後日談 バックアップ
日向の住む高級高層マンションでは、寒風により窓が震動していた。室内はエアコンによって快適な温度が保たれ、部活を終えた石井が合流してきたときには、部屋の主の日向も、椿もワイシャツ一枚でくつろいでいた。
学校設備のシャワーで汗を流してきた石井は、学校からマンションまで走ってきて体は熱いのだが、頬や耳、末端は寒く、しばらく座ってじっとすべきか服を脱ぐべきかと広い居間でうろうろとしていた。
ホットドリンクで落ちつくと、ソファに落ちついた面々のなかで石井が口火を切った。
「それでその後、今江先輩とはどうなんだ雅彦」
「順調だよ」
まだ暑さの残る秋の快晴の日。学校のなかで交際宣言をしてのけた男はさらりと返事をした。
「だからどう順調なんだよ」
「同性の壁を破ったんだ。キスもすませてるし、愛はたしかめあったか」
石井の追及に、椿も便乗してくる。
「何いってんだよ」
「…………いや、おまえには期待しない」
石井と椿はソファの背にしがみつくようにうしろを向き、額を寄せた。
「保くん、なんなのでしょうあの態度! 許せますか」
「許せるものではありません。われわれのバックアップをないがしろですわ」
「もしかしたら、こっちのほうも必要なのかもしれませんわよ」
「あ、やっぱり? じゃ、改めて四人で……」
頭に柔らかいが速度のついた衝撃。視界の端にぬいぐるみが飛んでいった。
「きこえてるから、ふたりとも」
眼鏡をかけた日向が頬を上気させてふたりを睨んでいる。石井はソファに座りなおすとふてぶてしくいった。
「きこえるようにいってやったんだ。――それで? つまづいているのはどの地点だよ」
「やめろって、先輩とはいっしょにいられればそれでいいんだから」
「ここでマジキスしてたやつのセリフとはおもえん」
頬杖をついて、椿が突っ込む。日向は息をちょっととめた。
「あ、あれは……!」
「よしよし雅彦くん、相手に嫌われない方法を今夜は伝授してやるよ。この椿先生にまかせとけ」
「きゃー頼もしい! 惚れそうっ」
「ちゃかすなってば椿! 保!」
赤い顔した日向はそう怒鳴ると、エアコンの温度を二度さげた。
*
その夜は両耳をふさぐ日向を挟んで、石井と椿があれこれと知識を吹き込んで更けていった。
後日、今江がふたりを呼び出してその場で座らせお説教したという。
終わり