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第4話 あの子はひとり

 こんなに視線をうけてよく双子は平気だよな、と博はつくづくおもった。

 家から学校につくあいだ電車内でも駅でも、学生にかぎらず、おじさんおばさん、OL、サラリーマン、女性も男性もハッと目をひかれ、頬を染め、ため息をつく。

 この美しい双子といると博は、

(おれって、こいつらの引き立て役だな)

 みとめざるをえない事実をつきつけられて、逃げ出したい気持と、ずっと双子の傍にいたい気持に困惑していた。


 さんざん注目をあびて、五組前でふたりとわかれた後、一組のドアをあけると、博は双子とちがった意味で女子にとりかこまれた。

「鈴木くんって、あの五組の転入生としりあいなの?」

「きのうも一緒に帰ってたみたいだし、どういうこと」

「どういう関係なの」

「双子さんと親しいの? 仲いいんでしょ!?」

 いっせいに質問攻めにあい、博は耳をふさいだ。

「わかった! はなすから静かにしてくれ、耳が痛いっ」

 そう叫んで手を離すと、見事なくらい教室はしーんとなっていた。博は一瞬笑いそうになったが、女子たちの真剣な目にびびって笑いを引っ込めた。

「あ、……あいつらとは、たしかにしりあいでは、ある」

「親しいの!?」

 気のせく質問がとぶ。

「いや、ただ、家がちかくだったから、ちいさい頃あそんだりして、それで……。でも、そんなに親しくはないんだっ……うん」

「じゃ、どうして一緒に帰ったり、来たり?」

「あいつらがまだ慣れてないから、昔のよしみでつきあっただけだ。本当、もう、そんなもんで全然、親しくないんだ!!」

 そう博が力説したすぐ後だった。


「それはひどいです。ぼくは誰よりも親しいつもりなんですけどね、ひろくん」


「うわ、浩一!」

 教室内のドアすぐ前で、博をとりかこんでいた女子たちは、突然あらわれた双子のかたわれに黄色い声をあげた。

「きゃあッきゃあッきゃあッ」

「浩一くんのほうなのねっ、ステキ、かっこいい~~」

「ひろくんって、鈴木くんのことよね。いやだ、かくすなんて親しいじゃないの!」

 被害を最小限におさえようと奮闘したあとだっただけに、よけいな時にあらわれた双子の片割れに、

「浩一、おまえ何しにきたんだよ」

 自然、怒りが声にあらわれてつっけんどんになる。

「……ごめんなさいひろくん、迷惑でした?」

 浩一の悲しそうな表情に、鈴木くんひどい! という視線が博につきささる。

 博は冷汗をかいた。この状態から抜け出せるのならなににでも妥協しようというものだ。

「い、いや、別に……いいけど、どうかしたのか」

「ええ、じつはさっきBⅡ教科書をわすれていることに気づいて、ひろくんのクラスは今日、三限目でしょう? ぼく一限目にあるんです、貸してもらえますか」

 女子がわたしのを貸したげる、という目つきのなか、博はなんだそんなことかという顔をして、いいよとカバンをあけた時、今度は浩二があわられた。


「BⅡならぼくのを一緒に見ようじゃないか、ね、浩一」

(抜け駆けだぞ浩一!)

 浩二は底光りする目をして、微笑んでいる。

「ありがとう、でも、いいんだ。ひろくんが貸してくれるから」

(そっちこそ邪魔するな!)

 浩一も浩二もまったくおなじ顔でにらみかえす。


「おまえたち、にらみあいしにわざわざ来たのか?」

 博のセリフにハッとして、ふたりは目を離した。


「ほら、浩一、BⅡ」

 博の教科書は、雨にぬれたせいで波形になっており、乱暴にあつかうせいで端が折れたり破れたりしている。それを、幸せそうに大切にうけとると浩一は礼をいった。

 鐘が鳴った。

「ほら予鈴だぜ、とっとと帰れ」

「それじゃひろくん、またあとで」

 と浩一。

「ああ」と返事して、席につこうと背をむけた博の肩を、クラスに戻りかけた浩二がUターンしてつかみ、耳にささやく。

「ひろくん、今日のお昼、一緒に食べましょう。屋上で待ってるから」

「――え? あ、おい、浩二」

 いうだけいうと、浩二は走り去った。





「おまえたち、ケンカでもしたわけ?」

「え?」

 博は浩二とふたりきりで屋上で弁当をひろげていた。フェンスにもたれかかり、ダンボールを敷いた上にすわっている。秋日の晴れ間。風が心地よく、ふたりの前髪をゆらす。

「べつに、そんなことないですけど、いつもつるんでいなきゃいけないってことないでしょう?」

「まあ……なぁ。個人個人なんだし、そりゃそうだけど」

 だけど、こいつらが仲悪いなんて嫌だな、と博はおもう。

 博のお弁当は、母の手抜き丸だしの冷凍食品オンパレードだった。目を横にやると、サンドイッチだ!

 サンドイッチ、お弁当でサンドイッチ! 現地で買うのではなく家から持ってきたというのが重要だ。浩二のサンドイッチは、コックが腕をふるったような豪華さとボリュームがあった。バターロールにそれぞれ、色彩にまで配慮された具がはさまれて、一個一個、サランサップで包装されている。

 博の顔が物欲しそうだったのか、浩二はくすっと笑ってサンドイッチをすすめてきた。

「好きなの食べていいですよ」

「え、本当に!?」

「はい、どうぞ」

「それじゃおれ、焼きソバのがいい」

 博はうきうきしながら手をのばした。ラップをはがすと、美味しそうな香りがした。


「う~ん、美味い。やっぱり美味い。そういや昔から浩二んとこは食生活が豊かだったよな。おれの母さんはお世辞にも料理がうまいといえないからなぁ……」

「こんなのでよければいくらでも食べてくださいよ、ひろくん。ぼくは料理がへたでもひろくんのお母さんは大好きだな。明るくって、ひろくんによく似てる」

「似たせいで背が伸びなやんだ」

 ぶ然として博はつぶやく。

 そんな博の横顔を、風に髪をゆらされながら、浩二は愛しげに見つめていた。


「ぼくは……今のままのひろくんで十分好きですよ、その身長も、体つきも、その顔も、みーんな大好きです」

 え? と、横をむいて博は浩二と見詰め合うかたちとなって、血がのぼってきた。

「そ、そうか?」

「ええ」

「でもなんだか、女の子にむかっていうセリフみたいで照れるな」

「くどき文句みたいですか」

「うん、そうそう」


 浩二は手を博の顔にのばし、頬にそっとふれる。

「――ぼくは、……ひろくん」

「浩二……?」


 はげしく階段をかけあがってくる音がして、屋上のドアがいきおいよく開き、そこから血相を変えた浩一がとびだしてきた。

「ひろくん! ひろくん!」


「こ、浩一」

 ふたりがならんで仲良く弁当をひろげている姿に、浩一はぶち切れた。

「こんのやろォ――浩二! 昼休みにやけにそわそわして姿けしたとおもったら案の上、ひろくん連れ出してなにしてた!?」

 浩二はゆっくり立ちあがりながらこたえる。

「弁当食べてたんだよ」

「ぬかせ!」

「やるか!?」

 ふたりはとっさに完璧な同タイミングで、拳を構えた。

「おいおいおい、やめろよふたりとも、なに興奮してんだよ。落ちつけよ」

 博もただごとじゃないと弁当をおいて、ふたりの間にわってはいるが、ふたりの片手でのけられてしまう。

「どいててください、ひろくん」

「そうです、ここはどうしてもやっておかなくちゃならないんです」

 ふたりはにらみあったまま、博を見もしない。

「ぼくの存在がかかっているんです」

「これしかないんです」


 信じられないような目をしてふたりを見たのは一瞬だった。

「バカ野郎! 転入二日目で問題おこす気かよ、兄弟ゲンカだってケンカはケンカだ。おまえらもう、おれと一緒に学校来たくないのか!? あれだけ駄々こねてなんだよそれ! おれはどっちか一方とだけ一緒に行くなんてしないからなッ」

 博はふたりの腕をつかんで声をはりあげた。


 ふたりは、すがりつく博を見下ろし、おたがいを見つめ、また博を見て、緊張をといた。

 じっと見つめてくる存在こそを独占したかったが、腕を握り締めてくる手を、とても振りほどくことができないとおもったからだ。

「ごめんなさいひろくん」

「心配かけましたね」

 ふたりがそういうと、博が心底ほっとした顔をした。ふたりはおもわずそんな博の頭を撫でていた。

 博はびっくりしたような顔をしたが、ふたりのほうでもびっくりして、とっさにおたがいを見た。

 まったく、忌々しいほど同じだ。鏡のような、片割れの顔に苦笑がうかんでいるのを見て、自分の顔がいまどういうふうなのかがわかる。


 ちょうどその時、階段下からざわめきがひびいてきた。

「本当に、伊良部兄弟が屋上にいるの?」

「だって、双子の片一方が、片割れさがして屋上にのぼったって聞いたんだもん」

「お昼食べてるのかなぁ」

「一緒できるかなぁ」

「どちらか一方でいいから、わたしの彼氏になってくれないかな」

「無理無理、釣り合わないって!」

 女子たちの声がとどいてきて、博はやれやれと双子の手から離れて、弁当をとりにもどる。双子と女子のあいだに立たされてはたまらない。退散あるのみだった。

「それじゃおれはクラスに戻るから。ケンカせず、ファンサービスでもしてろよ」

「あ、ひろくん」

「待ってください!」


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