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01

幼いころから面倒をみてきた、可愛い幼馴染が恋をした。

しかしどうこんがらがったのか、なぜか恋の相手を脅迫したいという。

どうする、太郎? 【全4頁】


 塩野太郎しおの たろうが部長をつとめる写真部の部室まで、幼馴染の安達裕也あだち ゆうやがついてくるのは毎日のことだった。

 まだ部員が集まらないふたりきりのとき、大きな声ではいえないんだけど……そう切り出して、裕也は太郎の耳に手と顔をよせてきた。

 裕也のほうに頭を傾けた太郎の耳にぼそっと囁かれた内容。


「人を脅すには、どうしたらいいの」


 次の瞬間、太郎は眼鏡の位置をなおして切り返した。

「相手は中村真澄なかむら ますみか」

「どうしてわかるの太郎ちゃん!?」

 裕也はかわいい顔を真っ赤にして、ぎょっと身を引く。太郎は、頬杖をついて幼馴染をみた。平静で、冷徹ともいえる視線だ。

「裕也のことならたいていわかる。図書の件から仲良くなってたはずだろ」

 パイプ椅子に座りなおして、裕也はうつむいた。



 裕也が図書の本を十日も延長して、放課後にあわてて返しにいったのは一ヶ月ほどまえのことだ。

(二週間も貸しだし禁止になるなんて嫌だなあ)

 自分が悪いのにぼやきながら、ドアのまえに到達すると、突然背後から切迫した声がかかった。

「そこっ、ドアのとこにいる人! ドア開けてドア!」

 視界の端に、大きなダンボールを抱えた腕が見えた。入口いっぱいまで書籍がつまっている。

「ひゃっ、はいい」

 おびえた小動物の素早さでドアを開けて、荷物を運ぶ人を通過させると、裕也はほっと息を吐いた。

「つ、ついでに」

「え?」

 図書室のなかからさらに声がする。

「もうひとつ開けて、もうひとつ」

「はいっ」

 準備室のまえで背を反り返してダンボールを抱える人物は制服を着ていた。その脇を通り抜け、裕也は急いでそのドアも開けた。

 電気のついてない、カーテン越しの薄明るい準備室に荷物を抱えた学生が入っていくと、床におろそうとしてよろめいた。

「あぶない!」

 背中を見守っていた裕也は飛び出して、側面から力を貸し、ふたりで力を合わせて荷物をおろすことができた。

「ああ重かった……。先生むちゃくちゃ持たせるんだから――どうも、ありがとうな」

 重労働をしてきた生徒が床にへたり込んで、大きく息を吐いた。

「でもすごいね。こんなに重いのにひとりで運んで、図書委員も大変だな」

 同じように床に座っていた裕也は、可笑しそうにいう。

「いや、おれ委員じゃなくて、たまたま……」

 そのときになってふたりははじめて顔をあわせた。



「そうなんだ、あれから中村とは仲良くなって話すようになって……同じ二年でも、あっちはテニス部のエース。こっちはただの帰宅部」

 自販機で買ってきたジュースの入っていた紙コップをいじりながら、裕也は太郎の顔もみないで赤い顔をしていた。

「つくづくいっしょにいて、わかったんだ」


 中村真澄は、スポーツができて、さっぱりしてて慕われてて、かっこよくて……。髪は短めで肌は日に焼け、長身でさわやか。全身から温かさが滲み出る人柄。


 一階廊下の窓際で、部活途中の中村と裕也は談笑することがある。

 クラスは違うけれど、ちょっとした機会をとらえてはどちらともなく声をかけては顔を合わせていた。

「おーい、中村ー」

 テニス部のユニフォームを着た部員が、手を振っている。

「じゃあ、またな」

「うん」

 動きが敏捷な中村は、さっと背を向けると、あっという間に部員に追いついて仲良くことばをかわして運動場のほうへ消えて行く。

 背を見送るたびに、裕也はなんともいえず淋しく悲しくなった。

 携帯電話のアドレスや番号を交換し、週末も遊びにさえ行くというのに。出会いが浅いわりに、しっかり友達になったというのに。

 どうしてだろう。


 ただ、おもうのは……


「中村はぼくにないものばかり持ってて、ぼくには中村みたいのが必要なんだ。絶対手に入れなきゃいけない!」

 そこまで静かにきいていた太郎は、チェック柄のネクタイを緩め、席を立った。テーブルに腰をもたれさせ、裕也に背をむける。

「やつは人気あるよ、あきらめたら? 中村『みたい』のでいいなら、ほかの相手を探して……」

「中村真澄でなきゃダメだ!」

 裕也は怒鳴った。それにひるみもみせず、太郎は淡々としている。

「――脅してまで、手に入れたいの?」

「入れたい!」

「どうしても?」

「どうしても!」

 まるで抗議するみたいに、裕也は太郎の腕をつかみ、声を張り上げていた。


「じゃあね……」


 表情のうかがえない顔で、太郎は振り向いた。

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