12話 僕は頼られたい
青春を感じる一幕ってなんだと思う?
部活、恋愛、行事ごと、友達と遊ぶ。うんうん、色々あるよね。
その中でもなんやかんや結局思い出に残るのって、こういう他愛もない日常を大切な人たちと送れることだと思うんだ。
例えば、文化祭準備のために訪れたファミレスとか!
「では今から我が三組の劇、『赤ずきんを被った白雪姫とアマテラスオオカミ』についての作戦会議を行おうと思います!」
メンバーはシナリオ担当になった雪城さん、道具担当の田辺、他クラスの仁衣菜さんだ。
「――て、なんで仁衣菜さんがいるの!?」
君他クラスだよね!? なんでうまいこと溶け込んでるの!?
「天野くんもポテトいる? かりかりでおいしいよ」
「じゃ貰おうかな……てならないから!」
もしかして情報を盗むためのスパイをしにきたのか。だとしたら手強いぞ。
ぽわぽわした雰囲気を纏う仁衣菜さんを排斥するなんて真似、極楽浄土に怒られそうだ。
「騒がしいぞお前。もっと静かにできんのか?」
僕の横、大道具と小道具の総括を行う田辺が、必要な物品をノートに書き出しながら言う。
「僕らクラスの命運がかかってるんだ。優勝を目指してるんだ! 仁衣菜さんはほら、他クラじゃん。言ったら敵……でしょ?」
「うち、ここにいちゃダメかな?」
仁衣菜さんの似合わない苦笑い。うう、すごく胸が痛くなる。
「私が呼んだの。だからいいでしょ?」
「もちろんです!」
なんだ雪城さんが呼んだのか。だったらモーマンタイ。熱い握手でも交わそうよ。
「心置きなくいてくれていいからね」
「ほんと? よかった。天野くんと友達だと思ってたの、うちだけだと思った」
「え? 友達?」
「うん。大切なことを共有した仲だもん」
「大切なこと……ああ!? そ、そうだよね」
雪城さんの連絡先を聞こうとした時、口走って彼女のことが「好きだ」ってこと、言っちゃったんだった。
そんな小悪魔フェイスもできるのね。末恐ろしい。
「にしても今日のお前はなんか変だぞ。妙に気合入ってるというか」
「ま、まぁね。高校生活初めての文化祭だからさ」
それも、雪城さんと一緒の。だから余計に力が入ってしまう。
無意識に彼女のことを見てしまう。シナリオ担当になり、毎日夜遅くまで考えてくれているようだ。
今日はそれぞれの担当の進捗状況の確認と、アイディアと意見の交換のために集まった。
場所がファミレスになったのは、たまには学校以外の違った所でやるのもいいよね、という話になったからだ。
「早速始めよう。まずは衣装担当の僕からだ」
「お前が総括とか、不安でしかねぇな」
「ええそうね」
「天野くんならきっと大丈夫だよ! 多分!」
僕の評価ってそんな悪いの? 覆せるように頑張ろう。
「クラスの美術部にイメージ図を描いてもらったんだ」
ファイルから広げるのはそれぞれの衣装。特に主役の赤ずきん白雪姫と、アマテラスオオカミは他よりも豪華に設計してもらった。
「めちゃくちゃいいな。想像してた通りだ」
「費用も予算範囲内ね。家庭科部の方からはなんて言われてるの?」
「文化祭の三日前ぐらいには完成するって。担任からも許可は取れたし」
え、なに急に。イルカショーで技が成功した時みたいな目を向けて。
「お前、意外と仕事できるんだな」
「猿も木から落ちるの逆って、あるのね」
「それどういう意味? 僕ってそんなできない子のイメージなの」
心外だな。僕だってやるときはやる男なんだから。
「次は俺だな。背景に関してだが、基本は木材と画用紙で作るつもりだ。小道具は百均である程度揃うと思う。人数が多い分、分担すれば一番早く仕上がるんじゃねぇかな」
田辺の説明は軍隊のブリーフィングみたいだ。
「木の役とか太陽の役もいるし、当日はコスプレさせれば良い感じになりそうだよね」
「それもド◯キでいいのを見つけたぜ。ただ少し予算をオーバーしちまう。帳尻を他の担当にしてもらわなくちゃならん」
「その点は大丈夫です田辺くん。彼が頑張ってくれるはずですから」
「え、僕?」
「すまねぇな。頼んだわ」
「ま、まぁ頑張るけどそこは」
予算のことは僕が任されてるけど。もしかして今、雪城さんが僕を頼ってくれた?
ちょっと目が合う。ぬるくなったコーヒーに息をかけると、またすぐに逸らされる。
雪城さんて猫舌なのかな。
「最後は私。物語の全容は書き終えたわ。だから一度読んでみてほしいの」
人数分に纏められた冊子を手渡される。仁衣菜さんの分もある。
ネタバレになっちゃいそうだけど、彼女なら二度目も同じ反応をしてくれそうだ。
「うちも読んでいいの?」
「ええ。折角ここにいるんだから」
かくして、しばらく物語に読み耽る。
ベースは赤ずきんちゃんと白雪姫を融合させたような感じ。もちろんお婆ちゃんも小人も狼も魔女も出てくる。てか敵キャラがタッグ組んでるじゃん。異色すぎない?
僕は笑って感情移入して、最後は感動で涙を流しそうだった。
だってそうだろ? まさか白雪姫が覚醒してアマテラスオオカミを召喚するとは思わないじゃん。バトル展開あるんだ。魔女と狼かわいそう。王子様も彼女のことを崇めちゃってるよ。
「なんか……すごいね。全部が良い感じにうまく纏められていて、笑いありバトルあり涙ありって感じだ」
「文化祭ってことで、なんでもありだなこりゃ。腹よじれるかと思ったわ」
「うう……うう、雪ちゃんこれ、良い話だね……うう」
仁衣菜さんは感情が大爆発を起こしてる。雪城さんからティッシュをもらって、豪快に鼻水を噛んでいた。
「忖度無しで言ってほしいの。おもしろい?」
「うん! とってもおもしろいよ。さすがは雪城さん!」
「田辺くんはどうですか?」
「やりすぎなくらいおもろいぜ。雪城、脚本家の才能あるんじゃねぇか?」
「そう。だったらいいんですけど」
彼女も少し不安だったのだろう。胸を撫で下ろすとの同時に安心からくるため息。
心ななしか目の下にはクマが見えた。
「ありがとう雪城さん。最高の台本を作ってくれて」
僕はグーサイン。一度田辺に親指を折られかけたけど、健在で良かった。
「これで終わりじゃないんだから。でも、そう言ってくれると嬉しいわ」
目元が笑っている。言葉のままの感情が直に伝わってくる。
最近思うのは、前よりも彼女が無表情じゃないなってこと。僕にもそんな嬉しそうな顔を見せるようになっていた。
なんだか胸が熱い。ドキドキする。やばい、一旦熱くなった頬を隠そう。
「一度休憩しようぜ。現状報告も済んだことだし」
「じゃあ僕飲み物入れてくるよ」
田辺はコーラ。仁衣菜さんはオレンジジュース。
「雪城さんは何がいい?」
「私も行くわ」
ガダッ、席を立ち僕の側まで来る。
「え、いいの?」
「あなたの手は二つしかないでしょ」
「知ってる? おぼんがなくてもいっぱい持てる方法があるって」
「失敗するからやめて」
本音は僕の心配とかじゃなく、きっと一度席を立って体を動かしたかったのだろう。
その証拠に雪城さんは軽く伸びをしていた。猫みたいだ。
通路に出ると、ファミレス特有の騒がしさが少し遠のいた。
ガヤガヤした店内なのに、昔のように僕の一歩前を歩く彼女の足音だけが耳に残る。
「雪城さんはさ、文化祭楽しみ?」
「なに、急に」
「いやさ、僕の勝手な思い込みだったらあれだけど、昔からこういう行事ごとはすごく楽しそうにしてたから。今もそうだったらいいなと思って」
「イメージと違うって言いたいの?」
「そういうわけじゃないけど」
「いいの、昔から勘違いされやすいし」
いつもの反射みたな返しなのに、どこか語尾が弱い。店内の薄い照明のせいか、横顔が心なしか寂しそうに見えた。
「あなたはわかりやすいわよね。いつも顔に書いてある」
ドリンクバーに着くと、彼女はコップを僕に差し出しながら言う。
「そう? でもやっぱり楽しいことはみんなと共有したいじゃん。だから無意識に顔に出ちゃうのかな、なんて」
「おめでたい人ね。今日は少しうるさいぐらいだわ」
「ごめんね!? テンション高すぎたかな」
「気にしてないわ。あなたはそれが取り柄でしょ?」
彼女は氷を入れるとオレンジジュースのボタンを押す。まず仁衣菜さんのジュースを入れるあたり、友達思いだよな。
「雪城さんの脚本、本当にすごかったよ。みんな安心してたし、僕も……なんか嬉しかった」
僕は素直に思いを口にする。
オレンジ色の液面が満ちていく間、彼女の手が止まった。
「……そう。なら、よかった」
「不安だったの?」
「少しね。文化祭が誰かの思い出に残ると思ったら、適当に作るわけにはいかないもの」
言いながら、次のレモンティーのボタンを押す手が僅かに震えていた。これは気のせいじゃない。
「でもあなたたちが笑ってくれたから、報われたようだった」
雪城さんだって不安になる。
そりゃそうだ同じ人間なんだから。
教室ではどこか神格化されて、高値の花で、勉強も運動も秀でて優れてる。そんな肩書以前に、彼女だって誰かのことを考えている。
ツンだけじゃない。もしかしたらいつも、雪城さんは僕たちのことを見てくれているのかな。
「勘違いしないでよ。別に褒められたくて頑張ってるわけじゃないから。ただ――」
ボタンから手を離し、僕の方を見上げる。
目が合うのは一瞬。それでも胸が高鳴った。
「あなたの……天野くんのことは少しだけ頼りにしてる。特別に、てことじゃないけど」
「え、今なんて」
言葉の意味を考えようとして頭が真っ白になる。だから聞き返してしまった。
「さあ。私も忘れちゃったわ」
コップを持ちながら、彼女はそっぽを向く。
足の動きがいつもより忙しなかった。
「ほら、あなたも早く自分のを入れなさい」
「え、あ、うん。田辺はコーラだっけ」
頭に先程の言葉が流れてる。とても、非常に、やけに、エコーがかかって。
聞き間違い? でも確かに。ええーい! とにかくこの説明し難い気持ちを誰かにぶつけたくてたまらない!
「コーラとサイダーとオレンジを混ぜて、隠し味にはコーヒーを入れてやる! 震えて眠れ田辺!」
「嫌いなの? あの人のこと」
「無性に悪戯したい気分でさ。あとでタバスコも混ぜようと思うんだ」
「帰れなくなったら面倒だから、程々にね」
くるりと僕を置いて歩き出す彼女の背中は、いつもより軽く見えた。
腰まで伸びる髪がふわりと揺れるたびに、さっきの言葉が何度も頭の中で反響する。
紛らわしたって意味がないくらいに。
――天野くんのことは少しだけ頼りにしてる。
ほんの少し。でもその少しが誰かの心を動かすには十分すぎるほど大きい。
真っ黒になった田辺のコーラを持ったまま、気づけば放心状態だった。
「頼られることが、こんなにも嬉しいなんて」
彼女が「なにしてるの」と僕を気にかけてくれるまで、心臓がうるさく鳴り止まなかった。




