03
もうもう、大チャンスだとおもった。
神秘に包まれた山口のことを知るこんな機会はもうないかもしれない。
驚くべきこの出来事を週明けに浜田や東や掛川に語ったならば、どれほど愉快だろう。
松原はそんなことを胸に秘め、DVDを物色する山口に貼りついた。
ベージュのダッフルコートを着た山口は、いつもの黒縁眼鏡をかけ、首筋から耳までがやけにさっぱりとして、すべすべと新鮮にみえた。
黒いケースを長い指が持ち上げるだけで、なぜだか松原はあまりにツボにはまったお笑いをみているときのような興奮をおぼえた。
ふいに山口が陳列から離れた。そのまま正面ドアにむかう。開閉するたび冷たい風が吹きこむ、まさにその外界へと山口は出ていった。一瞬だけ躊躇し、松原はすぐにあとを追った。
「どうしたんだ山口、なにも借りないで出てきて」
自転車のことなど構わず、道路を渡って向かいの歩道を早足ですすむ山口の背に声をかける。
「土日みるために来たんだろ」
「松原」
車がよこを走り抜けた谷間だったので、自分の名前がやけによくきこえた。
山口はやおら振り返ると、高い地点から剛速球を投げ下ろした。
「前々から下品だとおもってたけど、ほんとうに下品だな!」
*
錆びた門を押し開け、山口は溜息をこぼしてふりかえった。
「松原……」
とうとう家の前まで付いてきた松原を、もうこれ以上無視できなくなった。
「何だ? いいたいことがあればいえよ」
「山口……」
日頃あけっぴろげで頭でものを考えたことがないであろう人間が、悩んでいる顔というのはなかなか見応えがある。山口は同級生にたいして罪悪感ひとつなく、さらりとそんなことをおもった。
「おれってそんなに下品かな……」
松原は不安そうに顎に手をおいている。
「……おれはそうおもうけど」
顔は、かわいいのにな。
いまのクラスが決まってすぐ山口はすぐに松原のことに気づいた。
着なれない六つボタンの制服を着た松原は、ただ生きて普通の高校生であるというだけなのに、いまにも物語がはじまるかのような、目が離せない魅力がその肘や肩先や髪の端にまで詰っていた。
自分が心底みたかったのはこの作品だったのだとおもえる映画に出会ったときのような、震えが山口に走った。
だがあいにく、松原はとことん普通の男子高校生だった。
むしろ普通よりシモネタ好きの、うんざりするような空っぽ頭の高校生。
その空っぽが、鉄の門を握った。
「いいや、だって考えたけど、おれは十六の男としてオープンに生活してるだけだ!」
「そのオープンの仕方が下品なんだよ」
「どこがだよ!」
「自分でわからないようじゃなー……」
「何だよいえよ! だいたいなっ、高一ですまし返って友達とシモネタ話やAVひとつ借りないなんて山口のほうがおかしいんだよ! どうせ部屋に大量のAVやらHな雑誌を隠してこっそりみてるんだろ、このムッツリスケベ!」
沈黙と冷風がふたりの間を吹き抜けたあと、山口はきしませながら門を開けた。
「それじゃ探してみるか」
拳をつくって叫んだ姿勢のまま、松原は顔をあげた。
「おれの部屋、家探ししろよ。母さんも父さんも遅いし、大きな音たててもいいから」
「え、え、え、いいのか?」
松原はあっけにとられた顔のまま、おどおどときいてくる。
「いいよ、どうぞ」
そううながすと、松原は門をくぐった。門を閉めると、山口はポケットから鍵をとりだして、玄関を開けた。