これが、猫の娘の『真の宝』
――森の奥深く。
ミャーレたちのBランクパーティ『疾風の爪痕』は、絶望的な状況に追い込まれていた。
「グオオオオオオッ!」
目の前で咆哮するのは、一体のグリフォン。
しかし、その体躯は通常の個体より一回り大きく、全身の羽毛は禍々しい紫に染まっている。明らかに、異常な変異個体だった。
(……さて、と。どう戦うかな、猫の子よ)
俺は【顧客管理(お気に入り)】スキルを使って、ミャーレのすぐそばに意識を飛ばし特等席でその戦いを見守っていた。もちろん、俺の姿は誰にも見えていない。
この世界の魔法はレベルごとに定められた、一日あたりの使用回数制限がある。
もちろん強力な魔法ほど、その回数は少ない。
ミャーレの切り札は、契約精霊シルフの力を借りて、自身の身体能力を飛躍的に向上させるレベル3の自己強化魔法だ。その使用回数は、一日二回。
このたった二発の弾丸を彼女がいつ、どう使うのか。実に興味深い。
「行くぞ、お前ら! シルフ、力を貸せ!」
おっと、いきなり一発目を切る気か。なかなか威勢がいいじゃないか。
戦闘開始と同時に、ミャーレは切り札であるレベル3魔法の一回目を詠唱した。
彼女の呼びかけに応え、風の精霊シルフの力が彼女の肉体に宿り、その身に神速を纏わせる。風を纏ったミャーレの動きは、もはや目で追うことすら困難だ。
(よし、これなら勝てる!)
仲間との連携で、確実にグリフォンにダメージを与えていく。
しかし、グリフォンが深手を負い、最後の抵抗を見せたその時だった。
その巨体から甲高い耳を劈くような咆哮を上げた。
それはただの威嚇ではなかった。空間そのものを震わせる、魔力そのものを霧散させる呪われた音波。
「――なっ!?」
ミャーレの体を覆っていた風の衣が、一瞬にして掻き消える。シルフとの接続が強制的に断ち切られたのだ。
あまりの反動に、ミャーレは体勢を崩し、無防備な背中を晒してしまう。
グリフォンの鋭い爪が容赦なく彼女の仲間たちを薙ぎ払った。
「ぐあああっ!」
「きゃあああっ!」
敵を追い詰め、少し気が緩んでいたのか、盗賊とヒーラーが、次々と血飛沫を上げて倒れていく。
たった一撃。たった一度の咆哮で、戦況は完全に覆された。
(……初見殺しの、特殊能力か……!)
ミャーレは、傷ついた体で、必死にグリフォンの動きを観察した。
仲間は倒れ、もう自分一人しかいない。だが、彼女は諦めなかった。
何度も、何度も、死線を潜り抜けながらグリフォンの動きの「癖」を見抜こうとする。
(……分かった。あの大咆哮……! 使う直前に喉元が一瞬だけ紫に光る……!)
攻略法は見えた。
あの咆哮さえ凌げば、まだ勝機はある。
そして、自分にはまだ最後の切り札が残されている。
レベル3魔法の、残り一回が。
ミャーレは、グリフォンの喉元が紫に光るのをただひたすらに待った。
そして、その瞬間は訪れる。
グリフォンが大きく息を吸い込み、喉元が禍々しく輝いたその刹那!
「――今だ! 頼む、シルフ! もう一度、私に力を!!」
ミャーレは、残された全ての望みを託して、再び「シルフ召喚」を詠唱した。
呪文は、完璧に届いているはずだった。
――しかし。
信頼していた相棒は、沈黙したままだった。
「な、ぜだ…!? なぜ発動しない!? ……シルフ!」
最後の希望が、最も信頼していたはずの相棒によって裏切られる。
ミャーレの心は完全に折れ、一瞬の放心状態となった。
そして、グリフォンの爪が無防備な彼女にとどめを刺そうと振り下ろされた。
頭上に迫るかぎ爪を、目をつむることなく凝視し、死を覚悟したその瞬間――
【ユニークスキル『思考加速』を発動。対象との精神交渉領域を構築します】
――世界から、音が消えた。
自分の心臓の鼓動すら聞こえない、絶対的な無音の世界。
グリフォンの振り下ろされる爪が、まるで濃密なガラスの中を進むかのように、ミャーレの脳天へと絶望的なほどゆっくりと迫ってくる。
爪の先端が空気を圧縮することで生まれる光の屈折が、陽炎のようにゆらめいているのが、ミャーレにははっきりと見えた。
空気そのものが粘性を持ち、時間の流れに抵抗しているかのようだ。
一瞬後には訪れるはずの死が、引き伸ばされた悪夢のように、ゆっくりと、ゆっくりと迫ってくる。
そして、その極限の静寂の中、あの忌々しい愉悦に満ちた声がミャーレの頭の中に響き渡った。
『――困っているようだな、猫の子よ。どうやら、お前の頼りの精霊は急に体調が悪くなったらしい』
「……てめえか!」
ミャーレは、全ての元凶がこの「変態精霊」であることに気づき、怒りに奥歯をギリリと鳴らした。
『さあ、選べ。選択肢は三つだ。一つ、ここで俺と契約し仲間を救う。二つ、無様に食われる。三つ、あの二人を見捨ててお前だけ逃げる。……まあ、俺なら迷わず逃げるがな。自分が生き残るのが、一番合理的だろう?』
仲間を見捨てろ、と。
この変態精霊の言葉は、ミャーレの最も大切にしている信念を土足で踏みにじるものだった。
「……ふざけ、るんじゃねえ……!」
彼女は、ギリギリと歯を食いしばる。
仲間を見捨てるなど、死んでもできない。
意識はあるのだ、この重い身体を動かしてこの爪さえ避ければ勝機はある!!
――ミャーレは必死に身体を動かそうと力を込めるが、自分のモノではないようにビクともしなかった。
「……分かった。やれば、いいんだろ……! やってやるよ! 猫が伸びをするポーズからの、しっぽフリフリだろ!」
ミャーレはグリフォンの爪を睨みつけたまま涙目で、そして人生最大の屈辱に震えながら変体精霊の要求を実行しようと、その場に四つん這いになろうとした。
「さあ、望み通りやってやるから、私の身体を動くようにしろよ! どうせお前の能力で時間を止めてるんだろ!?」
『何を言っている? 状況は変わったのだよ、猫の娘。 あの時、素直に我の要求を飲んでいれば、それで済んだものを』
「……は?」
『一度我を拒絶した不敬の罪は重い。もはや、スパッツ程度では、我が昂ぶった魂は鎮まらん。
『――お前のそのスパッツを、後ろ手にずらしおろし、その下に隠した『真の宝』を我に捧げるのだ!』
「な……にを……」
ミャーレは、あまりの要求のエスカレートに、絶句した。
だが、グリフォンの爪は、もう自分のすぐそこまで迫っている。
彼女に残された時間は、もう、なかった。
「……う……ああ……ああああああああっ!」
ミャーレは、絶叫にも似た叫びを上げると、顔を真っ赤にしながら四つん這いの体勢になる。そして、猫が伸びをするようにぐいいっつ、と体を伸ばした後、しっぽを振りながら――震える手で、スパッツの腰紐に手をかけた。
そして、俺が固唾を飲んで見守る中、ずり下げられたスパッツの下から現れたのは――
尻!?
……いや! 線がある! 黒い、あまりにも布面積の少ない、マイクロビキニタイプの、ティ……Tバックだとぉぉぉぉぉっ!? これがッ! 尻に喰いこんでいたためにッ、一瞬ノーパンかと見紛ったというのかぁぁッ……!? しかも、この鍛え抜かれた尻との、究極のコントラスト……! この娘は……この娘は、「分かっている」……ッ!!
【対象:猫人族・武闘家ミャーレ】
【観測内容:野生のTバック&絶望のスパッツずり下ろしポーズ】
【評価:S+ランク】
【生成PP:28,000 over!】
【結果:空のスロットにレベル3自己強化魔法『神速』を強制発動&超絶ブースト!】
臨界点を遥かに超えるPPの奔流が、俺の存在そのものを揺るがす。
その規格外のエネルギーは、即座にミャーレの肉体へと注ぎ込まれ、彼女の「空っぽになったレベル3魔法のスロット」に、神速の奇跡を強制的に上書きした。
次の瞬間。
ミャーレの体が、ソニックブームを発生させながら、視界から消えた。
彼女は、音速を超えるほどの神速を得て、グリフォンの懐に潜り込むと、ただの拳打――しかし、PPによって「理」そのものが捻じ曲げられた一撃を、その胴体に叩き込んだ。
ゴッ!という、空気が砕けるような音。
次の瞬間、巨大なグリフォンの体は、一瞬にして内部から崩壊し、光の塵となって霧散した。
後に残されたのは、静寂の森と、呆然と立ち尽くす仲間たち。
あまりの神速に耐えられず、スパッツは霧散し、マイクロビキニのTバックだけの姿となったまま、自分の拳を見つめ、何が起きたのか理解できずにいる、一人の猫人族の少女だけだった。
精霊界で。
俺は、魂が昇天するほどの衝撃と興奮に、打ち震えていた。
(勝った…! これぞ、需要と供給を支配する、完全なる市場原理だ…!)




