04
母が所有していたタンレス王族マガジンをめくると、なかほどにベージュ色の制服姿のヘンリーとクロードの写真があった。二年に進学、とある。
ロイヤルファミリーはけっこうな量で、薄い血の人物まで詳細に載っていた。ショーンは三名いたが、どれも壮年だった。
「母さん、皇太子のはとこでショーンって名前の子いなかったっけ」
「家系図をみてみなさいよ。さすがにここの王家を把握するのは無理よ――でも、タンレスの王族は美男と美女が多いわね」
台所から一瞬だけ顔をだした母はそれだけいって、すぐに引っ込んだ。
(いないよなあ)
家系図は調べ済みだったが、もういちど目をとおし、由紀夫はあきらめてページを閉じた。
夕飯時に間に合う時刻に帰宅した父に、由紀夫はショーンについてきいてみた。
「四ヶ月前になくなったショーン?」
「そう、病死だって。きいたことない? ヘンリーの弟なんだけど」
タンレス・ビールを片手に、ワイシャツ姿の父は首をかしげた。
「そういや、国王のいとこが再婚して、連れ子がいたとはきいたことがあったなあ。ヘンリー卿って、皇太子のはとこだろ?」
「そう、連れ子の場合、王族の数には入らないの?」
食卓に男ふたりだけが向かいあい、由紀夫は父の肴をちびちび食べながら話しかけた。妹は居間でテレビをみている。
「まったく血が入ってない場合はありうるな。王族人気があればあるほど純血が重用視されてるんだよ……そうか、その連れ子は亡くなってたのか」
ニュースにもならない。
王族のなかにいたのに、王族扱いされてない。
由紀夫は乾いた唇をなめた。かわいそうだなとおもっていると、母が夕飯ができたらから運んでくれと声をかけてきた。
*
国王のいとこと母親が再婚しても、王族の血は一滴もはいってないから王族としては扱われず、しかも体が弱くて、ついにはそっと病死したショーン・メイソンという、自分に似た少年。
血の繋がってないショーンの兄・ヘンリーは、皇太子のはとことして派手に雑誌に載り、周囲にいる王族は、見目麗しい立派な容姿のものばかり。
(同情するな、おれ)
シャワーをあびて、痣になっている箇所を母に湿布をはりなおしてもらって由紀夫は自室にひきあげた。
――ショーン、ショーン……。
パジャマ姿でベッドにのりあがると、ヘンリーの声と顔が浮かんだ。一瞬身をこわばらせた由紀夫は、脱力するようにゆっくりうつ伏せになって頬を枕に沈めた。
(死んじゃってるんだよ、ヘンリー。あんたのかわいそうな弟は、もう死んでしまってるんだ――かわいそうだけど、もういないんだよ。おれはショーンじゃないんだよ)
頭のなかで説得する。
(おれがショーンにみえるなんて、そんなの、死んだショーンを忘れてるってことだろう? あんたまで忘れちゃ、ショーンがますますかわいそうじゃないか……弟の死が苦しいのはわかるけど、間違えるなよ……)
――ショーン。
綺麗な笑顔。長い形のいい美しい指。つまむ果実。
――これ、好きだろショーン。
……好きじゃない……、おれは好きじゃないよヘンリー。
*
翌日、予想したヘンリーの待ち伏せがないまま、由紀夫は登校した。タンレスの朝は、またもや曇り空。風がすこしあって、可憐で小さなピンクの花が、ゆらゆら揺れている。
落ちついた石造りの街の端で、花がひっそりと咲いている。
足をとめて見下ろしていた由紀夫は、溜息をついて顔をあげた。
「おはようユキオ」
「おはよう」
校門ちかくになると、見知った顔があらわれる。挨拶をかわしながら教室にむかった。
なんだか体がだるかった。食欲も睡眠も普通なのに、なにかが乗っているように重い。
果物が好物だったという。タンレス島の人々より、異邦人に似ていた容姿の、病弱で孤独な少年。そんな弟にとって、血の繋がらない金髪碧眼の兄の優しさはなにより嬉しいものだったろうな、授業を受けながら由紀夫はおもった。