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葬儀屋たちの午後

六月も終わりに近づいていた。

長く続いた雨が上がり、嘘のように晴れ渡った空は、突き抜けるような青を取り戻していた。梅雨の晴れ間。湿り気を帯びた空気はどこまでも澄み渡り、あらゆるものの光と影の輪郭を、ひときわ鮮やかに際立たせている。

美術準備室の大きな西向きの窓からは、午後の強い日差しが床に長い四角形を描いていた。机の上には、これまでの活動の成果物――俺が撮った商店街のモノクロ写真、彩良が作りかけているバス停の小さなジオラマ、栞先輩が書き留めた言葉の断片――が、雑多に、しかしどこか誇らしげに置かれている。

ガラリ、と無造作に引き戸が開いた。

現れたのは、顧問である九条千尋だった。いつもの着古したジャージ姿で、気だるそうに部屋の中を見回す。

「おー、やってるか。……なんか今日、静かだな」

その日、部室にいたのは俺と、響と、栞先輩の三人だけだった。詩織と彩良は、家の用事があると先に帰っている。いつもの太陽のような声がないせいか、室内には西日の光と、響が編集する音の波形を眺めるPCのファンが回る音だけが、静かに満ちていた。

九条先生は面倒くさそうに部屋をぐるりと見渡し、机の上に広げられた俺たちの「作品」に目を留めた。俺が構図を吟味して並べていた、商店街の写真の一枚を、つまむように持ち上げる。

「へぇ。相変わらず、体温ってもんが一切ない写真撮るね、あんたは。綺麗すぎる割に、何も記憶に残らなさそうだ」

チクリ、と胸の奥が痛んだ。最も自信を持っていた部分を、的確に、しかし何の興味もなさそうに言い当てられる。俺が、少しムッとしたのを気にも留めず、九条先生は次に彩良のジオラマを覗き込んだ。

「(小さなため息)こっちはこっちで、思い出に砂糖かけて煮詰めたみたいに甘ったるいねぇ。どいつもこいつも、極端なんだよ」

彼女は、音の波形を編集する響のPCと、言葉を紡ぐ栞先輩のノートに一瞥をくれる。

「見えない音だの、頭の中の言葉だのまで必死に残そうとしてるし……。ほんと、ご苦労なこった。消えてなくなるものを、後ろから必死で追いかけ回してさ。」

そこで一度言葉を切り、彼女は俺たち三人の顔をゆっくりと見回して、言い放った。

「あんたらは、消えゆく風景専門の、葬儀屋みたいなもんだ」

その言葉は、詩的でも、感傷的でもないのに、俺たちの活動の本質を、恐ろしいほど正確に射抜いていた。

九条先生はポケットから一枚の古びた地図を取り出し、机の上に放り投げた。広げられたそれは、光陵市の古い地形図だった。

「で、そんなおセンチな葬儀屋の皆さんに、うってつけの『現場』を教えてやろうと思ってね。丘の上の市民プール跡地。……夏の記憶が、静かに死んでいくのを待ってる、最高の墓場だ。……私にとっても、ちょっと思い入れのある墓場だけどね」

彼女はそう言って、一瞬だけ、遠い目をした。


むせるような夏草の匂いが、ぎらぎらと照りつける太陽に熱せられて立ち上っている。

目の前に広がるのは、時間が止まった廃墟だった。水が抜かれ、白い底に幾筋ものひび割れが走った50mプール。その裂け目からは、生命力の強い雑草が、青々と生い茂っている。高さ10mはあろうかという飛び込み台は、かつての純白を失い、雨垂れの跡が茶色い涙のようにこびりついていた。

俺は、肩にかけたカメラバッグの重さを確かめるように、少しだけ持ち上げた。中には、いつものデジタル一眼レフとは別に、もう一台、ずしりと重い鉄の塊が入っている。

(今日の活動に、俺は二台のカメラを持ってきた。いつものデジタルと……亡くなった祖父のフィルムカメラだ)

詩織が『美しい』と言った、あの制御不能の光。九条が『体温がない』とこき下ろした、完璧なはずの写真。

答えを見つけるために、この場所に来た。

(これは一つの実験だ。俺の正しさを証明するための。)

そう、自分に言い聞かせた。本当は、違うと分かっていた。俺は、あの温室で詩織が美しいと言った光の正体を、感情豊かだった祖父が見ていた世界を、ただ知りたいだけなのだと。そんな非合理な渇望を認めるのが怖くて、「検証」という言葉に逃げ込んでいるだけだと。

俺はまず、いつものデジタル一眼レフを構えた。錆びた監視台、ひび割れたプールサイドのタイル、規則正しく並んだ排水溝。それらを、水平垂直を正確に出し、隅々までピントを合わせ、無機質な「記録」として完璧な写真に収めていく。

プレビュー画面を確認する。水平も露出も、寸分の狂いもない。完璧な記録だ。……なのに。脳裏に、九条の投げやりな声が蘇る。『体温ってもんが一切ない』。その言葉が、非の打ち所のないはずの画像に、目に見えないケチをつけているようで、苛立ちが募った。

その感情を振り払うように、俺は周囲を見渡す。

響はプールサイドの中央に三脚を立て、先端に風防をつけた高性能マイクを設置すると、ヘッドホンをして目を閉じ、この廃墟が発する「音」に耳を澄ませ始めた。栞先輩は、飛び込み台の影になった場所に腰を下ろし、静かに手帳にペンを走らせている。

三者三様。二人の行動が全く理解できず、そして自分の信じてきた「正しさ」が揺らいでいることへの焦りから、この場所に一人だけ取り残されたような疎外感を覚えていた。

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