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つむじかぜ 短編集 ~学園編~  作者: みやしろちうこ
それは今日に明日に
12/58

後日談 説教

 石井は椿から昼休みに食堂の裏に来るよう伝言をもらった。


 弁当を五分で食べると食堂に行き、デザート用に菓子パンを四つ買い、茶色の紙袋を片腕にだいて石井は大きな体を、裏手にあらわした。

「おーい椿、何の用……」

 椿の背中がみえた。その正面に対峙しているのは今江哲也だ。

「あれ、先輩?」


 中学からの友達である日向雅彦が、この秋から交際することになった二年生の男子生徒だ。人柄の良さがにじみている親しみ易い外見をしているが、いまその顔は無表情だった。


「石井くんようこそ、ここに来て椿くんと並んで」

 体格からすればラグビー部レギュラーの石井保に敵うものではないのだが、今江には妙な迫力がある。人間として気骨があるというべきか。

 椿と肩を並べ、おもわず肘でよこを突っついた。


(おまえ~おれを巻きこんだな~)

(当り前だろう友よ)


 モデルをしている整った顔でつんと顎を突き出し、冷たい視線をくれる。

「さて、忙しいきみたちを呼び出したのには訳があるんだ」

 今江は組んでいた両手をといて腰にあて、苦笑を浮かべた。無表情よりだんぜん笑顔のいい男だった。


 男と付き合いたいという日向の好みはよくわからないながら、同性として、また人間としての今江はなかなかいいなと、石井はおもう。日向を介して接触があるたびに、よくぞあの危なっかしい男と付き合ってくれているとおもう。


「――日向によけいなことを吹き込まないように」

「あ」

 今江のことばに、椿と石井はようやく合点がいったというように同時に声をだした。


「そうでしたか~雅彦のやつ試したんですね? え、悪かったですか? そんなことないですよね。おれは女の子としか経験ないけど、ゲイの知り合いも多いですから、初心者同士にはこれだ! ってのをあいつにわかるように教えたつもりですよ。え、どこが嫌でした? 参考にして次こそ挽回させてみせますから」


 石井が止める間もなく、椿はまるで学究の徒のように目をキラキラさせて今江につめよりまくしたてた。

「いや……その……どこって」


「嫌だったんでしょう? やっぱりあいつ不器用だから、ムードも出せないんじゃないかな。先輩は男だけど、覚悟を決めるムードは大切ですよね。それとも手順かな? あいつの指がごついのか、先輩のがせま……」


「まーまー待てって椿。いや、すみませんでした先輩、おれたち親切で助言したんですよ。あいつと先輩の幸せのため。健全なる性交はカップルの常識ですよね!?」


 さらにエンジンのかかる椿を黙らせようと、石井はたくましい肩を出してふたりの間に割り込んだ。口から適当なことをいって、あれ? と天をみあげた。


「ちょっとそこに座れ」


 背は、一年生である石井と椿よりも低い。年齢だってたったひとつ上だというだけだ。それなのに。

 ふたりは口を閉じて、枯れている草のうえに膝をついた。


「きみたちの熱い友情には感謝したい――でも、今後一切日向に対する、おれたちのセックスに関しての助言は必要ない。あれは、おれと日向が相談しながら研究し、親しみを増していく大切なプロセスなんだ。きみたちのように早熟でなくて、傍でみていたらじれったいだろうけど、これがおれと日向のリズムなんだよ。……だから、日向を惑乱させるようなことは今後いわないでもらいたい。いいね?」


 ここまでいわれて、はい以外の返事がいえるだろうか。

 石井も椿も今江をみあげながら、おとなしく諾と答えた。

 今江はぱっと明るい顔をすると、ふたりを立たせ、いまさらに赤い顔をしてへへっと笑った。



 今江と別れたあと、石井と椿はパンをかじりながらなんとなくふたりで寒いなか校庭をぶらついた。

「なにかこう……今江先輩がいうことって、しごくまっとうなことばかりなんだよな」

 椿がようやく考えがまとまったといわんばかりに口を開いた。

「そうだな」


「ほら、煙草を吸うなとかもさ、常識じゃんか。セックスも好きなやつとだけしたいとか、ふたりで静かに向き合って親しみを増しながらしたいーとかもさ、きいてみればいたって平凡なことだよ」


「そうだな」

 考えを全部いわせたくて、石井は簡潔に相槌をいれる。


「それなのにいざ先輩にいわれると、はじめてきいたような気がして、目から鱗が落ちるというか……そうか、それこそほんとうのことだ! っておもっちゃうんだよな。改めて了解するというかさ……なんなんだろうな、これ」


「そうだな」

「そうだなはもういいから、保はどうおもうよ」

 ジャムパンを平らげた石井は、チョコロングのビニール包装をやぶりながら首をひねった。


「おれ? おれがおもうのはさ……雅彦があの先輩を手放すようなときがあれば、殴ってでも止めてやることがあいつにしてやれる最大のことのような気がしてるってことだよ」


 そういって石井がパンを大口でかじると、椿はほうという顔をしてうなずいた。


「保が雅彦を殴って止めるなら、おれは先輩にもういちど土下座して別れないでやってくれって頼むよ」

「いや、そこはおれもしないとだめだろう」

「じゃ、保が雅彦を殴り、おれたちで土下座をして頼もう。それでもだめなときは、おれが先輩を引きうけるよ」


「あー何だ、その最後の結論は何だよ」


 石井が眉をしかめていると、椿は寒い! といって校舎に駆け出していった。




終わり

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