番外編 午後の微笑み 前編
タンレス島は、よく雨がふる。
小雨が多く、冷たくはない。ぱらぱらとふる雨は、祝福のように島に住む人々の頭上にかかる。
生まれたときの雨は、誕生雨、結婚するときの雨は、結婚雨。すべてに雨がつき、祝いとされる。
タンレスは常春の雨の島。
最初に話をきいたときから、弟となる存在が病弱であることをヘンリーは知っていた。
弱いということはあるだろうと想像できた。
死ぬということは想像できなかった。
父が再婚したいといったとき、ひとり息子のヘンリーは平静だった。父が話すまえからマスコミが記事にしていたせいもあるだろう。
お相手は女性雑誌の編集長。取材での出会い、妻に先立たれた男と、離婚した女、おたがいに十代の息子持ち。
たまたま男性のほうが、このタンレス島のロイヤルファミリーに名を連ねる存在だったとしても、男女の恋は順調にすすみ、子供の了承を得、ついでに王室からの受諾もおりて、晴れてふたりは結婚した。
ヘンリーにはひとつ年下の義理の弟ができた。
名前はショーン。
暗い茶色の髪に茶色の瞳、小柄で色白。きいてなければもっと年下だとおもっただろう。線が細くて、弱そうだった。そのとおり病弱で、学校に通ったり、通えなくて家庭内学習カリキュラムで勉強をしていたらしい。
「はじめまして、ヘンリー」
はじめての四人そろっての顔合わせは、新しく母となる女性の家だった。ショーンの体調がおもわしくなくて、とても外食できなかったからだ。
「やあ、はじめましてショーン、これから兄として頼ってくれていいからね」
正装したヘンリーが微笑むと、ショーンは恥らうように瞼をふせ、頬を染めた。おとなしい少年で、自分をみつめる眩しそうな視線に、ヘンリーは自分がうまくリードして仲良くしていこうと決めた。
緊張し、いくぶん愛想のよすぎる夕食は、長居することもなくほどほどの時間で切り上げられ、握手とキスで幕がおろされた。
*
ショーンが死んだときも雨がふっていた。死の雨。ひっそりとおこなわれた葬式の日も雨。
曇り空は明るく、芝は眩しいほどに輝いていた。
全身を雨粒に濡らして、のこされた家族でよりそいあい、納骨を見守った。王家の親戚が埋葬される丘の墓地だった。血の有無などが取り沙汰されたと漏れきいたが、父が強引に押し切ったそうだ。
最後の最後まで排除されかかったというのに、ヘンリーはいつものような怒りを感じなかった。
タンレス島は土地が少ないせいで、土葬は昔に廃止されている。
病弱だったショーンの骨はもろく、焼かれて残った骨はとても少なかった。
短い人生と少ない灰。
何かがずっとヘンリーの胸を突き刺していたのだが、それを感じることができない。
「……ありがとうヘンリー、あの子と仲良くしてくれて。素敵なお兄さんができたっていつも喜んでいたの。本当にありがとう」
ヘンリーはただ涙にくれる女性を抱き寄せた。濡れた髪はヘアムースの香りがした。