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01

金髪碧眼美形先輩X日本人転入生。【全8頁】+番外編1本。


いきなり違うひとの名前で呼ばれて抱きつかれた。

それって、誰のこと? ……ねえ、いいかげん、おれを見たら?


 人を求めていた。話ができる人間を。


 尾田由紀夫おだ ゆきおは、真新しい制服をつけ、広大な敷地のなかでお手上げの状態だった。

(午後は完全に遅刻だ……)

 ひとりで探索は無謀だったとおもいかえしても、もう遅い。鐘ははるかむかしに鳴っていた。


 日本から家族そろって引越してきたのは十日前。

 新聞記者の父が、この島国の特派員になったのだ。タンレス島は大西洋に浮かぶ、常春の国だ。曇りがちで、にわか雨が多い。

 由紀夫がさまよっている万葉樹の森は、かれが今日からかよっているタンレス王立高校の私有地にあった。


 内心の焦燥をごまかしながら、足のおもむくままに歩をすすめていた由紀夫は、ガラス張りの建物を見つけた。遠目で温室だろうとあたりをつける。

「……あ」

 温室らしき建物のまえに設置されている白のベンチに、由紀夫とおなじベージュの制服をきた生徒が、うつむいて座っていた。

「あの、すみません」

 人だ人がいた! 由紀夫は満面に笑顔を浮かべて、森からぬけだして声をかけた。

 タンレス島の第一言語は英語である。父の出張につきあって幼少のころからあちこち移住していた由紀夫は、幸い英語ができた。

 迷路からの案内人になるであろう生徒が顔をあげた。


 雲間から顔をだした太陽のように輝く金髪と、どこか焦点のはっきりしない青い瞳、整った鼻梁、上品な口元、陶器のように白い肌。


 顔の良さなど予想もしてなかった由紀夫は、美貌に圧倒されて足をとめた。

「あ、あの、一年校舎はどう行けばいいですか」

 内心、これほど美形な人物に出会ったのはこの国にきてはじめてだなとおもいながら、とにかくいまの自分にとっては道さえ教えてくれたらいいのだと由紀夫は用件を口にした。

 金髪碧眼の男子生徒は、由紀夫をぼうっと見つめかえしていたが、しばらくして顔をこわばらせ、白くペンキされた木のベンチから腰をあげると、信じられないという目をし、口を開いたままにした。

 立ちあがるとその生徒は、由紀夫の頭ひとつ高かった。欧米の中間に位置するこの国のひとびとは由紀夫より長身だ。由紀夫が見上げていると、

「ショーン!」

 といって、その男子生徒が長い腕をのばして由紀夫を抱きしめた。


「ショーン、ショーン、ああ……ショーン!」


 力いっぱい抱きしめられ、由紀夫は日本語でいたたたたっと叫んだ。

「ちょっと、あの、おれは転入生のユキオ・オダ……」

 上体をひねって主張し、視線をあわせると、男子生徒は涙をながしていて、由紀夫を唖然とさせた。

(どうして泣いてるんだ――この人)

 一瞬、抵抗を忘れた。

「ショーン、よかった……」

 ふたたび抱擁を強めた相手に、日本語で抗議しながら身をよじっていると温室のドアが開いて、黒髪の男子生徒が顔をのぞかせた。

「ヘンリー?」

 由紀夫がじたばたしていると、その黒髪の生徒が近づいてきて金髪の生徒の背に手をおいた。

「何してんだヘンリー、ほら離れて」

「そうそうそう」

 味方があらわれて、由紀夫はようやく長い腕から逃れた。黒髪の生徒は金髪の生徒より少し背が高く、暴れる相手を羽交い締めにしていた。由紀夫に対する金髪の生徒の反応に、その生徒も戸惑っているようだった。


「ショーン! ショーン!!」

 由紀夫から離されると金髪の男子生徒は叫んだ。

「ち、違うよ、おれはショーンじゃないよ」

「ショー……」

「じゃないからッ」


 離されてもショーンと呼びつづけることをやめない相手に、由紀夫は道をきくのはあきらめて、その場から走って逃げた。

 その後、自力で校舎をさがしだし、耳朶に感情が爆発したような呼ぶ声を残しながら、午後の授業をうけた。

 変な人だったとおもい、クラスメイトには話さなかった。まだそれほど親しい子がいなかったせいもある。



 尾田家は、両親に長男の由紀夫、妹の佳織の四人家族で、会社が用意した首都タレス郊外にある二階建てにおさまっていた。

 夕方帰宅すると、それぞれが晴れ晴れしたように日本語を話しだす。母が用意する食事も、タンレスの食材でありながらも日本テイストだった。茶碗と御箸ははずせない。

「家に帰ると日本語をつかえるのが天国だなあ」

 由紀夫がそういうと、家族もうなずく。

 食卓の肉は、もっぱら魚だ。

「思ったよりすごしいい国だな」

 重大事件がめったにおきないタンレス島では、新聞記者の父は残業もなく夕飯にはいつも顔をだす。

「うん、優しい人が多いよね」

 中学二年生の佳織も、由紀夫とおなじように転入第一日目をすごしてきたが、大過なかったようだ。それだけでなく、この国の特徴を早くもつかんできた。


「この国の人って、王族マニアが多いよね」

「あ、そうそう、唯一の娯楽っていうくらい、ロイヤルフィーバーしてるなあ」

 父が同意した。母もつづく。

「国王一家だけじゃなくて、親戚筋まで話題なのが、日本とは違うとこよね」

「あ、いえてるー」


 こんな感じで尾田家の食卓では会話がつねに弾み、由紀夫は午後にあった出来事をすっかり忘れ、ベッドにおさまってから、家族の話題にしそこなったと気づいた。

 映画俳優のような目をひく容姿の、おなじ制服をきた男子生徒が、由紀夫にむかって呼びつづけた名前。ショーン。驚愕した顔。熱い抱擁。

 あれはなんだったのだろうか。

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