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第3話 かつてきみは、そして今

「こーいちー、こーじー」

 小麦色に日焼けした、瞳のいきいきした男の子が手をふっている。

 お隣りにすむひろくんは、学校で上級生をおさえていちばん走るのが早く、双子をかばってくれるヒーローだ。

 ヒーローだけど走るのが早くて、いつも半べそかいて追いかけてもおいつけなかった。

「まってよーひろくーん」

「ひろくーん、おいてかないでー」

 いつも守ってくれるひろくんも、夢中になると双子が自分についてきているかどうかなんて考えない。早くて早くて、いくら双子が叫んでもとどかない。とたんに双子は不安になる。


 肩を寄り添いあう相手は、頭の先から爪の先までそっくりな存在。同じ顔、同じ声、同じ趣味、好きな色も形も、本も漫画も、味の好みも得意科目だって同じ。好き嫌いもよく似ていて、思考もよく似ているふたりは、お互いがいれば分かり合えることには事欠かないが、それだけではだめだった。


 双子はお互いがいればいいなんて、あんなの嘘だ。


 恐怖も一緒なら、どう立ち向かえばよいというのか。


 双子の恐怖。双子だからこその恐怖。

 あまりに似ているふたりを、両親ですら見分けがつかない時の恐怖。ふたりは絶望と底なしの闇にぞっとなる。

 学校でふたりが入れ替わっても、先生も同級生もまったく気づかない。洒落にならない。誰もが本気にうけとって、そのまま話しがすすんでいく。


 じゃあ何、ぼくたちはぼくたちでじゃなくてもいいの? 変わらないの? どっちでもいっしょだってことなの? それじゃぼくたちは一体なに?



「こーいち、こーじ、これやるよ。かーさんが三人でわけろってさ」

 そういって、博は包みの色が三色にわかれている飴をふたりに見せた。

「オレンジはこーいち」

 と、浩一に。

「リンゴはこーじ」

 と、浩二。

「おれはパインだ」

 勝手に飴をふりわけて、わるびれることなく、にかっと笑う。


 ――なぜ、お隣りの元気なひろくんは、ぼくたちを間違わないのだろう?


 外国で暮らした六年間、両親にくっついて何カ国にもうつりわたった。そのあいだに出会った異国の人々のなかでも双子は評判となったが、博以上にふたりを見分ける人間などひとりもいなかった。

 当然、なのかもしれない。

 やはり、なのかもしれない。

 会えない間に、ふたりにとって博の存在はどんどん大きくなっていった。だからこそ、今度は博に会うのが怖くなる。成長した自分たちを、もう博でさえも見分けられなくなっているのではないか……と。





 リビングにふりそそぐ採光はまぶしいほどで、今朝の快晴を伊良部家の兄弟にしらせている。

 朝食は、むかしから通ってきてくれている、腰の曲がった家政婦の初音おばさんが用意してくれている。料理達者な初音さんは、洋風、和風と三日ごとにメニューをかえる。

「どうなさいました、おふたりとも今朝は静かですね。お茶のおかわりはいかがですか、浩一さん」

「うん……ありがとう初音さん。いただくよ」

 浩二は初音の間違いを訂正するでもなく、あきらめの境地でハーブティをうけとった。

「浩二さんも」と、うけとる浩一も同じだった。

 たっぷりの量のクロワッサンに、ミニオムレツ。ハムとサラダ。ブルーベリーヨーグルトに、お茶といった同じメニューをほとんど同じ順にくちにはこび、食べ終わるまで、終始ふたりは無言だった。


 初音に見送られて家をでたふたりは、自然と競うように早足となる。

「おい、浩二。今朝はどうしたんだよ、やけに無口だったじゃないか」

「そういう浩一だって、どうしたんだよ」

「…………」

「…………」

 なにもいわないうちに、鈴木家につく。

 ピンポーン。

「はいはーい、おはよう浩一くん、浩二くん、博を迎えにきてれたの?」

「はい、一緒に登校しようとおもって」

 ふたりそろって笑顔でこたえると、博の母はうれしそうに頬を染めて、ほんとうにかっこいいふたり、という目をしたあと、家のなかにむかって声をはりあげる。

「こらーひろしー! お隣りの双子さんが迎えにきてれくたわよ、早くしなさーい!」

 すると、ドタドタドタとさわがしい音をたてて博があらわれる。

 食パンをくわえ、ネクタイとカバンをそれぞれ片手にもって、血相をかえている。

「な、なんだなんだ、だれが迎えにきてくれっていったよ」

 頭は寝癖がついていて、ひどくだらしない、ワイシャツのボタンもかけまちがっている。

「一緒に登下校しましょうって、いったじゃないですか」

「ぼくらのほうが早く用意ができたので、顔をだしました」

 ふたりは、ひとつの隙もなく制服を身につけている。紺の上着に灰色のパンツ。ネクタイは濃緑。黒のカバンと靴。博と同じ高校のものだ。

「早過ぎるよ、おまえら」

「なにいってんの、博はそういってのんびりしてるからいつも遅刻するんでしょう。一学期も要注意もらってるんだから、ここはふたりがいってくれてるんだから、一緒に行きなさい。――どうもありがとうねふたりとも、とっても助かるわ、今後も博のことよろしくね」

「はいっ!」

 ふたりの想像以上の返事のおおきさに目を丸くしながら、博の母はにっこり笑って、息子をおいて奥にはいっていった。


「ちえー、厳重注意までいってないんだから、いいのに」

 ぶうたれながら、博はそれでもおとなしく靴をはいて外にでる。

「おはようひろくん、シャツのボタンずれてるよ」

 と浩一。

「おはようひろくん、ネクタイしめてあげるよ」

 と浩二。

「ん、んん……」

 博はパンとカバンを両手にもったまま、双子に胸をそらせた。まるで双子にかしずかれているようで、おもはゆい。

「い、いいよ、別に、自分でするから」

 そういってふたりから離れたときには、すでにきちんとボタンはかけられ、ネクタイはしめられていた。

「……ありがとう、んじゃ行こうか」

 博はすこし照れながら、パンをかじって先に歩きだす。


 双子の目に小麦色した首筋と、百七十ない、ひょろっとした肩や背中、腰がうつる。

 ごくっと、喉がなった。お互いの音にハッとして見つめ合ったふたりは、

(まさか……そんな……おまえもか!?)

 という顔をして、ぎっとにらみあった。


「……ひろくんは、ぼくのものだぞ」

「なにいってる、ぼくのだよ」

「…………」

「…………」

 絶対、わたすもんか! と、ふたりのあいだに火花が散った。



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