わたくし、欲しがりな妹ですもの
お読み頂き有難うございます。
異世界憑依した姉と欲しがり妹のお話です。ジャンルに大変悩みますね…。
「ねえお姉さま、それ頂戴。私もそれが良い」
わたくしはずうっとバカのように、この文句を繰り返していたわね? ええ、こんな事を言う羽目になるだなんて、わたくし5年前に思いもしなかった。
あんまりな言葉だと思わなかったの?
悲劇の主人公を気取って、疑問を持たなかったお前の方が、問題だわ。
わたくしの顔を見なさいよ。
お前が悪評を立てて悪女に仕立てた、この顔を。
わたくしだって公爵家の正当な娘なのに、親は異質な事ばかり宣うお前ばかりを可愛がったのは何故なのかしら。
日々の暮らしにも流行りを外した奇妙で、はしたなくも王族御用達のドレスメーカーに誂えさせた高価なドレスで、日々の食事は部屋に運ばせて異国の食材をふんだんに使わせるのも当たり前。
そのくだらない欲求を満たす財産は何処から来たと?
そのシワ寄せが何処に行ったと思って?
ああ、わたくしに来ていると思わなかったのね?
やっと顔を見たわね。
今更、わたくしのみすぼらしいドレスを見て気付いた?
ああ、そう。その目玉は飾りなのね。 本当に知らなかった? 態と見なかっただけでしょう?
わたくしに苛められていると、お涙頂戴を方々で演じるのがお忙しかったものね。
そんなつもりはない?
デビュタントにすら流行どころか時代遅れのお母様のドレスしか与えられなかったわ。
食事には5年前から困窮した領民と変わらぬものを食べて育ったし、だから以前殿下が揶揄っておられたとおり、薄い体に育ったわ? だから何なのよ。
ええ、顔色も肌艶も悪いでしょうね。へえ、妹は少食で偏食がと言われた?
わたくしと食事を共にしたこともないのに、そんなデマだけ聞こえるのね。偏ったお耳と節穴の目しか持ち合わせない方ですこと。
親曰く、出ていくお前と違って、わたくしはこの領を治めるのだから、些細な我慢は当たり前なんですって。
お前は古代だか未来だかの知恵を王家に見出だされたから、そんなにふくよかになられているのね? つい先月作らせた指輪も入らない程に、豊かに膨れさせた手ですこと。あれ程綺麗だったのに。
違う?
古代ではなく前世の知恵?
前世ねえ。
お前自身のお力で、やりとげた事業って何かしら?
先日のお話を聞いたわ。畏れ多くも王宮の魔導師様がたに講釈を偉そうに述べて、恥ずかしい程少額の小銭をばら蒔いただけですわよね?
皆様、余りの事に失笑してらしたわ。お前の余りの礼儀の無さに具合がお悪くなられた方もいらしたとか。
そんなつもりはない?
ズカズカとお仕事先に先触れもなく乗り込む事の何が失礼ではないの? 5時間ものさばっていたらしいわね。
そんなに無理強いをお勧めになるのなら、さぞかし便利なのでしょうね。
どうやって作って、どうやって維持するか。そんな事すらお考えでないとか。
そもそも、維持できない技術など何の役に立つの?
空から撒く水やりの技術? 甘く実る肥料? ひとりでに収穫出来る馬車?
だから、作れもしない見つかってもいない素材の名前をベラベラ喋っただけで、何が出来て役に立ったの?
何処で見つけた何を元に組成するのよ。輸送や長期的な維持は何をどうするの。領内で見つけたなら早く言いなさいよ。今なら何方かが興味を示すかも知れないわね。
無いの? 思いつき? はあ、また黙るの?
その素材の精製のやり方も、玩具の組み立て方も操り方も、お前は何時でも全く分からないばかり。考えるフリだけで、直ぐに力尽きてしまったわよね。
ああ、キカイの一部とやらを何処やらか盗めるお前のコソドロ魔法とやらで出しただけ。
何処のものだか知らないけれど、お前はその玩具の対価をどうやって払ったの?
……何故震えるの? よく知らないけど出てくるから私のもの?
……お父様とお母様は、この5年間お前にどのような教育を為さったの? コソドロや夜盗の教育なら間違っていないようね。
……未だ煩いわね。何よ。
もう返せないから仕方ない?
……お前の夜盗の気性は、生来の物のようね。盗まれた者が苦しむとは全く考えない。
は? その玩具を元に研究すればいい? やる気のない言葉を聞くからに他力ね。だから誰がやるのよ? だから、誰にさせるつもりなの?
お前、研究者の方々を舐めているの?
何故、研究で身を立ててきた誇り高き彼らが、お前の使えるかも分からない玩具を再現しなければならないの?
彼らはお前らの使い捨ての玩具ではないのよ。
大体、そのキカイとやらのせいで我が領民……農業従事者に失業者が大量に出ることにはどう対処するの?
商人や職人にも失業者は出るでしょうね? 彼らのその後の生計を何も考えていないでしょう。
は? 他の職種に着かせる?
彼らはその道の玄人なのよ? どうやって他の職種を与えるの? その学ぶ過程の生活は誰が援助するの?
学ぶ事は素晴らしい? それ以外の道を探れる? 夢を見られる?
だから、お前の戯言の世界では、全ての職種をキカイが担うのでしょう?
どうやって、人間が他の職種に付くの?
答えられないけど人権? それは何かしら、人としての権利?
驚いたわ。
妹であるわたくしに公爵令嬢として生活する権利を奪っておきながら、領民を困窮においやっておきながら。
見知らぬ者の為に権利を守れとほざくその口が、信じられない。
では、教えてくださらない?
どうして妹である私が日々の生活に困窮する程、我が公爵家の財産をカラにしたのか。
お姉さまの個人資産が我が領の年間資産と同額なのか。
私に与えられた筈の全てをお姉さまが奪って未だ堂々とされているのか。
古くから仕えてくれる使用人を追い出し、使用人としての技能を持たない者達と入れ換えたのはどういう理由なのか。
そもそもお前は誰なのか。
わたくしの方が偽物?
妹はバカで可愛かったから、少しお灸を据えてやろうと……?
お灸って、治療の為ですわよね?
公爵家の為に走り回り、祖父母や親戚を駆け回り、おまえや両親の粗相を尻拭いしてきたわたくしの何に治療の必要が?
バカで可愛いって、お前の世界の侮辱なのかしら。
少なくとも無意味に負債を作るだけのお前より、公爵家の教育はこなしてきたわよ。
もういいわ。
もう、疲れた。
何時目を覚ますかなんて、もう考えない。もう、何時起きようがどうにもならない。手遅れね。
表が少し騒がしい?
少しどころじゃないわよ。4年前からずっとそうよ。
困窮した領民が押しかけてきているのにも気づかないのね。
ほら、その玩具で彼らの仕事を更に奪い、自由な権利とやらを叶えてやりなさいよ。お前に収穫寸前の田畑を踏み荒らされた彼らが気に入るといいわね。
お前の借財の取り立て人も来ているわ。王家や高位貴族に散々強請ったんでしょう。
火刑って声が聞こえる?
金銭をホイホイ貸してしまった彼らの胸の内は、それはそれは熱い怒りに燃えているでしょうね。
何時ものように情熱的な彼らへと、ヘラヘラして身を任せればいいじゃない。得意じゃなかったのに、今は得意じゃないの。
さようなら、おねえさま。
お前の残したものや誂えたものなど、何の価値もない。
思い出も何もかも、両親も。わたくし自身もね。
ええ、望んだ通り全て取り上げてやるわ。悪女の悪行を言いふらした甲斐が有ったでしょう? 悪女らしく何も残さないわ。
願いが叶って良かったわね。
だって、わたくしはお前の嫌がる欲しがり妹なのでしょう。
遺されたのは、キラキラした失敗の跡。