1話 プロローグ
人生を賭けて、手に入れたいものがある。
齢15年。
たったそれっぽっちしか生きていなくても、それでも『全てを投げ出していい』と思える存在。
天使は舞い降りた──また、僕の前に。
新入生代表として壇上に立ち、凛とした声で挨拶を読み上げるのは。
雪城透花。
忘れもしない、僕が初めて恋をした人。
まさか、同じ高校に入学するなんて。
*
僕が通うのは山の西側にぽつんと建つごく普通の高校。
虫の大量発生と交通の悪さが玉に瑕だけど、学力的にぴったりだったのでなんとなくここに決めた。
そんな場所で──崖の上で飄々と風に揺れる一輪の花と、再び出会えるとは。
こんにちは、僕の名前は天野健15歳。今年から晴れて高校生になりました。
好きな食べ物はカレーライス、嫌いな食べ物は二日目のカレーライス。血液型はA型の牡牛座で……。
て、僕の自己紹介なんてとうでもいい。
見てくれ! 彼女を。あの存在感を!
僕がじっと視線を送る先には、静かに次の授業の予習を行う雪城透花の姿があった。
周囲の雑音を自然と遠ざけるような雰囲気を纏い、整った横顔は気品そのもの。
どこか距離を置いているようで、手を伸ばせば消えてしまいそうな冷たい美しさだ。
常に背景が真っ白い薔薇に包まれたように見えるのは、僕の都合のいい脳内フィルターなのかな?
「そこ、声が大きいのですが」
感情が溢れない淡々とした声が教室に落ちる。
前の席の男子へ向けられた注意は、まるで冷風のようにピシッと空気を引き締めた。
そうこれこれ! 誰にも物怖じしないツンとした態度。これこそ彼女のらしさ!
「やっぱり変わってないなぁ、雪城さんは」
僕と彼女は小学校が同じだった。まともに喋ったことないし、ほぼシカトされてたけどね。
「お前、相変わらず気持ち悪い顔してるな」
「入学早々、品のない悪口を叩くのはやめたほうが良いよ? 田辺」
「あ? ならそのニタニタ顔をやめろ」
こいつは田辺彰人。中学からの友達だ。野性味たっぷりの短髪日焼け顔に筋肉質な肉体は男らしいの一言に尽きる。
そういやサッカー部に入ったんだっけ?
「僕だってね、したくて顔が綻んでるわけじゃないんだよ」
「なんだ? そんなにあの女と一緒のクラスになれたのが嬉しいのか」
「当然だよ! だって僕の初恋の人だよ!?」
「初恋ね……たしかに美人だが」
「なんだよ、その含みのある言い草は」
「だってよ、なんかこう近づきがたいというか、常にツンツンしてるというか。難しい性格してるよな、あいつ」
「……」
「せめて否定はしろ?」
僕は知っている。変わらないと言ったのは外面だけじゃない。
決して穏やかではない口調、興味のないことへの淡白さ、棘を刺すような視線。
クラスのみんなが驚くような態度は、彼女の“普通”だ。
だけど、目線は刺すように細いのに声だけは妙に落ち着いている。あの堂々とした姿勢は、芯があるからこそできるというもの。
その憧れが恋へと変わるのは潔い動機だと思うんだ。
「僕はね、田辺。あのツンケンしている雪城さんに惚れたんだよ」
「好みは人それぞれってか? お前って尻に敷かれたいタイプなのかよ」
「いやさ、そういうわけじゃないけどね」
「だったら何がお前を突き動かす」
「……多分だけどね、雪城さんはみんなが思ってるような人じゃないよ」
記憶の断片、でも確かに覚えていることがある。それは僕が恋に落ちたきっかけ。
あの冷たい表情の裏側にはごく稀に、ちょっとだけ『人間味』が覗く瞬間があるんだ。
昔、一度だけ見た。
僕の言葉で、彼女が咄嗟に顔を背けた。頬が少しだけ──ほんの少しだけ赤くなっていた。
その一瞬がずっと忘れられない。
「だからさ」
人生を賭けて、手に入れたいものがある。
それは彼女の砕けた笑顔だとか、ただの優しさだとか、そんな単純なものじゃない。
もっと、もっと特別なものだ。
「見てみたいんだよね」
僕の真剣な声に、田辺が眉を上げる。
「彼女のデレてる姿をさ」
ツン100%の彼女の中に、たった1%でも芽生える“好き”の感情。
それをこの手で引っ張り出してやりたい──僕の高校生活は、そんな無謀な願望から始まった。




