02
校門で合流したふたりがむかったさきは、日向の家だった。
日向の案内で歩いていくと、今江の視界に高層マンションの姿が飛びこんできた。
(あれかな?)
そうおもっていると、お洒落な外観のゲートに日向は進み、番号を打ち込み、人差し指を突起に差し入れた。指紋がキーだという。
滑らかに扉が開くと、日向は眼鏡をかけた顔で振り向き、今江にうなずいた。
「わ、わー広いマンションだね……」
いったいどこのホテルだろうというエントランス。磨かれた柱。上品なソファ。ふかふかの絨毯。塵ひとつない。
「日向……こんなにすぐ家に行ってもいいの?」
今日の昼に会話をしたばかりなのに。ずっと不安だったことをエレベーターまえに並んで待っているときに今江はきいた。
「ぼくは構いませんよ。嫌でした?」
降りてくる数字をみあげていた日向が、なにも考えてなさそうな顔を今江にむけた。
「全然! すごく嬉しい」
「それはよかった」
ふたりは微笑みあい、到着したエレベーターに乗りこんだ。
十階にある日向の家は、玄関ドアを開けると左手すぐにカウンターキッチンがみえ、右手に天井の高い広い空間のリビングがみえた。
「わあ、広いねえ」
リュックカバンの腕通しを両手で握ったまま、靴を脱いであがった今江は大きく目と口をあけて感嘆した。夕暮れまでまだ少しある秋日の快晴の残りが、薄い白のカーテンから透けてみえる。
「スリッパをどうぞ先輩」
出されたスリッパはベージュ色だった。
「カバンを下ろして好きな場所に座ってください。いまお茶入れますね」
カーテンを引き、窓を開けた日向が、手でソファを示す。三人掛けと一人掛けの白いソファが白い長方形のテーブルと並んでいる。壁際には薄型の大型テレビが置いてあった。
ベランダへと続くリビングの左手にはベッドがあった。頭側には小さな窓がついており物が置けるようになっている。CD類がごたっと積んである。皺が寄りながらも整頓されているベッドの右にはドアがあり、さらに奥に部屋があるのだろう。左は本棚となっており、並ぶ書籍よりさきに棚のうえにはみだしているものに今江は注目した。
「何これ」
おもわず笑いながら手を伸ばして触れる。いろんな表情をしたバスケットボールくらいのぬいぐるみが、ぶら下がっている。さらに奥にはドラゴンらしき鱗胴体のものまでみえる。
「椿や保が持ちこんだものですよ」
「あ、そうなんだ。仲いいよね三人とも」
迷惑このうえない置き土産。三人の気のおけない仲がうかがえる。
「中学からいっしょですし、ここはぼくひとりなんで来やすいんでしょう」
カバンを下ろして三人掛けソファに座っていた今江は、冷蔵庫を開けてジュースの紙パックをしまっている日向の背中をみた。
「……そうなんだ」
声が小さくなってしまう。部屋をみたとき、広さに驚いたつぎにもしかしてひとりで住んでいるのかと気にかかった。日向はその通りひとりで、今江は体を元にもどしてちゃんと座りなおし、両手を膝のうえで組み、考えるような顔をして指を動かした。
窓から優しい風が入ってくる。
*
この春、日向とその友人である二名が入学してきて、それぞれの素性や実力なりが噂も含めてあっという間に広がった。今江が耳にしたのもこのころだ。
そんなすごい後輩が入ってきたのかと、情報を口にするクラスメイトにおもわず耳を傾けた。
ラグビー部だけがずばぬけて強いわが校において、一年で即レギュラーとなった石井保は、放課後にグランドに行けばかれ目当てのギャラリーがいるので居場所はすぐにわかる。
硬派というわけではなく、ファンの女の子とも気軽に話すので評判は上々だ。今江の二年生のクラスでも石井派のファンがいるとすると、対抗するようにいるのが椿派だ。
目立つ外見と明るい性格で、学校のどこかで女性が集まっているとだいたいその中心には椿大吾がいた。
今江からみると椿はアイドルだ。別世界という気がしてならない。
三人のなかで女性に支持されるとしたらふたりそれぞれに派閥ができる。日向はふたりに比べて地味であった。人には囲まれて笑いもしていたが、主にコンピューター談義をしていたようだ。
人に囲まれ、それぞれにぎやかにしている三人だったが、廊下の端や、校庭の隅などで三人そろっていると、今江などにははっきりと親密な空気がみえた。一段と楽しそうなのだ。それは今江だけがわかることではないようで、三人だけになるとそれぞれのファンも近づかない。
いちばん背の高い体格のいい石井が笑う。つぎに背の高い日向が銀縁の眼鏡の位置をなおしながらうなずくようにして笑う。同じくらいの背の椿が、石井の肩に手をおいてもたれ、日向の腕を軽くたたいて笑う。
楽しそうだ。
――けど……