた。
「そうです。じゅうぶんに部屋もあるマンション。叔父さんの持ち物なので家賃はなし、光熱費や食費、生活費だけですから」
灰色のダウンジャケットを着た浩一がそういうと、
「ぼくたちの通う大学と、ひろくんの通う大学とちょうど中間に建ってるんですよ。ね、ひろくんも大学生になったら家を出たいっていってたでしょ。ちょうどよくない?」
兄とおなじ色とデザインのジャケットを着た浩二は、フェイクファーに頬を撫でさせながら首を傾げた。
見惚れるほどの品のある美貌ながら、そういう仕草はやけに――博にかぎってだが――かわいくみえる。
「ね、いっしょに暮らそうよ、ひろくん」
ふたりは意図せずハモッて懇願した。
左右からおなじ顔で迫られ、両手でカフェオレのカップを握っていていた博は上目づかいでふたりを交互にみた。
「あのさあふたりとも……」
ファッション雑誌にですらめったにおめにかかれない長身で美形な双子がカフェに座っている姿は、否応なく注目をあつめている。
(まあ、いつものことっちゃいつものことなんだけど……)
ジーンズにつつまれた長い足にはがっちりとしたブーツ。それが重くみえないほどふたりは細身にみえてやわくない。
「おれ、大学の寮に申しこんでるんだよね」
そう博がいうと、双子は同時に目をみひらいて信じられないという顔をした。
「――どうして!?」
浩一が博の左手をつかんだ。博はコーヒーカップをあわてて右手でもった。
「大学の男子寮……そんな、そんな危ないところにひろくんが……?」
浩二は右肘をテーブルについて、博の右肩をつかんだ。
「やめて」
「そんなのキャンセルして」
「ぼくたちと暮らそう」
「男だらけの所に行かないで」
「ぼくたち大学で離れるんだよ」
「家ではいっしょにいよう?」
にぎられた手に力をいれられたり、頬を寄せられたり、つかまれた肩をゆさぶられたり、泣きそうな目でみつめられたり、博は左右から波状攻撃をあびた。
(あああああ……)
これは、くる。
だが、だが――だ。
博は音をたててコーヒーカップをソーサーにもどした。ふたりの動きが止まる。
紺色のマフラーに顔の半分をうずめ、博は首を振った。
「ひろくん!」
「どうしてなの」
伊良部兄弟は左右から博の両腕をにぎった。
(どうしてって、そりゃ……)
あえてふたりと目をあわすまいと博は視線をさまよわす。
もしふたりとマンションの一室で暮らすと想像してみよう。
上げ下げ膳、掃除に洗濯、器用で達者なふたりは博のぶんまでよろこんでしてくれるだろう。
広くて綺麗で快適な部屋。エアコンも電気器機すべてそろっているにちがいない。
博のつましいバイト代を考慮して、生活費だって三等分だといって少ししか徴収しないであろうことも予想できる。
あまりに魅惑的で快適な生活。
――『一室に三人』。
この響きに身の危険を感じるのはどうしてだろう。
魅力に満ちている生活が、それをおもうとどっと恐怖に感じるのはどうしてだろう。
「ひろくん、考えなおして……」
浩二の甘い吐息が頬に触れる。
「ひろくん、朝もやさしく起してあげるよ」
そっとささやかれる浩一のことばは熱く、耳が寒さでなく赤くなるのがわかる。博はよけいマフラーに首をうずめた。
(…………とかされる)
それが怖い。
そんな四六時中、顔をあわせて体に触れられたりしたらたまらない。
高校生でできる精一杯の時間をいままで三人ですごしてきた。
その時間でのあの甘さ、熱さ。
内側から熱され溶かされ痛苦しい甘美な時間。
そんな時間とつねに隣り合わせだなどと、どうしても博には耐えがたい。
双子といてそうならずにいるわけがない。
(恥ずかしすぎるだろ)
博は双子の腕をふりはらうようにして背筋をのばし、椅子に腰掛けなおした。
「おまえらんとこ必ず遊びにいくし……泊まりもするし、どうせ、しょっちゅう行くだろうし……おれはおれの考えがあるんだよ。だから悪いけどさ、そこはふたりで暮らしてくれよ」
呼吸をととのえてきっぱりとそういい、左右をみると、ちゃんと座りなおし博のことばを拝聴していた双子は、お互いに視線をかわすと、やれやれという苦笑をうかべてうなずいた。
「まあ、ちょっといきなりだったかもしれませんね」
浩一は博の乱れた前髪を人差し指でなおしながら、
「気が変わったらいつでもいってねひろくん。部屋は空けておくからね。お泊りいつでも大歓迎だから」
浩二はただ満面の笑顔を博にむけて浮かべた。
胸中ほっとしながら、博はそんなふたりに笑顔をかえした。
*
入学して大学生をはじめて一年後、博はちっとも学生寮に帰ることがなくなり、なし崩し的に伊良部兄弟と同居するようになっていた。
一泊を予定して遊びにいくと必ず二泊となり、三泊となり、どうにかたちなおって双子の部屋をでても、一週間もしないうちに用事ができたり呼び出しがあったり――ほとんどがこれであったが――出迎えがあって泊まりにいき、だんだんと泊まる期間が増え、学生寮にいるときよりもいないときのほうが多くなり、「鈴木、そんなやついた?」という幽霊学生寮生となり、博はやがて大型バイクの免許をとった双子の片方の交代で大学に送り迎えをしてもらうようになった。
博のいいぶんとしては遅刻しそうな原因をつくったのはあいつらだから、その責任をとらせて送らせるのは当然――ということになる。
迎えのほうも双子のいいぶんとしては、ひろくんの大学の方面に品並びのいいスーパーがあり、食事をいっしょにとりたいから、どうせだし、ついでだし――ということになる。
大学生になった鈴木博は、危惧したように甘美で痛苦しく熱い時間をふたりともっている。すっかりとかされている――と気づくときもある。ふたりのみわけがつかないあのふしぎな瞬間。ただただ愛される。
終わり