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最終話 同じ人間

 博の胸から石鹸と体臭が双子の鼻をくすぐり、鼓動が早打ちしているのが密着した肌から伝わってくる。

 博はようやく茫然とした状態から立ち直り、そろりと体を動かした。

 まげた足が根本までべろんとあらわれて、ようやく自分のあられもない姿にきづいた。

 前だけとめたバスローブであれだけひっちゃかめっちゃかに暴れたおしたのだ、前などほとんどはだけて、ベルトがだらしなく腰に巻きついているだけだった。白いブリーフが丸見えだ。

「――……と、とりあえず、どけよ、二人とも。話すにしても、こんな体勢じゃまともな話も、できないし……」

 自分の胸にすがりついている双子をなだめるように、肩を撫で、押し返し、博はいそいで上半身をおこしてバスローブの前をかきあわせる。

 ほっとひと安心したのも束の間、今度は前と後ろから双子にきつく抱きしめられた。

「――あ、わ! 浩一! 浩二!」

 もがくがびくともしない。

 もがけばもがくほど、二人はぎゅっと密着してきて……

 二人の腰の高ぶりが自分の背中と腹にあたっていると気づいたとき、博はショックと嫌悪感より、恐怖で体がカチコチになった。筋が力を入れすぎて痛いくらいパンパンに張る。

 口のなかが干上がって、からからになって、正面から抱きしめてくる浩一の胸元でひどくひっくりかえった声がころげでた。

「だ……だめだ……からなっ」

 なにがだめだというのだろう。博は自分でいっておいてわけがわからず、じわーっと涙が浮かんできた。

 このままではいけないと焦ってことばをつぐが、

「嫌だ……そんなのっ……な? おれ、ノオマルだし、さ……」

 はなはだ威厳に欠ける。

(そうそう、そうだ、なにか先走ってるぞ博! 好きだといわれて抱きつかれて、あそこがあたっていたって、なにも、どうこうしようとおもっているとはかぎらないっ――かぎらないけど……この状況は、ちょっと……いや、だ、だだだ、だいぶ、怖いかも)

 ちゅっと前の浩一が額にキスしてきて、ちゅっと後ろの浩二がうなじにキスをしてきて、

「……ひろくんをもらってもいいかな……?」

「一生大切にするから……」

 そんなセリフを吐かれたうえに、吐息を吹きかけられたら……!

「だ、だめだ!! やらないあげない離してくれ!!」

 博の恐怖は本物となって、たまらず金切り声をあげていた。

「だめ、離さないよ。だってひろくん、あんな目にあっておきながら自分のかわいらしさに気づいてないんだもん。音楽室にかけこんだとき、ぼくたちこそどんな気持ちがしたとおもう?

 ずっとずっと小さなころから好きで、六年たってもやっぱり好きで、ぼくたちのものだっておもってたひろくんが、一年か前くらいに好きだってモーションかけてきたサッカーバカに手出しされちゃってさ、もうどれだけ後悔したか知れないよ」

「そうだよ。ひろくんを看病しながらぼくたちずっとバカだったって後悔してたんだ。お互いで奪い合って、牽制しあっている間に第三者に盗られるくらいならどうして二人のものにしなかったのかってね。

 ぼくたちはひろくんなしじゃどっちも存在できないし、出会いも愛の深さも同じだしね――幸い、最後にいくまでに助け出せたし」

 といって、尻を撫で上げられて博はうわあっと体をびくつかさせて悲鳴をあげた。



 くすくすと双子がそっくりの声で笑う。

「大丈夫、もしひろくんが最後までやられててもぼくたちの愛は変わらなかったよ」

「ただし、そいつは生かしておかなかったけど」

 面白い冗談をいったというように、二人してまたくすくす笑ったが、目は笑っていなかった。

「こ、浩一、浩二、おれは男だぞ……」

「でも、好きなんだ」

 返事はすぐにきた。

「どうしても好きなんだよ」

「バカ! 頭冷やせ、つんっ……ん」

 ことばごと博の唇は浩一の唇にからめとられた。浩二の手が背後からのびてバスローブのひもをといて、体をあらわにむていこうとするのに博は動揺した。そこをまた浩一につかれて、歯をこじあげられ、きつく吸われる。

 ぼわわーっと耳鳴りがした。

 二人のコンビネーションにいいように手玉にされている。このままじゃいけないとわかるのに、息が詰り、頭の芯がしびれ、鳥肌ばかり立たせて力が入らない。

 唇を解放してもらったときには、博の息は完全にあがっていた。

 邪魔だというようにバスローブをはぎとられてベッドの外に放られてしまい、唯一のこった下着を死守しようと奮戦したが、四本の腕に敵うはずもなかった。


 子分あつかいしていた双子にいまじゃいいようになぶられるなんて、あまりになさけない。

 そうおもったらいよいよどうしてこんな目にという涙がにじんできた。

「そんな顔、しないで……優しくするから」

 ささやきはぞくぞくするほど甘かった。

「こんなふうに、ひろくんに触れたかった。ずっと触れたかった」

 手触りを楽しんでいるみたいにいわれて、博はおもわず膝をきつく閉じた。

「ぼくたちもえらそうなこといって、あいつと同じだね……ひろくんに……でも、だれも助けにこないよ。ひろくんの双子は助けにこない……」

「――ひっ、あっ……」

 もうどっちがいっているのかわかろうという気にもならなかった。



「ぼくたちのこと、好き?」

 真正面にいるのに、博はそれが浩一なのか浩二なのか区別がつかなかった。必死で見分けようとするが、どうしてもわからない。

(うそ、だ――)

 背後の片割れが、博の形のいい尻をつかんできた。

 博は腰を振って逃れようとしたが、がっちり押さえつけられ、開かれ、否も応もない。

「お、おまえたちなん、て……嫌いだっ、大嫌いだあああ!」

 博の涙を唇ですくいとっていた片割れは、整った顔を悲痛にゆがめたが抱きとめる腕の力は抜かなかった。

「……でも好きなんです。ひろくんが好きで好きでたまらない……」



 目をあけると、双子の美貌があった。やっぱり浩一か浩二かわからない。

 わからなくてどおーっと涙があふれた。

 二人の見分けがつかないことが、こんなに哀しいなんておもわなかった。

 いつでも、どんなときでも、名前をおぼえたときから苦もなく区別してきた双子が、わからなくなるなんて……

「ひろくん、ぼくたちを愛してください」

「だ……めだ」

「――どうして、ぼくたちが嫌い? ほんとうに大嫌い……?」

 顔面を蒼白にしながら美貌がゆがむ。この世の終わりを目の当たりにしたように、絶望に染まっていく。

「好……きだよ。ずっとずっと昔から好きだった。でも、もう、だ、だめだ……」

「どうして」

「ひどいことしたから?」

「そうじゃ……ない、そうじゃないんだ。おまえたちの区別がつか、なくなっ……ちゃって……おれ、そんなの」

 涙は何筋も頬を伝った。

 生気を吹き返した目のまえの双子が、ふんわり笑う。

「ああ、そんなこと。いいんだよ、だってひろくんを抱いているとき、ぼくたちはひとつだから、同じ人間になるんだ。わかれた細胞が一つにとけて、浩一でも浩二でもない、ただひろくんを愛しいとおもう人間になんだよ。――……泣かないで、愛してるよひろくん。愛してる」

 博はおもわず、心からいった。

「おれも……」



***



 ふたたび、ぱっかり目をあけると、パステルグリーンのシーツのなかで全裸のままで博は同じように全裸の双子と寄りそうように寝ている自分に気がついた。

「…………」

 カーテンが日に透けてみえる。

(……こんな姿、初音さんにみつけられたらどういえばいいんだ)

 脱ぎ捨てられたまま散乱している衣類に下着、汚れたシーツ、すっぱだかで抱き合うように寝ている双子の兄弟と隣家の息子……あああ。

 頭を振って考えまいと上半身をゆっくり起こし、あどけない顔をして眠る双子をみおろす。

 博は目を見張った。

 右に寄り添っているのが浩一で、左に寄り添っているのが浩二。

(見分けがつく……!)

 自然に頬がゆるんでいた。手を伸ばして双子の髪をそおっと撫でる。

(寝てると、昔のまんま天使みたいなのにな……)

 それが昨夜は、嫌がる博を二人がかりで押さえつけ、うっとりするようなささやきを耳元でこぼしながら……

 博は頭の芯がくらくらしてきた。

 もしかしたら、もしかしなくても。

「とんでもないことになっちまった……」

 それでも大木に襲われたときのような嫌悪感や絶望はなかった。双子に愛しているといわれ、おれも……と答える自分がいた。

「う……んん、ひろくん……」

 左右から寝ぼけた二人が博の腰に抱きついてきて、頬をすりよせる。

「――った! バカ、痛いんだからそんなに力いれるなっ」


 愛しいお隣のひろくんに頭をはたかれても、双子は天使のようにあどけなく美しい顔をほころばせながら、眠りつづけているのだった。



完結

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― 新着の感想 ―
ちょっと怖かった‥ でもこれも愛か‥?
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