番外編 午後の微笑み 後編
王族のひとりが主催したパーティからはやめに帰宅したヘンリーは、自室ではなくショーンの部屋にむかった。
ノックをすると小さな返事があった。
「ぼくだ、帰ってきたよ」
「入ってヘンリー」
コートを脱いだだけの正装のまま温かい室内に入ると、ベッドのうえの主は目を見張った。
「うわあヘンリー、かっこいい」
「行くまえもみせただろう」
そういいながら、ヘンリーは甘い笑みをみせた。
ショーンは、ヘンリーが特別に装ったりするのを喜ぶ。かっこいい素敵な兄をみるのが好きなのだ。ヘンリーはその弟の喜ぶ顔がみたくて、いままでそれほど関心のなかった服や髪型に気をつかうようになった。
金の髪と青い目が素晴らしいとは何度もいわれてきた。タンレスの雨に濡れた金糸の髪は、天上のもののようだと。
ショーンはそこまでことばをついやさないけれど、素直に驚嘆する目や、ほころぶ顔や、しぐさでヘンリーに伝えてくる。ヘンリーはそれを無言でうけいれ、心のなかで深謝するのだ。
ベッドにこしかけ、ワインレッドの上着を脱いだ。
「もう寝てるとおもったよ。具合は?」
「いいよ。本を読んでたんだ」
続きが気になるほど面白いのだと、ショーンは青い表紙の本を持ち上げた。その手の白さと指の細さ、手首のたよりなさに、ヘンリーは内心うめき声をあげた。
ヘンリーが十四、ショーンが十三のときふたりは出会った。
そのときからショーンは体重が増えてないのではないだろうか。声変わりもし、背も伸びているようなのに。年々うすっぺらくなっていくようだ。
出会ったころは、調子さえよければ遠出もできたのに、それも段々距離が縮まっていき、医者は安静を口にするばかりだ。
ベッドのうえには、幾冊かの小説と、ポータブルゲーム機や攻略本がちらかっている。寝室には大型薄型テレビが設置されているし、好きな音楽もすぐにきけるようになっている。
室内ですごすことの多い息子に、せいぜい親が与えられる娯楽たちだった。
「パーティはどうだった?」
「黄色い花がテーマだったよ。それ以外はいつものメンバーに、アメリカからのゲストがひとりふたりいたくらいだ」
そういって、ヘンリーはなにでもはなしてやる。
楽しそうだねえと、ショーンはきいている。
室内にいる限り、ショーンは知りようがないのは幸いともいえる。王家の血が流れていないショーンには、王族関係からの招待状がきてないのだ。けれど、そんなのは無視していい。元気になれば、ショーンが行きたいとおもうパーティでもなんだって、無理にでも……。
(無理じゃ気まずいかな。まずはそう、クロードに主催させて、そこに連れていくほうがいいかもしれない)
そう、しかしなんにせよ、我家でひらくパーティですら出席できない体調なのだから、その先の夢をえがくのはほどほどにしなければ。
*
学校から帰宅すると、私服に着替えてヘンリーはショーンの部屋に遊びにいく。
両親が不在なときは、そのままショーンの寝室でいっしょの夕飯を食べる。
その後は、ベッドに腰掛けたり寝そべったりしながら、いっしょのときを過ごす。
平日の日中、いつもひとりのショーンは、こうして大好きな兄がかまってくれる夜の時間が一日でいちばん楽しいという。
じつをいうとヘンリーもそうだ。
学校での友達との付き合いも楽しいが、ショーンとの時間は父親以外に感じたことのない身内にたいする愛情が無限にわいてくるようだった。
(これが弟への愛ってやつなんだろうな)
当初はそうおもっていた。
気にかけて、優しく接して、喜ばせて、たまに喧嘩して、笑いあって、ここが内で、それ以外は外なんだ。
義理の弟があまりにか弱く、ヘンリーは愛情をいつの間にか逸脱させた。
ショーンが元気でいてくれたら、力いっぱい抱きしめたかった。挨拶だけではないキスをしたかった。異性よりずっと、この弟の髪や頬を撫で、話をきいてあげたかった。
*
内に存在していた者が失われ、ヘンリーはその空間をもてあました。
平和な島国にふりそそぐ雨は、ヘンリーの頭上をかすめ、たまることがない。
家族とともに死を看取り、葬式で送り、納骨さえおこなったのに、学校から帰宅するとショーンの使われなくなった部屋をのぞきにいく。
涙にくれていた女性が表向き立ち直り、父といっしょに公務をはたすようになっても、高校の二学年に進級しても、ヘンリーは弟の寝室に通った。
内側の虚ろが外側に侵食しだしてからは、周囲が騒がしくなった。
*
小説を読むのが好きだった少年は、いつか自分も書くのだとはなしていた。
いまは長い時間パソコンにむかえないが、頭のなかでは何篇も書いているから、体力さえもどればいつだって書き上げられるのだと自慢していた。
「どんな話だよ」
恥ずかしいから嫌だというのを、いずれ発表すれば何万、何百という読者が目にするんだから恥ずかしがってどうするとからかい、お兄さんを第一の名誉ある読者にしてくれと頼むと、弟はついに降参した。
「いっぱい考えてるんだ。でもそのなかでぼくとヘンリーがでてくるのがあるよ」
来年から通う予定の高校に、自分が通う話。
ヘンリーは無理だとおもっていて、自分がおなじ制服を着てあらわれるとびっくりする。
とてもびっくりする。
自分はすっかり元気になって、ヘンリーのまえに飛び出していく。
おなじ高校に通って、お昼はいっしょに食べたりする。いっしょに登校して、下校をする。
「ショーン、それは小説っていわないよ。第一、来年いっしょの高校に通うってぼくは信じてる」
「……じゃあ、信じてないのはぼくなのかな」
珍しい弱音に、ヘンリーはうろたえそうになった。
それは小説とはいわない。それは願望っていうんだショーン。
胸のうちにこぼして、ヘンリーは重い空気を払うように、クリスマスプレゼントの話をもちだした。
*
突然、草をかきわけるような音がし、タンレス王立高校のベージュ色の制服をきた少年があらわれた。ネクタイは一年生の色だ。
濡れたような黒髪、黄色がかった肌に茶色の瞳。
「あの、すみません」
どこかなまりのある英語。懐かしい顔。あまりにも懐かしい面影。
信じてなかったのは弟。信じていたのは自分。
きっとこうなると信じていた。あの日からふりつづけた雨などぜんぶ嘘だ。
「ショーン……!」
しばらくの不在。淋しかった腕にその体を抱きしめる。元気なショーンが驚く。強い力で胸のなかで暴れる。
「ちょっと、あの、おれは転入生のユキオ・オダ……」
ああ、転入生か。別人だ。ショーンじゃない。似てる子だ。あくまで似てるだけの子だ。
口からもれでる名前。
否定されることば。
違うよね、わかってるよ。わかってるわかってるわかってる。
終わり




