2話 僕はお近づきになりたい
やあ、また会ったね。僕だよ、天野だよ。
いやさ、実際軽口を叩いてる場合じゃないんだよね。とんでもないことになった。
「んじゃ、今日からこのクラスの学級委員は雪城と天野にやってもらうことになったから」
担任の言葉に冷や汗が止まらない。
確かに願ったり叶ったりだけどさ。僕だって一縷の望みぐらいは持ってたけどさ。
まさか妄想が現実になるとは思わないじゃん!?
「他の委員会決めはお前らに任せるから。後はよろしく」
いきなり二人で共同イベント開幕だって!? 面倒くさがり屋の担任め。その無精髭を引きちぎってやろうか。
嬉しさ半分、緊張半分で肩に重圧がずしり乗る。その瞬間、胸に突き刺さるような視線が彼女から飛んできて、僕は一気に目が覚めた。
なるほど、僕が仕切れと。
背筋が伸びる。僕の魂も伸びる。
既に彼女はチョークを手に黒板へ向かっていた。
「では次は美化委員を決めたいと思います。立候補したい方は……」
なんでこうなったんだっけ。
そう、ことの発端は数分前へと遡る。
「学級委員を決めるぞー、男女一人ずつな。立候補か推薦で頼む」
気怠い口調で開口一番、担任はそんなことを口にした。
黒板を軽く叩き、催促するように担任の目がぎょろぎょろと動く。
さてはさっさと決めて、残りの委員会決めを丸投げする気だな?
ざわっと教室の空気が揺れて、騒がしくなる。
「学級委員か。僕は柄じゃないけどみんなが勧めるなら……」
「お前がクラスのリーダーになれば、学級崩壊待ったなしだ。是非とも自重することをおすすめする」
「僕を何だと思ってるんだよ!」
「お調子者の変人」
「あれ、褒めてくれるの? 珍しい」
「これを褒め言葉だと思うなら、大バカ者も追加しておくか」
「そういう田辺はどうなのさ。よかったら僕が推薦してあげるよ? 嫌味たっぷりに」
「嫌がらせはやめろ。俺は部活があるから、極力時間を食わないやつがいいんだよ。学級委員なんぞごめんだ」
「ま、誰も田辺なんて推薦しないから大丈夫だよ」
「もっかい言ってみろ」
「いだい、とっても痛いよ。謝るから顔面を鷲掴みすのはやめてくれないかな」
とんだ剛腕だ。僕の美形な顔立ちが歪んじゃうところだった。
「学級委員て言うならよ、雪城とかどうなんだよ。似合いそうだぜ?」
田辺の何気ない一言だった。しかし不覚にもその声は、ある一定数の生徒の耳へと届いてしまう。
真っ先に名前が上がったにも関わらず、怖気づいて口に出せなかった少女の名前。
田辺のその声は、クラスの“賛同者”たちにしっかり届いてしまった。
口火が切られたように、次々と声があがる。
「たしかに、雪城さんでよくない?」「成績トップだしな」「華もあるし似合いそう」
称賛の嵐はまたたく間に広がっていき、彼女で決まりだとそんなムードが漂っていく。
そんな中でも彼女は動揺の色も見せず、微動だにしなかった。
ただ整った姿勢で黒板の一点を見つめている。静謐で淡い光がかすかに髪を縁取る横顔だけを、こちらに晒すのみ。
いやいや、横顔だけで僕の心臓を持っていくのはやめてくれない? 美しすぎるんだけど。
「雪城はどうだ? みんなこう言ってるが」
担任が最終確認をとる。
その時だった。ゆっくりと開かれた口から僅かに声が届く。
まるでコマドリの囀りのような、耳の奥まで響き渡る美声──
「面倒事を押し付けられるのは慣れています。別に構いませんよ」
──とは正反対の場が凍りつくような嫌味だった。
そんなつもりじゃ、弁明する機会も与えられず、一瞬目を伏せた彼女は前へと歩いていく。
「私の他に適任がいるとも思いませんし」
そのような捨て台詞も添えて、空気は一点直下。氷点下まで冷え込んだ。
「なんだよ、あの言い方。せっかく推薦してやったのに。やっぱりお前の初恋の人って気難しい……」
「くぅー染みるぅううう!」
僕は項垂れていた。それも良い方に。
田辺が若干引いた顔で僕を見つめているが関係ない。
これだよこれ、僕が好きな彼女はこれなんだ。基本無口だけど口を開けばツン100%のど直球発言。白いチョークが脳天に直撃したような衝撃だ。
「お前大丈夫か? ほんとに」
「いやぁ、ちょっと尊死しちゃいそうになっただけだよ」
「あれで? お前は大概変な奴だが想像以上だったわ」
こほん、と担任が咳払いをし仕切り直しだ。
「残るは男子だな。誰かいないか?」
あの雪城さんとペアはちょっと……そんな気持ちが水面下でやり取りされているかのようだ。
誰もがなすりつけ合い目配せをする。
このままじゃ埒が開かないと言うほどに。
「お前、学級委員やらなくていいのか? あの女と一緒になれるチャンスだぜ?」
「や、やれるものならやりたいけどさ……緊張してうまく話せないかも」
「いつもの調子で行けばいいだろ」
「好きな人だぞ!? そんな簡単に行くわけ」
もちろんこれは絶好のチャンスだ。
幸い彼女の先ほどの発言から立候補したい男子はいないだろう。何言われるかわからないしね。
だったらここは勇気を出すべきだ。なーに、小学生の頃は普通に話しかけれてたんだ。今更身構えることなんて……。
そっと彼女を見た。
静寂に佇み、どこか「滑稽」と言いたげなその表情に、鼓動が跳ねる。
「むりむり! 100が200に成長してしまった彼女とペアになるなんて、僕の魂がエベレストを登頂しちゃう……」
「天野とかよくね?」
これもまた、田辺の独り言だった。
「あ、ちょ、おい! まだ僕には心の整理が!?」
「確かに適任だ!」「俺も推薦するぜ」「なんか暇そうだしいいだろ」
そしてこれもまた、なし崩し的に声は広がっていく。
おい誰だ今暇そうって言ったやつ。名乗り出ろ。暇ではあるけども。
「……え、あ、僕でいいの?」
気づけば手を上げていた。
これは不可抗力だ。クラスの空気に押されて勝手に上がっただけであって、僕の意志で本当は立候補したかったんだよ。
でもありがとう、みんな。これで僕は晴れて彼女と一緒に委員をすることができる。
理由は最低でも感謝はしておこう。
「はい決定。学級委員は雪城と天野な」
担任、秒決。さっさと仕事を丸投げしたいようだ。
そこで初めて、彼女がこちらを見た。
僕を観察するような無表情の視線に、僕の愛想笑いが引きつる。
「よ、よろしく……」
あはは、と気恥ずかしさを紛らわせながら一応挨拶。
だが返ってきたのは、完全無欠の“壁”だった。
拒絶でも怒りでもない。ただ、僕という存在そのものを無視するような──完璧な無関心。
僕の耳にこだまする彼女のため息は妙な間があった。
心臓が校歌よりも大音量で鳴り響いて、嫌な思考が頭をいっぱいにする。
──あれ、もしかして僕って嫌わてる?
そんな予感とともに、地獄の学級委員ペアが成立したのであった。




