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光が消えた部屋で

作者: ドク
掲載日:2025/11/22


 かつて、俺の家には常に明かりがついていた。

 撮影用のライト。

 笑い声。

 ファンからの通知音。


SATOSHIチャンネル登録者は七十万人を越え、月収は多い時で三百、四百……。

 企業案件が入ればもっと跳ねた。

 俺はその頃、世界の上に立っていると本気で思っていた。


 食堂でアルバイトをする同級生を見下し、

 建設現場に行く友人には「大変だなぁ」と鼻で笑い、

 警備員になった旧友には、わざわざ肩を叩いて

「もっと夢ある仕事あっただろ。お前……終わってるぞ」

 そんな最悪な台詞まで吐いた。


 その言葉だけは、今でも胸の奥に刺さったままだ。


 泥棒が入ったのは、そんな慢心の絶頂から少し経った頃だった。

 玄関の鍵がこじ開けられ、部屋は荒れていた。

 警察が来て、被害届を出すときに職業欄で手が止まった。


「YouTuberって書いていいんですか?」


 若い警察官はすぐに眉を寄せて答えた。


「いや……職業としては認められないので。無職でお願いします」


 その瞬間、胃の底に冷たい石を押し込まれたような感覚が走った。

 “無職”。

 あれほど稼いでいたのに。

 あれほど調子に乗っていたのに。


 だが、これはまだ地獄の入口にすぎなかった。


 数字が落ち始めた。

 いきなり、何の前触れもなく。

 アナリティクスのグラフが真っ白な画面の中で急降下する。

 広告収入は激減し、企業案件は一切来なくなった。


 焦って動画を乱発した。

 尖った企画、攻めたサムネ──何をやってもダメだった。

 自分の声だけが、薄暗い部屋に虚しく反響した。


 モニターに映る自分の顔は疲れ切り、老け込み、

 そこに“スター”の影なんて欠片もなかった。

 映っていたのは、ただの中年男。

 光の消えた中年男だった。


 藁にもすがる思いで、昔世話になった企業担当に連絡してみた。

 返事は短文だった。


「現在インフルエンサーの起用予定はありません」


 冷たかった。

 昔のYouTuber仲間は、俺の再生数が落ちた瞬間、

 全員、連絡を返さなくなった。


 ツテだと思っていたものは、

 実際はただ“数字の寄生虫”だった。


 生活はどんどん苦しくなった。

 意を決して就職活動を始めたが、

 数年間の空白は想像以上に重かった。


「この期間、何をされていました?」


「……YouTubeを」


「あぁ……そういうのは職歴にならないんですよ」


 面接官の目は、完全に俺を切り捨てていた。

 どの企業でも同じ反応。

 履歴書を返されるたび、

 過去の傲慢も、プライドも、全部ひっくり返された。


 夜、布団に横になると、静まり返った部屋が逆にうるさかった。

 昔は鳴り続けていた通知音が、今は二度と鳴らない。

 金も、仕事も、人間関係も、全部ゆっくりと消えていく。


 ある日、ポストに一通のメモが入っていた。


 雑な字。でも、見覚えのある字だった。


『よかったら、一緒に働かないか?

 警備、人手足りないんだ。いつでも来いよ』


 差出人は──かつて俺が馬鹿にした旧友だった。


 メモを見た瞬間、視界が滲んだ。

 息が止まるほどに胸が熱くなり、

 その場にしゃがみ込んで泣いた。


 こんな俺にまだ、声をかけてくれる人間が

 この世界に残っていたなんて。


 そこからの数年は、言葉では言い表せないほど濃かった。

 体も心も弱っていた俺に、旧友は根気強く仕事を教えてくれた。

 季節が巡るころには、俺は初めて

“働く”という実感を手に入れた。


 そして今日。


 無線を握る手は、もう昔みたいに震えない。

 胸には警備員のワッペン。

 俺という人間を、数字ではなく名で呼んでくれる職場。


 深く息を吸い、無線に声を乗せる。


「警備員、悟史は──これより巡回に出発します」


 その声は、もう二度と光を失わないと誓うように、

 静かで力強かった。



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