光が消えた部屋で
かつて、俺の家には常に明かりがついていた。
撮影用のライト。
笑い声。
ファンからの通知音。
SATOSHIチャンネル登録者は七十万人を越え、月収は多い時で三百、四百……。
企業案件が入ればもっと跳ねた。
俺はその頃、世界の上に立っていると本気で思っていた。
食堂でアルバイトをする同級生を見下し、
建設現場に行く友人には「大変だなぁ」と鼻で笑い、
警備員になった旧友には、わざわざ肩を叩いて
「もっと夢ある仕事あっただろ。お前……終わってるぞ」
そんな最悪な台詞まで吐いた。
その言葉だけは、今でも胸の奥に刺さったままだ。
泥棒が入ったのは、そんな慢心の絶頂から少し経った頃だった。
玄関の鍵がこじ開けられ、部屋は荒れていた。
警察が来て、被害届を出すときに職業欄で手が止まった。
「YouTuberって書いていいんですか?」
若い警察官はすぐに眉を寄せて答えた。
「いや……職業としては認められないので。無職でお願いします」
その瞬間、胃の底に冷たい石を押し込まれたような感覚が走った。
“無職”。
あれほど稼いでいたのに。
あれほど調子に乗っていたのに。
だが、これはまだ地獄の入口にすぎなかった。
数字が落ち始めた。
いきなり、何の前触れもなく。
アナリティクスのグラフが真っ白な画面の中で急降下する。
広告収入は激減し、企業案件は一切来なくなった。
焦って動画を乱発した。
尖った企画、攻めたサムネ──何をやってもダメだった。
自分の声だけが、薄暗い部屋に虚しく反響した。
モニターに映る自分の顔は疲れ切り、老け込み、
そこに“スター”の影なんて欠片もなかった。
映っていたのは、ただの中年男。
光の消えた中年男だった。
藁にもすがる思いで、昔世話になった企業担当に連絡してみた。
返事は短文だった。
「現在インフルエンサーの起用予定はありません」
冷たかった。
昔のYouTuber仲間は、俺の再生数が落ちた瞬間、
全員、連絡を返さなくなった。
ツテだと思っていたものは、
実際はただ“数字の寄生虫”だった。
生活はどんどん苦しくなった。
意を決して就職活動を始めたが、
数年間の空白は想像以上に重かった。
「この期間、何をされていました?」
「……YouTubeを」
「あぁ……そういうのは職歴にならないんですよ」
面接官の目は、完全に俺を切り捨てていた。
どの企業でも同じ反応。
履歴書を返されるたび、
過去の傲慢も、プライドも、全部ひっくり返された。
夜、布団に横になると、静まり返った部屋が逆にうるさかった。
昔は鳴り続けていた通知音が、今は二度と鳴らない。
金も、仕事も、人間関係も、全部ゆっくりと消えていく。
ある日、ポストに一通のメモが入っていた。
雑な字。でも、見覚えのある字だった。
『よかったら、一緒に働かないか?
警備、人手足りないんだ。いつでも来いよ』
差出人は──かつて俺が馬鹿にした旧友だった。
メモを見た瞬間、視界が滲んだ。
息が止まるほどに胸が熱くなり、
その場にしゃがみ込んで泣いた。
こんな俺にまだ、声をかけてくれる人間が
この世界に残っていたなんて。
そこからの数年は、言葉では言い表せないほど濃かった。
体も心も弱っていた俺に、旧友は根気強く仕事を教えてくれた。
季節が巡るころには、俺は初めて
“働く”という実感を手に入れた。
そして今日。
無線を握る手は、もう昔みたいに震えない。
胸には警備員のワッペン。
俺という人間を、数字ではなく名で呼んでくれる職場。
深く息を吸い、無線に声を乗せる。
「警備員、悟史は──これより巡回に出発します」
その声は、もう二度と光を失わないと誓うように、
静かで力強かった。




