こっそり手助けと、公開処刑の序曲
とりあえず、いつもの流れとして憎き論敵――もとい、新たなる極上の観測対象であるこの栗色おさげ眼鏡っ娘のステータスを拝見させていただくとしようか。
――『鑑定』
もう他人のステータスを覗くのも慣れたものだ。どれどれ……
【名 前】レティシア・フォン・エルヴハイム
【種 族】ハーフエルフ
【職 業】ビショップ(王都魔導研究所・主任研究員)
【レベル】18
【ランク】A (※戦闘ランクではなく、研究員としての総合評価)
【魔法使用回数】
レベル1: 5/9
レベル2: 7/8
レベル3: 6/6
レベル4: 3/3
レベル5: 2/2
レベル6: 1/1
【特殊能力】
《並列思考》:複数の術式を同時に構築・維持できる、天才の証。
《魔力解析》:魔法現象を観測し、その構造を数式として理解する。
ふぅん、名前はレティシアね。
んっ!? こいつ、ハーフエルフだと……そういえば、注意してみたら耳の先が少し尖っているな。
なるほど、道理で。
人間にしては整いすぎた顔立ちと、見た目の年齢にそぐわない落ち着き。そして、その瞳の奥に宿る、どこか焦燥にも似た、強い探求心。
この世界ではどうか知らんが、異種族間に生まれた「ハーフ」という存在は、どちらの社会にも完全には溶け込めず、疎外感を抱きやすいと聞く。
彼女が、血の滲むような努力で「天才」という鎧を身に纏い、誰にも文句を言わせない「真理」という結果を渇望する理由が、少しだけ、分かった気がした。
(……まあ、それはどうあれ、俺に牙をむいた事実は変わらん。むしろ、その高いプライドごとへし折ってこそ、最高のPPが手に入るというものだ)
だが、ハーフエルフか……と、いうことは見た目で言うと十六歳くらいに見えるが、実は結構年齢が行ってる?
掲示板のレスも小娘とは思えない理論的な返しが多かったからな……
空中に浮かぶステータス画面の、辞書のような情報量を見ながら俺は考えた。
おそらく、いまざっと見ただけの分じゃなく、細かく見ていくと年齢も分かるだろう……が! あえて年齢は見ない。見た目が若いんだったら、それでいいじゃぁないか。
不要な情報は知らない方がいい。
その方が、「もしかして、実年齢も十六歳……?」という希望を持てるのは良いことだ。
俺は、非情な決意を新たに、彼女の研究室をこっそりと『監視』し続けた。
もちろん、頭の中に考えたことがそのまま声のように俺に伝わってくるという【マインドハック】を使ってレティシアの心の声も拝聴しているw
いまや新米聖騎士のセシリアの件の際に、状況把握手段として役に立ったスキルだ。
そして、すぐに、彼女がやろうとしていることの、その壮大さと、根本的な欠陥に気づいた。
(……なるほどな。面白いことを考える)
彼女の理論は、こうだ。
この世界の魔法は、高レベルになるほど、使用回数が極端に少なくなる。
ダンジョン攻略において、高位の神官が使う範囲回復魔法は切り札となるが、その使用回数はごく僅か。使い切れば、パーティはなすすべもなく崩壊する。
――ならば、並の術者でも使用回数の多いレベル1の【治癒】を複数同時に発動させ、それらを完璧な術式で『共鳴・増幅』させることで、高レベルの範囲回復魔法に匹敵する現象を生み出せるのではないか?
――いわば、俺のPPブーストの、人間による、涙ぐましいほどの努力の末にたどり着いた、超絶劣化版だった。
理論自体は、悪くない。
だが、彼女の研究には、二つの致命的な欠陥があった。
一つは「配置」。
同じ魔法を共鳴させるためには寸分の狂いもない、完璧な幾何学模様の魔法陣を同時に展開する必要がある。少しでもずれれば共鳴は起こらず、ただの弱い光の【治癒】が四つ発動するだけ。
そして、もう一つは「エネルギー」。
仮に、完璧な配置に成功したとしても、魔法同士を「増幅」させるためには、術者自身の魔力とは別に、それらを繋ぎ合わせるための「触媒エネルギー」が必要となる。
レティシアは、そのエネルギーの存在にまだ気づいていない。
(……発想はいいんだが、肝心なピースが二つも足りていない。これじゃ永久に成功するわけがないな。……俺が少しだけ「手伝って」やるか)
俺が見守る間も、レティシアは研究室で、ウンウンと唸りながら試行錯誤していた。
彼女は、床に描かれた複雑な魔法陣と、手元の計算式が書かれた羊皮紙を、何度も見比べている。
「……違う。この係数でもない……。 あの愚かな『虹の賢者』に付き合って貴重な時間を無駄にした。だいたいなんなんだ『外部エネルギー』などと……。 ……ん、……待てよ。『外部』……? なぜ私は、術者の外側にあるエネルギーばかり考えていた? 発想を転換しろ……。魔法と魔法の『外側』……つまり、魔法陣と魔法陣の間にある『空間』そのものにエネルギーを見出す……?」
彼女の目に、狂信的な光が宿る。
「そうだ……! そうに違いない! 魔法陣の傾きをほんの0.1度ずらすことで、線と線の間に生まれる『空間の歪み』! それこそが未知の外部エネルギーを呼び込む触媒になる! これだ、この角度だ! いける……これなら理論上は共鳴・増幅できるはず!」
(……よし。最高のタイミングだ)
俺は、彼女が狂喜しながら、レベル1【治癒】魔法の四つ同時起動術式を発動させる、その瞬間を狙った。
彼女が展開した、天才の閃きに満ちた複数の魔法陣。
俺は、その魔法陣の「ズレ」を俺の力で強引に補正し、完璧な幾何学模様へと修正する。
そして、増幅に必要不可欠な「触媒エネルギー」としてほんの少しだけ、俺の保有魔力をこっそりと術式の中に注入した。
次の瞬間。
今まで沈黙していた術式が、眩いほどの光を放った。
研究室の中に、キラキラと輝く温かい光の雨が降り注ぐ。
窓際に置かれていた枯れかけの鉢植えの葉がその光を浴びた途端、みるみるうちに生気を取り戻して青々とした新芽を芽吹かせ始めた。
それは、彼女の理論通り、複数の低レベル魔法が完璧に増幅されたことで生まれた、小さな、しかしありえない「奇跡」だった。
「…………できた」
レティシアは、目の前で再生する植物を、信じられないという顔で見つめている。
「できたわ……! やった……! 私の理論は、間違っていなかったんだ……!」
彼女は子供のように狂喜乱舞し、涙を流してその成功を喜んだ。
――俺の手のひらで転がされているとも知らずに。
その夜。『魔導士の円卓』は、レティシアの書き込みによって再び盛り上がっていた。
121. <<真理の探求者>>
見たまえ、君たち! 私の理論は、ついに実証された!
低レベル魔法の合成による、高位現象の再現! これこそが、世界の真理への第一歩だ!
掲示板の住人たちは、「本当か!?」「証拠を見せろ!」と半信半疑だ。
そこに俺が「虹の賢者」として、絶妙なタイミングで燃料を投下する。
135. <<虹の賢者>>
ほう、それは大した自信だな、探求者君。
探求(笑)疲れで、キミの願望を含んだ白昼夢でも見たのではないのかね?
本当に実証されたというのなら、その「奇跡」とやらを、我々の目の前で証明してもらいたいものだ。このような場所では、なんとでも言えるのだからな。
俺の挑発に、頭に血が上ったであろうレティシアは、自信満々に宣言した。
140. <<真理の探求者>>
望むところだ! 真理を望む者たちよ!
三日後、中央広場に集え! 私が君たちの目の前で、世界の真理を証明して見せよう!
虹の賢者、君も必ず来るがいい! 私が正しいことをその目で見てひれ伏すがいいわ!
その、あまりにも無防備で、自信に満ち溢れた宣戦布告。
精霊界で、俺はその書き込みを眺めながら、腹を抱えて笑っていた。
そして、横には不安そうに明滅しながら俺に寄り添うポルン。
「アークさん……意地が悪いですよ……」
「まぁまぁ、そういうなポルン。三日後のこのインテリ女のプライドが大観衆の前でズタズタになる、最高のショーを楽しみにしてろよ!」




