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第6話 祭りの前

 私立海藤学園は、体育祭を一週間後にひかえて、殺気だって応援練習にあけくれていた。

 いつもどちらかというと、おだやかなこの学園が、意地とプライドをかけて集団でうごきだす。

 一から三学年の、一、二組が赤。

 三、四組が白。

 五、六組が黒。

 七、八組が青。

 九、十組が緑。

 十一、十二組が茶と色分けされ、三年生が一年生、二年生をひっぱっていく。


 博は赤いはちまきをなびかせ、体操服用ジャージすがたではしっていた。

 放課後が応援練習でつぶれはじめてから、博は双子と帰っていない。朝は朝で早朝練習やら、ユニフォーム制作、旗のデザインだといそがしくて、伊良部兄弟が黒応援団の先頭に立つことも噂でしるほどだった。

 あの見目麗しい双子をつかわないはずがない。さぞかし当日はえらい騒ぎになるだろう。なにせいまから女子たちは浮かれている始末なのだから……。


 校内をはしるとき、気をつけないと各団の旗をふんでしまう。廊下に新聞紙をひろげて制作しているので、絵の具や筆が散乱している。

 ちらほら廊下にかたまっている生徒が、はしっている博に目をやる。本人は気づいてないが、博がはしる姿は小鹿のようにリズミカルだ。


「こらぁーそこー廊下をはしるなー!」

「すみませーん」

 教師にどやされつつ、博は階段をかけあがり、二年一組にはしりこむ。

「テープ、テープ、テ、エ、プ」

 応援練習に必要な曲をダビングしてあるカセットテープを教卓のうえに見つけると、博はすかさずつかんで急いで赤団の待つ、グランドにもどろうとした。

 はしりだそうとした足がとまる。

「行きたく……ないな」

 そうつぶやいたものの、ため息をついて、ゆっくりとだが歩きだす。

 黒い紙テープが何巻きもころがっている五組のまえをとおったとき、自然と双子を探している自分に博は気づいた。

 博の家に泊まりにきた翌日、ふたりはひどく優しかった。

 でもどこかおかしくて、博は聞きだそうとしたが双子ははぐらかし、そのまま会うこともなく今日にいたっている。


(……うっとおしいとおもってたのにな。ひき立て役になるからあいつらといるの嫌だったのに)


 なぜ、こんなに会いたいとおもうのだろう。


 ふたりを探して、どこまでも走ってしまいそうだった。

 左右にふたりがいない。

(再会して、またなついてくれてるけど……でもまた、きっと……)

 あんなに再会がたのしみだったのに、会って、昔みたいに仲良くして、そうできたことがうれしい分だけ、また別れるときが怖い。


 そのうち、探しても見つからない日がくるんだろう。


 とぼとぼ廊下をあるく。自分の足元を見る。


 頭のなかに双子と別れたときの状景がうかんでくる。双子は大泣きして両親を困らせていた。博はぐっと唇をかみ、双子をにらみつけていた。

 無意識に博は片手で心臓うえのジャージをにぎりしめた。


(あのとき痛かったのも、だんだん薄れて平気になった。だから今度も、大丈夫なはずだ。また、たぶん、痛いだろうけど……)

 博は息をはいた。

(大丈夫、痛みは薄れるんだから)




「こらー二年体育委員おそいぞー!」

 校舎からはしりでてきた博のすがたを見つけ、三年の振りつけ担当が声をはりあげる。

「すみませーん!」

 グランドは、博の赤団と白団、青団がそれぞれ三学年いりみだれて声をだし、曲をながし、手拍子して大変な騒ぎだった。グランドをつかえない他の団は、校外の公園や広場をつかい、夜おそくまで練習する。

「見つけにくいところにあったの?」

「え、あ、そうなんです。みんなイライラしてました?」

「そうでもないよ。笛あったし」

 元サッカー部キャプテン、大木真彦は上着とネクタイをとった制服すがたで、元サッカー部後輩の鈴木博に微笑みかけた。

 三年の夏までサッカーにあけくれたおかげで、肌は真っ黒。それが立派な大木の体格にあっていて嫌味ではない。フィールドで真剣な目をしてプレイするすがたは迫力があり、とても絵になった。精悍な顔で厳しいキャプテンでもあったが、練習いがいでは、その顔に笑みをうかべ、やさしい目をしていた。

 よこに立つと、大木は博より十センチ弱たかい。入部時、博はそれをどれだけ縮めたいとおもったことか。

「二年生のユニフォームは間に合いそうかな」

「ええと、女子のスカートがだいぶ手間取ってるみたいです。あれ、ミシンで縫わなきゃならないし」

「そうだね――それと、このプリント、君がいないときに委員全員にくばられたものなんだけど」

 大木の見せたプリントは、応援体形の略図の描かれたものだった。

「あ、また変更です、か……」

 ふっと、大木の息が博のこめかみにあたる。


「――――――!」


 博は反射的におおきく一歩退いて、まじまじと大木を見た。

 プリントを手にした大木が博を見ている。その目は傷ついて、チラチラと蛇の舌のような憎悪が見えた気がした。

 血の気までひいてくる。

「――あ、あの……」

「――鈴木くん……」

 すこしかすれた大木の声に、博はざっと鳥肌をたて、知らずまた一歩後退した。それにつられるように、大木が近づいてくる。


「おーい、ヒロー! ちょっとこっちきてくれー」

 赤いハチマキのむこうで、赤坂が手をふっている。

「……失礼しますッ」

 博は硬直したからだを無理矢理ねじって、ジャージの大群のなかにいそいではしった。

 心臓が不規則に脈打つようだ。

 人の波に飲まれると、博はホッとした。赤坂を探す。

 その背をむけた先で、大木が人の壁をこえて、じっと自分を見つめていたことに博は気がつかなかった。



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