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02

 タンレス島の首都タレスでは、五月上旬の今朝も小雨模様だった。曇りだが外は明るく、玄関を開けて由紀夫はしばらく空を見上げた。

「由紀夫、傘はー?」

「いいよコートあるから、いってきまーす」

 家の奥からきこえてきた母の声に返事をして、防水加工のベージュのコートをはおって由紀夫は階段をくだった。


 地震のないこの島での建築は石が主流だ。由紀夫の登校通路も石畳がほとんどで、アスファルト舗装されているのは車の往来がとくに激しいところだけだと父にきいた。

 髪がしっとりと濡れていく、それでいて雫がたれてくるほどでもない。

 こちらも防水加工のカバンを右肩にかけて、雨に濡れる朝の街を眺めながら由紀夫はゆっくり歩いた。

 石垣が続き、繁った木々の下で金髪の男が立っていた。一幅の絵のように馴染み、由紀夫は一瞬見逃した。

 学校指定のコートではないが、あの顔はタンレスの高校生徒だ。

「おはよう、ユキオくん」

 髪からの雫がたれている。白い肌も濡れて光りながら、昨日の金髪の生徒はにっこりと笑った。茫洋と、驚愕、泣き、叫んだ顔ならば見ていたが、そういえば笑顔ははじめてだった。


「あ……ショーンの人!」

 おもわずそう口走り、あわてて取り繕うとしたが、いわれた本人はいたって平静に微笑んで自己紹介をした。

「昨日はごめんね。ぼくはヘンリー・メイソン」


 雨に全身を濡らしながら、いっこう気にしたふうではない。この国の住民は慣れているのだろう、そう由紀夫はおもった。それにしても、今朝はちゃんと会話ができている、そう由紀夫が安心したのもつかの間。

「朝食は食べた?」

「え? はい」

「よかった。美味しかった?」

「う、うん……」

 ヘンリーは由紀夫に並ぶと、肩に腕をまわして親しげに話しかけてくる。その行動からすると自分を待っていたようだ。

「あのさ、注意しておくけど、おれはショーンじゃなくてユキオ・オダだからね。しかも日本人だから」

「わかっているよ」

 本当か!? とおもいながら由紀夫はいい足した。

「それと、おれの家の場所、よくわかったね」

「うん、会いたかったから」


 ……だから答えになってないってば! とおもったが、「そう……」と由紀夫は相槌だけした。


「お昼は一緒に食べよう。好物のフルーツいっぱい用意しておくからねユキオ」

 ヘンリーは、腕に抱いた由紀夫にむかってふたたび綺麗に笑った。肩を抱かれている由紀夫は、おれの好物はぶりの照り焼きだー! といえないままでいた。



 王立高校といってもエリートばかりが通っているわけではなく、日本の公立とかわりなかった。タンレスは、国王を最高位とする階級社会であったが、通う学校は区別されていないようだ。

 昼休みになった。

 学食を利用してもよいし、弁当を持参してもよいのは日本と同じだった。

「ユキオ、学食いくんなら一緒に」

「ありがとう」

 彫りが深く目の細い同級生に教室をでたところで誘われて、由紀夫は笑顔でふりむいた。

「悪いね。かれはこちらと先約なんだ」

 由紀夫の背後に立った人物が、肩をひきよせて突然いった。首をひねって見上げると、昨日、ヘンリーといた黒髪の人物だ。


「クロード・マウントだ、よろしく。昼食をヘンリーと約束してただろう。迎えにきた、こっちだ」


 クロードが由紀夫の同級生に目で挨拶し、背を押された。下級生のあふれる廊下で、クロードは背が高く、年の差はひとつなのに大人びてみえた。

 昨日はちゃんと観察できなかったが、黒髪は天然のウエーブがかかっており、瞳はヘンリーと同じ青だった。容貌も負けないくらい整っている。

 ひとけのない石造りで重厚な廊下をふたりで渡りながら、由紀夫はクロードを見上げた。

「ひとつききたいのですが、マウントさん」

「クロードでいいよユキオ」

「クロード、ショーンって誰?」

 質問を予期していたのかクロードはためらいなく答えた。


「ヘンリーの弟だ。四ヶ月前に病気で亡くなってね……。以来あいつは情緒不安定なんだ」


 ヘンリーの弟。……ということは、日本人ではないはずだ。それなのに、あんなに取り乱すほど自分は似ているのだろうか。

 考えを読まれたのか、クロードが足をとめて由紀夫の顔をのぞきこんだ。

「転入まもないきみに迷惑をかけるけれど、少しつきあってほしいんだ。ユキオ、たのむ」



 昼食は、ヘンリーみたいに豪勢で調子がはずれていた。

 午前半ばで雨があがり、太陽が顔をだしていた。

 ランチが用意されていたのは校舎にすぐ近い木の下。


 ベージュのシートが敷かれ、三人分の食事が、編まれた箱にステンレスの容器に小分けされて収まっていた。スープ用と紅茶用の魔法瓶がそれぞれあり、陶器のカップがそろっている。


 ヘンリーとクロードに挟まれて、由紀夫はすすめられるまま両手でこぼれそうなサンドイッチを食べた。ふたりは長い指を使い、同じ素手だというのに上品に口に運んでいる。

 外国人だからといって、みんな行儀がいいわけでも悪いわけでもない。きちんとしているのはそう躾られ、習慣となっている人物だけだ。

(このふたり、いったい何なんだろうな……)

 たしかに容姿はいい。行儀もいい。いいが、いいだけでないような雰囲気がある。上流階級の子弟なのかもしれない。タイで知り合った、家が代々軍人を輩出しているという子を連想させた。

 ふたりは由紀夫のことをききたがった。

 英語はできるが、勉強がついていけないとこぼすと、一年の時のノートを貸してあげるとクロードがいった。わからないところは教えてあげるとヘンリーが続いた。

 由紀夫はふたりと知り合えて、ようやく嬉しくなった。

「はいユキオ。好きだろ、とっても甘いよ」

 そういってヘンリーが差し出してきたのは小さな容器におさまったフルーツ盛り合わせ。すすめられるまま、一口サイズのオレンジを食べると、

「美味しい?」

 なぜか心配そうな顔でヘンリーがきいてくる。

(ショーンはフルーツが好きだったんだな)

 間違ってはいないだろう。

「美味しいよ」

「よかった!」

 それこそ花が咲いたように、ヘンリーは明るい笑顔を見せた。由紀夫はしばらく口をポカンと開けて、どう反応していいのかまったくわからなくなった。

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