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後日談 前編

 寝室の汚れは、初音が出勤してくるまでに双子がてばやく掃除し、シーツもバスローブも洗濯機で洗い、乾燥機を回し、物的証拠は隠滅した。

 新しいシーツを敷き、浩一の予備のパジャマを着た博はふたたびベッドによこになっていた。

 双子がかいがいしくそんな博の世話を焼く。

「……おれ、怪我なおってたはずなんだけど」

 ぶすくれてつぶやくと、

「ごめんねひろくん。ほしいものなんでもいって」

 とろけそうな笑みの双子に謝罪され甘やかされる。

 人生でこんなに泣いた日はないという夜を過ごしたため、今朝のまぶたはひどいことになっていた。

 浩二は濡らしたハンドタオルにアイスノンを巻いて、はれた博のまぶたをせっせと冷やした。

「はああああ、いってえよ……」

「さすってあげようか? どこが痛いかいってひろくん」

 双子はブルージーンズにニットの長袖を着ている。

 顔も髪も輝いて、生気に満ち満ちている。まぶしいほどに美しいとはこのことだろう。狭い視界でそんな二人をみて、博は見惚れるやらあきれるやらしていた。

「脇のとこ、めいっぱいつかまれたような気がする。赤くなってないか」

 そういうと掛け布団がめくられ、パジャマもめくられる。

「……あ、ほんとうだ。ご、ごめんねひろくん」

「湿布はろうか。もってくる!」

 浩一が寝室を飛び出していった。

「ごめんねひろくん」

「……バカ力出し過ぎなんだよ」

「うん、つぎは気をつけるから」

 さらりといわれたことばにうなずきそうになって、枕に頭を預けたままの博は固まる。

「つ、つぎはない……ぞ」

「え!?」

 浩二がおどろいた声を発したとき、湿布を探し出してきた浩一がもどってきた。すぐにベッドにのりあがって、赤くなっている箇所に貼る。

「ひゃっ」

「温めてきたんだけど、もう冷たくなってたかな。ごめんねひろくん」

「いや、大丈夫」

 台所のレンジで温めたとしても、家が広いのだから仕方ない。

「一大事だ浩一、ひろくんもうぼくたちと寝たくないって」

「え、寝たくないってそれは――寝たくないってこと?」

 博は枕に顔をうずめた。

「どうして」

「どうしてなのひろくん」

「痛いから? でもね最初だもん」

「つぎないなんていわないでひろくん」

 左右からの声に両手で耳をふさぐ。

「もううるさい。おれは寝る」

 そういうと二人はしゃべるのを止めた。寝室の電気を消して、黙ってでていく。

(おれたちの関係ってなんていうんだろうなあ)

 二人を追い出したあと、博は薄暗い天井をみあげながら考えていた。

(ご近所さん、幼馴染、同級生、友人、家族、恋人……)

 そうなるのかなあ……? と心もとない。

 高校生になったならなんとしても彼女が欲しかったのに、自分よりでかくて顔がいい男。しかも二人。

 仰向けになっていた博の顔がひきつった。

(バ、バカじゃないのかなおれ……)

 同性愛なうえに、相手が双子の二人同時だなんて。

 とんでもなさすぎて思考が途切れた。



 その日の夕方、さすがに博は自宅へもどった。

 もともとジャージ姿で登校し、体操服もジャージも学校に置いたままだ。サイズの合わない浩一と浩二の服を借りることになった。

「ただいまあ」

 と小さい声で玄関をはいり、二階の部屋へ一目散であがり、自分の服に着替える。

「ひろしーもどったのー?」

 一階から母の声がとどく。

「もどったー」

 おなじように怒鳴りかえす。

「はやかったのねー」

 どこがだよ、とおもったが返事はしなかった。母親がのんびりかまえているあいだに息子はいろいろ経験をしてしまいましたよ。

 そうおもいつつ痣ののこっている顔を撫でた。さぞ夕食のときには笑われるだろう。

 ふとベッドをみると、教室においてきたはずのジャージと体操服が積んであった。すぐに赤坂だということが飲みこめた。

 博は床に座り、体操服を手にとった。

 二-一鈴木というゼッケンがついている。




 博は階段で転げ、心配した双子に付き添われて早退したことになっていた。

 祝日あけに双子と連れだって登校し、二年一組の教室にはいってきた博の薄くはなっているが痣ののこった顔をみると、なんでまた双子をひとりじめして! ひとりで帰ったらいいでしょうと、学校中の不満とおなじものを抱えていたクラスメイトの女子たちも怒りの矛をおさえた。

 動きもまだどこかぎこちない。脇や腰をかばっている。

「大丈夫? 鈴木くん」

「なんかまだ痛そうね」

「ずいぶん派手に落ちちゃったんだね」

 そんな同情の声まで寄せられた。

 鐘が鳴り、教師が教室にはいってくるとようやく博への視線がほどけた。

 ほっとしていると、朝の挨拶だけかわしただけの前後並び席の赤坂がすっと顔をよせてきてささやいた。

「――おれは、おもってたより元気そうでよかったよ」

「赤坂、ありがと」

 うしろにちらっと目をやると、茶髪の友人はにやっと魅力的な笑みをみせた。

(――そうだ、赤坂に相談しよう)

 彼女がいる赤坂なら、自分の抱えている困惑になにかアドバイスをくれるかもしれない。

 教科書をひらきながら博はそうおもった。



「え、もう一度いってくれないかヒロ」

「二度といえるか!」

 移動教室の合間、中庭の一角に赤坂をついれていき、おもいきっていった。

 一限目から元気な博の言動に心配がとけてほっとしていた赤坂は、不意打ちをくらったような目で背の低い友人をみた。

 秋日の晴天ながら風は冷たさをともないだしていた。一陣の風に二人の裾がひるがえる。

「いや、でもヒロ。空耳ってあるから……」

「んじゃその空耳を信じろ」

 赤坂は額に手をおいた。

(あいつら……)

 なんて手が早いのか。恋愛経験の多い赤坂からすると、たしかに機会というものは逃してはならないものだ。ここだというときは多少強引でもいい。

 でも、それが同性の友人の、しかも相手も同性の身におきたとなると割り切れない気持となる。

「えー剛わかんなーい」

「うぜっ」

 博に尻を蹴られ、赤坂は笑い声をあげながら中庭を横断する。

「まあ、なっちゃったもんは仕方ないだろう。世間がどうとかいうより博があいつらをどうおもってるかだよ」

 自分にいうように博にいう。

「おれは、そりゃ……」

「大好きですかあ」

 渡り廊下をみあげながらきく。

「……うん」

 あの双子が手に入れた幼馴染をあっさり手放すとはおもえない。そうであれば、離れるより、とどまるほうが博のための気がする。

 多少、窮屈だったり双子の人気に被害をこうむるかもしれないが、それでも双子とわかれるより……。


 なぜここまで赤坂が達観しているかというと、やはりあの音楽室での双子をみたからだ。

 双子の修羅な顔をみてしまったら、そんな二人から博を離すようなことはいえない。博さえあの兄弟の傍にいれば、幼馴染にメロメロに甘い伊良部兄弟であるのだから。

(おれって友達おもいなんだかどうなんだか)

 苦笑を浮かべたまま博と肩をならべて歩いた。



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