4話 僕は友達になりたい
「つまりお前は、なぜあの女が下校中の生徒を眺めていたのか知りたいってことだな?」
学校に着いて早々、僕は気の置けない友である田辺へ昨日の出来事を話した。
噛み合わない会話と一切言葉のキャッチボールができなかったことには目を瞑り、彼女の不可思議な行動には僕だって疑問が残る。
何を考えていたんだろう、と。
「あんまり人に興味なさそうなのにな」
「我思うゆえに我在りって感じだよね。そこがまた痺れるんだけど」
「お前の特殊な性癖には付き合ってられんが、あのミステリアスな女の胸の内は知りたくもある」
「な、やめてよ!? 知っていくうちに好きになるとかさ!」
「そんなことはありえん。俺はザ・女子っていう可愛らしい子が好みなんだ」
「へぇ、だいぶ気持ち悪いね」
「口の利き方には気をつけろ?」
「へ? あの田辺、親指はそっちの方向には曲がらないだだだだ!?」
本当に僕の友達は乱暴だ。これでグッジョブサインができなくなったらどうしてくれるんだよ。
「でもさ、何か思い返してるように見えたよ。昔の記憶をさ」
「ありえん話じゃないが、よく考えてみろ。あの女がいちいち過去に縛られるように見えるか?」
「それは……ちょっとイメージとは違うかもね。ただ僕の勘は鋭いんだ。昨日の夜、自由時間を全部削ってとある仮説を立ててみたんだよ」
「仮説?」
「そう! それは出会いの春だからこそ思いに耽ってしまうもの!」
「つまりなんだ」
「きっと雪城さんは──友だちが欲しいんだ!」
「…………は?」
田辺は目を瞬かせた。どう見てもそれは違うだろと言いたげな顔だ。
ならしっかりと理由と経緯を説明してやらねば。
「ほら、もう高校生になって一週間経つでしょ? でもあの通り、雪城さんは誰ともつるまず今も黙々と推理小説を読んでいる」
僕は聞こえないように小声で。でも彼女には熱い視線を送る。
「なんでブックカバーつけてんのに分かんだよ」
「それはほら、長年の経験さ」
お願いだから苦虫を噛み潰したような顔をするのはやめてほしい。恋に落ちると若干気持ち悪くなるのは仕方がないだろ。
「ずっと一人でいるのが好きだとか、頭いいから他の凡人とは会話のレベルが合わないからとか。そういう風に思ってたけど」
小学校の頃からそうだ。雪城さんはいつだって一人だった。
「失礼な奴め」
「でも本音はきっと、友達がほしいんだ!」
友達の楽しさはよく知っている。どんなに一人が好きでも、やっぱり誰かと関わりを持つと楽しさが数倍膨れ上がる。恋をすればもっとだ。
「だから僕はね田辺、友達と一緒に帰る生徒を見て羨ましがっていたんじゃないかと」
そしてここで本題。僕は最高の結論を見つけ出している。
いきなり彼氏になるのは難しい。だからこそ。
「僕が! 雪城さんの友達第一号に──」
「あいつ友達いるぞ」
「へ?」
「結構仲いいぞ」
「へ?」
「なんなら俺と部活が一緒だから、会わせてやろうか?」
「へ? おおおおお、男!?」
友達になりたいとか言ってる場合じゃないじゃないか!
「た、田辺ってサッカー部だよね!?」
「まぁ」
「な、なんでサッカー部の子が雪城さんと友達なんだよ! どういう接点なのさ。しかも男って!」
「中学の頃からの知り合いらしいぜ。俺とお前みたいな。てか男じゃ」
「じっとなんてしてられない! 雪城さんを誑かす野獣は僕がこの手で始末してやらねば!」
「っておい! どこ行くんだよ!」
血相を変えて教室を飛び出す僕の背中へ、田辺の焦った声が投げられる。
「爽やかイケメンだったら抹殺対象だ! 筋肉ムキムキ野郎ならネットの怖さを思い知らせてやる! そのために顔は見ておかないと!」
僕は感情の動くままに廊下を走り出す。何組のやつだ。片っ端から聞いてやる。
「あいつ、肝心なことを……」
僕は知らない。この一連の流れを本の隙間からちらっと覗いていた彼女のことを。
またバカやってるのかと呆れている姿を。
「……て、誰も違うかったんだけど」
もうとっくに時間は過ぎて昼休み。僕と田辺は校舎庭のベンチで弁当を広げていた。
そして僕は今、猛烈に怒っている。
サッカー部の部員であろう生徒全員に聞いて回ったはずが、彼女と友達だという輩が現れなかったからだ。
「とんだサイコホラーはやめろ。部員の奴らから『お前の友達だよな? どうしたんあれ』と心配の連絡が鳴り止まねぇんだが」
「元はと言えば嘘を付いた田辺が悪いんじゃないか! 僕をからかうのも大概にしてほしいもんだね」
ぷんすか、僕はタコさんウインナーを頭からかぶりつく。
「お前が最後まで俺の話しを聞かねぇのが悪いんだろ」
「最後までって、じゃあ何を言おうとしたんだよ」
「それはだな……」
「あ、待って! 雪城さんが」
僕の視線の先にはお昼を食べに来たのだろう。雪城さんが空いている席を探していた。
僕は知っているぞ。桜の木の下、良い感じに木陰になるベンチが彼女の定位置だ。
でもなんだろう。今日はちっこいのも一緒だ。
「丁度いい。話しかけるぞ」
「え、いきなり!? まだ心の準備が……って待ってよ!」
僕の制止の声なんて一切聞かず、田辺はそそくさと歩み寄っていく。
「仁衣菜! ちょっといいか」
「あれ、あき君?」
仁衣菜? あき君? なんか聞き慣れない名前と呼び方だけど。
違うクラスだよね? でも女の子だぞ。部活が同じなんじゃ……。
「あ、ども」
頭がはてなだらけの中、僕はその輪に遅れて入る。そこにはもちろん、彼女もいる。
軽口を叩ける余裕もなく、僕は借りた猫のように小さく縮こまった。
「あき君もお昼?」
「ああ。そこのベンチでな」
「ここで食べるご飯っておいしいよね。ぽかぽか温かいから」
なんか親しげだぞ。田辺にこんな可愛らしい女の子の友達がいたのか。
てか、なんで雪城さんと一緒に? 正反対って感じの性格してそうだけど。
「何の用ですか? 話しかけるのならまず要件を述べてほしいのですが」
「こらこら。うちの友達だって前に話したよ?」
ふぅん、という彼女の品定めするような目。完全に田辺に対して、我が子を守る母性を感じさせる表情だ。
その一瞬、僕にも視線が紡がれる。
あ、その、そんなじっと見つめないでほしいな。
「こいつに紹介したくてな」
「あ、君知ってるよ。今朝てけてけみたいに廊下を走ってたでしょ?」
てけてけ? あーあの腕で走る妖怪の。まさか真っ昼間に聞くとは。
「あれは……緊急事態で」
うまく否定できない僕を、この子はすごいひまわりのような笑顔で笑っている。
「実はな、こいつが雪城さんの友達が誰なのか知りたいそうだ」
「ちょちょ! 藪から棒にとんでも発言を!?」
「なんで私の」
彼女から冷たい声。気安く土俵に入ってくるなとでも言いたげだ。
「そ、それはさ……同じ学級委員だしさ、ね?」
「理由になってないけど」
「まあまあ、雪ちゃん。せっかくうちのことを知りたいって言ってくれてるんだしさ」
「あきらが言うのなら、構わないけど」
「話は纏まったか?」
なんで田辺が仕切ってるんだと思いながら、とにかく状況の整理はしておいたほうがいい。
まさか友達って、と嫌な予感がする。
「彼女は仁衣菜あきら。雪城さんの友達だ」
やっぱり! てか女の子じゃん!?
「はじめまして! 雪ちゃんとは中学の頃からの付き合いなんだ」
えへへ、とこれまた可愛らしい朗らかな笑顔。
僕は田辺の肘を掴み背を向けさせて。
ごにょごにょ、僕らにしか聞こえない声。
「お、女の子じゃん。部活が同じなんじゃなかったの!?」
「あの子はマネージャーだ。逆に雪城に男の友達がいると思ったのかよ」
「それは……ありえない話じゃないかもじゃん!」
「ええと……大丈夫?」
「ああもうすっごく大丈夫! 見てこの通り、健康がひとり歩きしてるのが僕の長所ってね」
「はぁ」
雪城さんからは呆れたようなため息。バカやってんなとか思われてるのかな。
「行こ、あきら。二人に構ってる暇はないわ」
「え、でもまだ名前聞いて……」
「聞かないほうが良いと思うの。正真正銘のバカの名前なんて」
「ば、ばか……」
僕の胸に深い銃痕をつけた後、魔女のような天使は大きなひまわりを握って去っていってしまった。
ただ急促しつつも一度だけ、僕の様子を伺うように振り返っていたことを僕は気が付かなつかった。
「お前大丈夫か? バカは否定しねぇが、結構な悪口だったぞ」
「は、初めてだ」
「は?」
「初めて雪城さんに罵倒された!」
あの彼女から罵倒されるなんて、体がゾクゾク震えてくる。僕はM気質なんだろうな。
「赤飯炊かないとね」
「恋って怖いな」
*
「も、もう雪ちゃん。どうしたの? ちょっと痛いよ」
「あ、ごめんなさい」
「もうちょっと話したかったのに。面白い人だったから」
「バカと面白いは紙一重なの。あれはあきらに見せちゃだめなやつ」
「えー? うちはああいう楽しい子、好きだけど」
「あきらには悪影響にしかならないわ。私にも」
「煮え切ならないなぁ。もしかして、何か隠そうとしてる?」
「別に。あきらは口が軽いから」
「えーどういう意味ー?」




