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霞む記憶、重なる景色

 錆びて動かない観覧車が、夕陽を浴びて巨大なシルエットになっていた。

その麓で、俺と詩織は、並んで地面に座り込んでいた。俺のカメラの小さな液晶画面を、二人で覗き込んでいる。


詩織の言葉と、この場所の光と影を手掛かりに、何枚も、何枚もシャッターを切った。木馬の色、質感、そして、彼女が立っていた場所。

その中の一枚。俺が撮った、木馬のたてがみの一部が欠けているのがはっきりと分かる写真を見た瞬間、詩織が「あっ」と、小さな声を上げた。


「すごい……! そうそう、この木馬、こんな風に欠けてた! 忘れてたよ」

彼女は、液晶画面を指さしながら、子供のようにはしゃいだ。

「ありがとう、凪くん。なんだか、パズルのピースが一つ見つかったみたい」


詩織は、本当に嬉しそうに、屈託なく笑った。その笑顔には、俺が先ほどまで感じていたような、どこか儚げな影は微塵もなかった。

俺の撮った写真が、詩織を屈託なく笑わせた。

その、あまりに直接的で、温かい事実が、静まり返っていたはずの心の水面を揺らす。それは、俺が写真の中にだけ築いてきた完璧な無風地帯に、人の体温を運ぶ微風が吹き込んだ瞬間だった。


……いや、違う。これは、そういう話ではない。

屈託なく笑う詩織を見て、俺はファインダーから目を離せずにいた。俺の撮ったただのデータが、彼女の失われた記憶のピースになった。その事実が、胸の中心に小さな熱を灯す。俺はその熱から逃れるように、わざとぶっきらぼうに呟いた。

「……興味深いな。調査のサンプルとして、だが」



 奇妙な手応えと居心地の悪さを抱えたまま、俺はモニターの前に座っていた。写真という「記録」の絶対性は、この数ヶ月で少しずつ揺らぎ始めていた。それは、客観的な事実を写し取るだけの、無機質なものではないのかもしれない。だが、それに取って代わる確かなものなど、まだ何一つ見つけられていなかった。

遊園地で撮った、たくさんの写真の中から一枚を選び出した。


木馬の写真を見て、嬉しそうに屈託なく笑う、詩織の横顔。

その写真を、モニターに大きく表示させる。

俺の撮る、ただの0と1の羅列。劣化しないだけの、無機質な記録。


それが、詩織の霞んでいく過去を繋ぎ止める、一本の糸になった。

彼女の記憶のあり方は、やはり普通ではない。危うくて、アンバランスで、俺の理解の範疇を超えている。

だが、俺の写真は、その危ういバランスを保つための、一つの「部品」にはなれるのかもしれない。


これ以上深入りすべきではない。だが、この興味深い現象を、もう少しだけ観測してみたいという欲求を抑えきれなかった。

モニターに映る詩織の笑顔の写真を、新しく作ったフォルダに保存した。


ファイル名は、こうだ。

『Clue_01』

希望なんて大袈裟なものじゃない。ただの、最初の「手掛かり」。

自分の世界に現れた、最も厄介で、最も心を惹きつけてやまない、一つの問い(ファイル)を、デスクトップの隅に置かれた『Bug_01』の隣に、そっとドラッグした。

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