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11話 僕は知りたい


「えー6月の文化祭だが」

 

最初の印象は、面倒くさがりのだらしない大人だと思っていた。

 

いつもながら作業で生徒に親身に向き合っている感じは薄いし、タバコとコーヒーの匂いはきついし、距離感としては遠く感じる担任だった。

 

それがなぜ途端に人代わりするのだろう。


「一組はマッスルメイドカフェ、二組はギャルが作る甘々クレープ屋。四組は戦慄迷宮並お化け屋敷、五組はなんだコレ珍百景写真展……このどれもに勝てる案は何かないか!」

 

ばんっ! と勢いよく黒板を叩き珍しくも対抗心剥き出しだ。

 

何があなたを変えたんだと質問したくなるレベルで別人格。あんなに熱い教師だったっけ。


「他の担任とビールワンケースを賭けて勝負してるんだ。一組の担任の野郎に散々煽られたからな。俺のためにも、最高の出し物を決めて優勝をかっさらうぞ!」

 

だよね。通常運転で安心したよ。

 

でも見たことのない担任の熱気に教室は大盛り上がりだ。「絶対優勝取るぞ!」「俺達がやらなきゃ誰がやる!?」「恋人作るぞぉおおお!」

 

誰か欲望が混じってるよ!? そりゃ最高のイベントではあるけども。


「てかすごいラインナップだね。どれも一癖二癖あるというか」


「高校始まって初の文化祭だからな。浮き足立ってんだろ」


「王道は全部奪われてるね。田辺は何か良い案あるの?」


「ないことはねぇが、他の組の二番煎じにしかならなそうだ。残ってるのは……」


「劇、くらいだよね」


「そうだな。それに一癖加えりゃ対抗できるとは思う」

 

僕と田辺だけでなく、クラスのみんなも同じ案のようだ。メラメラと燃え上がる視線でアイコンタクトを取る。


「学級委員前に出てこい! このクラスだけの唯一無二の劇を作るために、みんなの意見を収束させるんだ!」


「は、はい!」

 

僕は少し置いてけぼりだけど、せっかくの文化祭だ。楽しまなきゃ損だろう。

 

対角線上の遠い席、同じように呼ばれた雪城さんも席を立つ。

 

イメージ的にどこか面倒くさい空気に嫌気が差してそうだと思えば、全然そんな事ない。


幼い頃から彼女を見てきた僕だからこそ分かる微細な変化。

 

目元は柔らかく口角も薄っすら上がっている。犬の尻尾のように、長い後ろ髪が揺れていた。


「雪城さんも乗り気だね」


「行事ごとは真剣にやるのが当然でしょ」

 

目は合わせてくれないにせよ、胸が踊る高揚感。ひしひしと伝わってくる。

 

思えば彼女は意外にも図工展や音楽会とか、楽しみにしてるタイプだったな。反応が薄すぎて気づかれてなかったけど。


「とりあえずどんな劇がしたいか案を出してくれないかな」

 

僕の声に呼応して、続々と手が上がっていく。

 

三匹の子豚、うさぎとかめ、美女と野獣、ロミオとジュリエット、長靴を履いた猫など。誰もが親しみのある有名な童話や物語が黒板へと並べられていく。

 

ただ、言ってしまえばありきたり。これでは他のクラスに対抗できない。


「何かオリジナル要素を入れた方がよさそうだな……」

 

僕は頭を悩ませる。田辺もみんなも、同じポージング。

 

クラス全員がこぞって左に首を傾げる光景はちょっとおもしろい。

 

その中で、ぽつり。鶴の一声が。


「アマテラスオオカミ」


「え?」

 

一瞬、誰が言ったのかわからなかった。だってそうだ。その奇抜な発想は紛れもなく、雪城さんの声だったから。


「アマテラスオオカミ!? って……どういうこと?」

 

みんなも同じ心境。「響きはいいな」「神様だっけ? 名前だけ知ってる」「なんで急に?」とあちこちから疑問の声。


「例えば、三匹の子豚。これの語尾に『アマテラスオオカミ』をつけるだけで、独自性がでます」

 

冷静に平坦な声で意味のわからないことを言う雪城さん。

 

だけど、言われたとおりに文字を繋げて転がすと。


「三匹の子豚とアマテラスオオカミ……なにそれ!? 面白うそうだよ!」

 

ぶわっ! と驚愕の声が巻き上がる。


「うさぎとかめとアマテラスオオカミも良くね?」「いやいや美女と野獣とアマテラスオオカミだろ」「長靴を履いたアマテラスオオカミなんて傑作だろ。長靴履いてんだぜ」

 

盛り上がる教室。想像するだけで面白い。


アマテラスオオカミ、汎用性高すぎるでしょ。きっと当の本人もこんな風に使われるとは思ってもみないだろうな。


「すごいね雪城さん。まさかそんな突飛なアイディアが浮かぶなんて」


「ちょっと、思い入れがあるから」


「思い入れ?」

 

視線が僅かに動く。昔を懐古しているような、切ない瞳。


「あなたには関係ない」


「えー気になるじゃん。そんな言い方されたら」

 

思い入れってなんだろう。それ以上詮索するなって目線が狼になってるから聞かないでおこう。


「でも良かった。私の意見がみんなに受け入れてもらえて」

 

緊張がほどけたような、安心した表情だ。

 

もしかして雪城さんて、実はみんなと普通に話したいのかな。ただ素直になれないとか、壁をあえて作ってるとか。

 

本音を考えると、彼女はもっと明るい性格なのかもしれない。

 

笑顔と笑い声が溢れる教室で、夜にも咲いた睡蓮。これから一日中、そんな雪城さんが見たいと思った。

 

かくして、僕ら三組はなんやかんや色々ごっちゃになって『赤ずきんを被った白雪姫とアマテラスオオカミ』という劇をすることになった。

 

意味わかんない題名だけど、楽しそうだ。

 

それも今回は雪城さんも一緒。楽しくないわけがないよね。


「そうか、雪城さんとはこれが始めての文化祭なのか」

 

小学生時代は接点がなかった。帰り道が一緒なだけで、特に学校生活では目を追うだけの存在。行事ごとだってもちろん友達と努力したり笑い合ったりするのは面白かったけど。

 

彼女はいつだって、僕の手の届かないところにいた。

 

触れてはいけないと思った。

だってあの時の彼女は今よりももっと、全身が氷で覆われているかのように、近づき難かったから。

 

いつからだっけな。ほんのり雰囲気が変わったのは。

 

あれも確か学年が上がってすぐの行事前で。

長袖がそろそろ暑くなってきた頃だった。


「雪城さん! 明日はついに図工展だね。何作ったの? 僕は牛乳パックと卵パックとサランラップでロボットを作ったんだ!」

 

小学校からの帰り道、相変わらず返答のない彼女へと僕は自分のことをひけらかし続けていた。

 

質問の答えはもちろん返ってこない。頷いてもくれない。目も合わせてくれない。

 

でもいつか僕のことを見てくれるんじゃないかって、期待してた。


「本ばっかり読んでないでさ、教えてよ」

 

ほんとはどんな物を作っていたか知っている。なんかこう、雛人形みたいで、神々しくて、美しい女の人の姿を模っていた。

 

難しいのを作るな、と思いながらそれも彼女の良さで見ていて飽きなかった。


「ねぇ、聞いてるの? 僕も教えたんだからさ」

 

少し食い気味に。右から左へ聞き流されているのを承知で、僕は彼女の顔を覗き込もうとする。

 

その時だった。彼女が読んでいる本の挿絵が見えたのは。


「んん? てんしょうだいおかみ……ええ? 漢字が多すぎて読めないよ」

 

小学生の僕では読み方がわからない。知ってるはずの漢字なのにな。


「あっ!? てかそれじゃん作ってたの!」

 

言った瞬間彼女は勢いよく本を閉じる。まるで見るなと言いたげに。


「ご、ごめんて。でもすごい似てるね! 作ってたのとほぼ一緒だったよ」

 

ぴくっ。微かに彼女の眉が上がる。目がいつもより大きく開かれる。


「……見たの?」


「え!? あー実はほんのりと、さきっちょだけだけど……」

 

思わずびっくりした。初めて二人きりで声を聞いたような気がする。


「でもやっぱり雪城さんはすごいよ! あんな人形が作れちゃうなんて。きっと優勝間違いなしだね!」


「……ただの、自己満足だから。優勝なんて取れっこない」

 

探るようで、どこか寂しい言い方。何かを思い詰めていそうに彼女は俯く。

 

生き生きと本当に楽しそうに作っていたから、僕にはなぜそんな風に言うのかわからなかった。

 

だから、無意識に言ったんだと思う。


「別にいいじゃん。僕からしたら、優勝だよ」

 

親指を立ててにかっと笑う。無邪気で子供っぽい、あどけない少年の顔。


「……雪城さん?」


しばらく彼女は我を忘れたように僕を見つめていた。

 

しかし、すぐに顔を背けてさっきよりも早く歩き去って行く。

 

競歩の選手と同じくらい、それはもう早く。


「待ってよ雪城さん!」

 

その時の彼女の顔が、誰にも見せられないぐらい赤くなっていることを、僕は知る由もない。


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