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06

 放課後、門のまえで立っていたクロードに、由紀夫は無言でついていった。

 いったん学校の敷地にもどり、駐車場に進んで行く。車のそばまでくると、運転手がふたりのためにドアをあけた。

「いいのかユキオ」

「うん」

 ふたりはそれきり黙って乗りこんだ。車はゆっくり出発した。広い緑の敷地を抜けると、石造りの街並みが続く。空は曇りで、色も濃く、いつ雨が降ってもおかしくなかった。

「どれくらい時間がかかるかな。家に電話しておいたほうがいいかな」

「そうだな、夕食を一緒にとろう。遅くなったら車で送るし、泊まってくれてもいいから」

 差し出された電話器をうけとり、由紀夫は家にかけた。電話にでた母には、友達の家に寄り夕飯もいただくからと話した。

 かけおわった電話器をかえすと、クロードがじっと由紀夫をみつめていた。

「何?」

「――どうして気が変わった?」

「一言じゃいえない」

 クロードはふっと笑うと、そうかといった。


「クロードはショーンとよく会ったり、話したりしたの?」

 背を深くシートにもたれさせて見上げると、クロードは困ったような顔をしていた。

「……いや、ショーンは病弱でほとんど家のなかばかりで、おれはメイソン家にはほとんどいかなかったから。パーティの席にもショーンは出てこないし、ヘンリーからきいてたくらしか知らないんだ」

「そうなんだ」

「おれの知ってるかぎりじゃ、ショーンのことをつねに気にかけていたのはヘンリーだけだったな。ショーンのお母さんも、公務で忙しそうだったし」

 話をきくと、由紀夫は力なく笑った。

 きけばきくほど、ショーンの孤独が迫ってくる。パーティだって、おそらく体が悪いばかりじゃなく、そのほかの理由で出てこないじゃなく、出られなかったのだろう。

 車は順調に走っていた。



 立派だが、地味な建物だった。柵に続いた門には警邏服を着た兵がひとりだけ立っていたが、装飾品のようだった。

 車のドアが開けられると、クロードが先におり、由紀夫も続いた。

「こっちだ、ついてきてくれ」

 制服姿のクロードは、由紀夫に声をかけてどんどん進んでいく。

 赤壁の邸内は静かで薄暗かった。空気まで重い。メイドがひとりちらっとみえたが、一階奥の部屋にいくまで人影はなかった。

 物が倒れる音がした。

 ふたりははっと顔をむけたが、クロードは音がしたのとは違う部屋のドアをノックして、入っていった。

 飾り暖炉のある部屋には、地味な洋装の男がふたりソファに座っていた。

「おかえりクロード卿」

「これはお帰りに気づかず失礼しました」

「いえ、ふたりに紹介します。転入生のユキオ・オダくんです」

 壮年のふたりは、由紀夫を目にすると顔をこわばらせて腰をあげた。

「ユキオ、こちらはファインズ医師と、メイソン家の主席執事ギャスケルさんだ」

「こ、こんにちは……」

「やあ、どうも、きみがユキオくんか」

 室内でつながっているドアにクロードは目をやった。

「どうですか」

「変わりないよ」

「それじゃあ……ユキオ、いいか」

「うん、ヘンリーはこっち?」

 ドアノブをひねりながら、三人の男に目をやり、由紀夫は部屋に入っていった。

(あ、ノックするの忘れた……)

 開けてから気づく。


 背後で重いドアが閉まる。続きの部屋は、先ほどより広く、中央壁よりにベッドがあった。厚い絨毯のうえに椅子がころがっている。飾りスタンドライトが壁に斜めによりかかり、穴をあけていた。

 カーテンが半分あいており、窓から繁っている木々に雨が降り注いでいるのがみえた。

「降り出したんだな……なあ、ヘンリー」

 長身の若い紳士は、乱れた髪をそのままにもたれていた壁から離れ、窓をのぞいた。

「――雨、また雨か」

 見上げる横顔は、どこか虚ろだった。

「温かい国だけど、さすがに夜の雨は冷たいよな」

 返事もせず窓にもたれると、ワイシャツにスラックス姿のヘンリーは寒そうに両腕を抱いた。うつむくと、前髪が目を隠す。唇は赤味がなく、本当に凍える人のようだった。

「寒いのか、ヘンリー」

 由紀夫が手をのばして腕に触れても、ヘンリーは反応を返さなかった。

「学校、休んでたんだって?」

 長い指で、ヘンリーは前髪をいじった。

「おい――おい、ヘンリー、おいったら」

 由紀夫を見下ろしてもヘンリーの顔色は変わらず、窓から離れると、ベッド脇にあるドアの方にむかった。まださらに奥には部屋があるのだろう。

「なんだよ無視かよ、いいよもう、おれは帰るからな」


 会うだけ会ったし、役に立たなかったのだから仕方ないと、胸に痛みをおぼえながら由紀夫はヘンリーに背をむけた。入ってきたドアに突進しようとして、床の倒れていた椅子の足にひっかける。


「おわ!」

 絨毯に吸いこまれて大きな音はしなかったが、由紀夫は四つん這いになった。

「もーなんだよ、びっくりした……」

 身を起こそうとすると、大きな手が背中を支えた。見上げると、ヘンリーがよこで片膝をついている。

「大丈夫か」

「……うん」

 返事をすると、ヘンリーはいつもし慣れている手つきで、由紀夫の額に手をおいた。

「熱はないな、どうしたい? ベッドにいくか、なにか飲むか」

 由紀夫を立ちあがらせると、ヘンリーは先ほどまでの能面が嘘のように、優しく微笑んだ。由紀夫は胸がしめつけられた。

「な、なにもいらない」

「そういうなよ。ぼくも飲むから」

 部屋付きの電話で何事かいいつけると、ヘンリーは由紀夫の肩を抱いて奥の部屋に入っていった。そこは書き物机とソファだけがあった。

 ソファに向かいあって腰かけていると、ドアにノックがあり、若いメイドが紅茶を運んできた。テーブルに置くと、静かに退出していく。

 ティーポッドから、ヘンリーは手早くふたつ分カップに注いだ。ミルクもたっぷり入っている。すすめられて、由紀夫は口をつけた。濃厚で、まろやか。

「美味しいな、これ」

 カップを皿にもどすと、ヘンリーが意外なことをいった。

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