第2話 話題の転入生
秋日のすこし肌寒い朝、駅二つ分はなれたところにある私立海藤学園では、学園はじまって以来という騒ぎが巻き起こっていた。
「っも! すっごいすっごい美形だった」
「見た見た見たわたしも見た!」
「背も高くて、足なんかすんごく長くて」
「おまけに双子!」
そのひとことのあとに悲鳴に似た声が教室いっぱいに広がる。博はネクタイがぐっとのどをしめつける気がした。
(まさか……)
昼になるまでに、噂の人物たちの正体はあらいざらい学園中をいきわたっており、
「二年よ、でも五組にふたりそろって!」
「え――! どうして一組にひとりくらいまわしてくれないのよぉ」
「名前は、いらぶ、こういちくんと、こうじくん。海外でおしごとする両親についてまわって暮らして、六年ぶりに日本にかえってきたんだって」
「じゃぁ、英語ぺらぺらぁ?」
「そうでしょう? 英語だけじゃないかもー」
テンションのさがらぬ女子の会話に、博は耳をそばだてるまでもなく、転入生の正体をしった。
(あいつらてっきり鷹高だとおもってたのに、ここかよ……)
あの双子はみごと美しくたくましく育った。しかも再会したふたりは変わらず自分を慕ってくれるようで博はとてもうれしかった。
しかし変わらずなついてくれる反面、昔のようではないのだ。変によそよそしい時がある。それも、しかたないか……と、博は淋しくおもう。
もう一緒にころげまわっていた子供ではないのだ。三人とも高校生で、ひとにいえぬ秘密のひとつやふたつ、あるにきまっている。こんな自分にだってあるのだ。ましてや双子は天使のように愛らしかったあの頃より、さらに人目をあつめる存在になっているのだ。百七十センチにも満たず、部活をやめてからは体力も落ち、成績は底の底で、品のひとかけらもない、今だ童貞の自分などに浩一と浩二が、幼馴染の義理いじょうになついてくる理由はないのだ。ちっちゃい頃の知り合い。それが現実なんだろう。
(あいつらが行くなら、ぼっちゃん学校の帝英か、進学校の鷹校かとおもってたんだけどな……再会してから十日して、噂で行く学校しるなんて……おれはもうあの双子のたよれるお隣りのひろくんじゃないってわけか、当り前か)
「なに神妙な顔してメロンパン見つめてんだヒロ」
顔をあげると、コーラの紙コップを手にした赤坂剛がいた。長めの茶髪に、気崩したブレザーがどうしようもなく似合っている。
「小人でもいるのか?」
「バカいってろよ」
赤坂と博は高一の時おなじクラスで、博がサッカー部をやめて帰りにゲーセンによって顔をあわせているうちに、親しくなった。
スポーツよりゲームのほうが好きという軟弱者だが、他校に彼女がいるという男でもあった。
「しっかし、うるせぇなぁ朝からギャーギャー。ちょっとかっこいい奴がはいってくると浮き足立って、英語もろくに話せずわるぅございます。なぁヒロ」
「うん、まぁ……あのな赤坂、じつは五組の双子って、おれのお隣りさんなんだ」
ひそひそ話しだした博に、身をよせて聞いていた赤坂は、ぎょっとした目をむけた。
「隣りって、あの豪邸の……」
何度か博の家にあそびにいったことのある赤坂は、双子の家を見たことがあった。
「はっ、本当のおぼっちゃまなわけね。それでヒロはその双子と知り合いなんだな」
「そう、小四であいつらが引越すまで、よくつるんで仲良かった。
あいつらって天使みたいにかわいくってさ、おれ弟みたいな気がして双子をまもってたんだぜ」
「へえ、ヒロが……?」
赤坂のにやにやしたいいかたに、頬を赤くしながら、
「どーせ今のおれはさえませんよ。ちいさい頃はこれでもヒーローだったんだ、あいつらもよくおれになついてくれて……でも、昔の話だよ」
「そうなのか?」
「うん。赤坂は見てないだろうけど、あいつら本当かっこよくなっててさ。元がいいからだけどさ。あらためて別世界なんだよ」
博はメロンパンをもつ手をさげて、窓の外を見た。赤坂はものいいたげにそんな博の横顔を見ているだけだった。
放課後、物理レポートの提出のおくれで先生に小言をいわれ、残されていた博はだれもいないであろう教室に、カバンをとりに廊下をあるいていた。
「あーあ、せっかく赤坂んとこで新作させてもらう予定だったのにパァだぜ……」
そんなつぶやきをもらしつつ、夕日の落ちてきているグランドを眺めた。
陸上部とサッカー部と、ラグビー部のすがたが見える。博の視線はしぜんと古巣へとそそがれた。
中学の頃、成績をとことん落とすまではげんだ大好きなサッカー。いまも練習にはげむすがたを見ていると、体がうずく。ボールを蹴りたい。シュートしたい。パスしたりフェイントかけたりコーナーから蹴って味方にチャンスをまわしたい……。
「鈴木くん」
聞きなれた声だった。博は窓のそとを眺めながら硬直した。
「鈴木くん、話があるんだ……こっちむいてくれないか」
サッカー部に入部して以来、あこがれていたひとの声。博はおそるおそる振り向いた。
そこには、夏でサッカー部を引退した元キャプテンがたって博を見つめていた。日に焼けた肌、やさしそうな目、きたえた体、その足はボールを蹴ると目をむくほどたくみに動く。
「大木先輩……おれ」
視線を足元にむける。
「だまって聞いてほしい、ぼくはまだ君のこと」
「先輩!」
博は、頭の芯がくらくらするのを感じた。背を窓に押しつける。
「や、やめてください。おれ、本当に……おれ……」
「鈴木くん……」
大木が一歩、博にちかづいた時だった、すっとふたつの影が、先輩後輩のあいだに割り込んであわられた。
「失礼します」
「ひろくん、やだなぁ一緒に帰れるっていってたのにどこ行ってたの? カバンもってきたから、はやく帰ろうよ」
双子の壁が大木をはじきかえし、美貌の笑みが抹殺する。
「こ……っ……、浩一、浩二――あ!」
今日も、そしてこれからも学園内の話題をさらうであろう双子は、博を自分たちの間にはさむと、押し包むようにして連れ去った。大木はただ、そんな三人を見送るしかできなかった。
「お、おれは、おまえらと帰る約束なんてしてないぞ!」
さんざん注目をあびて校門をでてから、ようやく博は落ちついた色の私服を着ている双子に、言い放つことができた。
「なにいってるんです。昔から登下校はいつも三人一緒だったじゃないですか」
「そうですよ。今日は合格通知と、教科書や、制服の案内のためにここに来てたんです。それでいったん学校をでたんですが、また戻ってきたんですよ。ひろくんと帰ろうとおもって」
登下校はいつも三人一緒。
「いつの話だよ、そんなのっ……」
博はふいと顔をめぐらして、ふたりをおいて歩きだす。
「待ってくださいひろくん、そんなのって何ですか?」
「一緒に帰っちゃだめなの?」
だいぶ離れたとおもっていたのに、あっという間に追いつかれ博はうしろから左右の腕をつかまれる。
「ひろくんとおなじ学校になったのだまってたこと怒ったの?」
「どこを受けるか父さん母さんとまとまらなくて、それで、ちゃんと決まってからひろくんに話すつもりだったんだよ……おなじの、うれしくない?」
白くて、おおきな手までそっくりな双子。
「離せよ……」
学園から駅までの道筋で、日の沈むときながら麗しいすがたの魅力のおとろえぬ双子に、左右から腕をつまれている高校男子。さらに深刻な顔をしている三人に、しぜんと周囲の視線があつまってくる。
「ひとが変な目で見てるだろ、離せって」
博はじっと自分の靴を見つめたまま、ふたりを振りほどこうと身をよじった。ひとりにたいしてもおそらく力じゃかなわないのに、ふたり同時では逃れようがない。
「ぼくたちを見捨てるんですか」
「ぼくらのこと、もう嫌いになりました?」
手を離さないふたりの言葉が、その力とは正反対にあまりに力がなくて、博は頭を横にふっていた。
(見捨てるってなんだよ。――嫌いになるわけないだろ)
そうだ。自分でどんなに否定しても、このふたりにこういわれてしまえば、心がうれしくて震えてしまう。
「じゃ、じゃぁ……」
「バーカ、高校生にもなって幼稚なこというんじゃねーよ。そら、一緒に帰ろうぜ、な、浩一」
と、いって右側をむき、
「それでいんだろ浩二」
といって左側をむいて、博は笑った。
つられて双子も幸せそうに笑った。




