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第12話 天使たちの告白


 寝室はやっぱり三人がならんで眠れる双子の両親のところをつかった。

 昼間に初音が布団を干してシーツをとりかえてくれていたので、ふかふかで気持ちいいことこのうえない。

「おじさんとおばさんは、いつまで居ないんだ?」

「来週までです。でもまた五日ほどですぐに海外ですよ」

「へえ、大変だ」

「うちんところの両親はお互いがいれば幸せですからね。二人して仕事で飛び回れて大変だとはおもっていませんよ」

「そんなもんか?」

「ええ」

 寝台のうえで腹ばいになりながら、携帯ゲームを繋いで三人で異世界冒険をしていると、電話がなった。

 寝室にあるコードレスの子機を浩二がつかみ耳にあてる。

「はい、伊良部です」

 浩一と博はゲームをつづけた。ズルをした浩一の尻を博は膝で蹴り上げる。声をおさえながら浩一がわらう。

「ああ、はい…………大丈夫ですよ、はい――ええ」

 ちらっと浩二は博に目をやり、その後いくつかの問答をして、

「そうですか――……わかりました。いいでしょう」

 そう電話口にいって、子機を博にさしだした。

「赤坂くんからです。ひろくんと話しがしたいそうです」

「え、赤坂!?」

 博は携帯ゲーム機をシーツに落とし、受話器をひったくって耳にあてた。

「もしもし、おれだ。赤坂なのか」

『――ヒロか。おまえもう大丈夫なのか。心配なんで電話してみたんだ』

「大丈夫かって…………それ」

『おぼえてないか。おれもあの場にいたんだ』

 サアッと博の顔から血の気が引く。

『まあヒロは気を失ってたみたいだし、仕方ないかもな。双子がヒロをつれて消えちまってからおれが事情を話しておいたよ……』

「…………」

『――ヒロ?』

「……うん」

『大木先輩、全治二週間で、退学になるそうだ』

 博は絶句した。

 コードレスを持つ手が大きくふるえた。

『しょうがないよな、あれだけのことしたんだから』

 そんな赤坂のことばも、もう博の耳には届かなかった。博は気が遠くなるような感覚になり、後ろに倒れ込んだ。

 ぎゅっと握っていた子機を博から優しくとりあげると、浩二は二三こと話して通話を切った。

(――全治、二週間…………)

(退学に――退学に――退学……)

 博はこめかみを伝う熱い涙を感じた。

「なぜ泣くの? ひろくん」

 浩一がしずかに問いかけてくる。博には答えられない。

「……あの先輩のこときいたんでしょ? 当り前だよ、あれだけじゃ足りないくらいだ」

 浩二のことばに首を振った。


「なぜ?」

「あいつはひろくんにひどいことをしたんだよ、罰をうけて当然だよ」

「ひろくんが悲しむことじゃない」

「そうだよ。事件の内容は公になることなく退学していくんだ。もっと蹴り倒して半殺しにしてやればよかった」

 意識の遠いところで双子のことばをききながら博は納得した。

(ああ、じゃあ、先輩の怪我はこいつらが……)

 左右から双子が博をうかがっている。


「――それとも、ひろくんは、あいつのこと、好きだった……の?」

 おそるおそる吐かれてそれは、

「……好き、だっ、た」

 かすれてひっかかった博のことばに、肯定された。

 双子はショックで体を硬直させ、目を見開いて博をみつめる。


 博は天井の一点をみつめ、重い口をひらく。

「入部して、すぐ、あこがれた。かっこよかった……あんなふうにプレイできたら、どんなに素敵かと、いつも目で追ってた。先輩は、キャプテンで、厳しくて、明るくて、優しかった……」

「それは、下心があったからだよ」

 強い浩一の口調に、博はまぶたを閉じて、たまった涙を追いやってから、

「違う……先輩はみんなに優しかった……おれは、そんな先輩が好きだった」

「あんなやつのこと、好きだなんていわないでよっ」

 悲痛に顔をゆがめて、浩二が叫ぶ。

「あいつが、あいつがひろくんになにしたかわかっていってるの!?」

「あいつは、嫌がるひろくんを殴りつけて、縛りつけて、暴行しようとしたんだよ」

「あんなやつ! ひろくんをみることも許されないような虫けら、なんだって好きだなんていうのさ」

 伊良部兄弟は音楽室でみた光景をおもいだし、腹の底からの怒りと、いまきいたことが信じられなくて青ざめながら身をふるわせた。

 考えるまえにことばが口からでていく。

「それじゃ、ひろくんはあいつに最後まで犯されたかったっていうの」

「ひろくんは力で押さえつけられて、本当は嫌じゃなかっ――」

 パン、パアン。

 博は怒りに燃える目をして、二人を叩いていた。

 ベッドから飛び出して振りかえり、打たれた頬に手をあてている双子をにらみつける。


「バカにするな! バカにするなバカにするなバカにするな!! いくらおまえらだっていっていいことと、悪いことがあるぞ!

 おれっ……が、おれがどんな気持ちでいたかもしらないくせにっ。人が力で押さえつけられて抵抗できない恐怖も知らないくせに。そんな……そんな無力な自分に絶望してただ泣くことしかできない目にあったこともないくせに、そんな、そんな力があるおまえらに、おれの……おれのっ……バカ野郎! バカヤロー……」


 めちゃくちゃ悔しくて、博は地団駄を踏み、ボロボロと泣いた。


「くっそう、ちくちょう! バッカヤロー。同じつらさげてなにいいやがる。なにがひろくんだ、なにがっ……だよ。ちくしょうッ」


 涙で目のまえがにじみ、双子の姿もよくみえない。

 博は突き上げてくる怒りとなさけなさに、ひどく顔をゆがめて泣いてわめいた。

「ひ、ひろくん。ひろくんごめん、いいすぎたよ」

「ひろくんごめん。落ちついて! ぼくたちを怒らないで」

 うろたえた声と同時に置かれた手を乱暴に振り払い、近づいてきた双子を涙でぬれた目でにらみつける。


「おれに触れるな! ガキのおまえたちにはもうつきあいきれない。おれは帰る。おまえたちとは絶交だ!!」


 そう吐き捨てて、走り出した手を、肩を、腕を、腰を双子ははっしとつかみ、引き戻す。


「はなっ、離せ離せよ! 触るなっていっただろうか、もうおれは帰るんだ。おまえたちなんかみたくないんだよっ」


 体をめちゃくちゃに動かして四本の腕を振り払った。

「だめです、離さない!」

「絶対絶対、帰しません!」

 悲愴な声をだし双子は博の跳ね回る体を押さえつけ、顔やら腕やら胸やらひっかかれ殴られ蹴り飛ばされても、すがりつき通した。

「離せっていってるだろう! おれなんてもういいじゃないか、おれだってもうおまえたちのことなんていいんだから」

 槍で貫かれたかとおもうほど、双子の胸を博のことばがえぐる。頭が真っ白になった。


「ひ……ひろくんが、ひろくんが必要なんです!」

「ひろくんが好きなんです。ひろくんが好きなんだよ!」

「ひろくんがぼくたちを必要でなくても、ぼくたちにはひろくんが必要なんです!」

「もうずっと昔からひろくんが好きなんだよ!」


 三人の荒い呼吸だけが、寝室に響いていた。

 博は鈍器で頭をひとなぐりされたような衝撃をうけて、はあはあと息をついていた。

(ひろくんが好きなんだよ!)

(ぼくたちにはひろくんが必要なんです!)

(ずっと昔からひろくんが好きなんだよ!)

 カァ――っと血がのぼってくるのがわかる。さきほどの怒りの比ではない。

 双子は博を寝台にあおむけに押さえつけ、胸に顔を沈めていた。


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