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心の拠り所編

https://44163.mitemin.net/i851494/挿絵(By みてみん)

文香が優也先輩に振られてから五日が経過していた。


流石に人と話せるようにはなってきたのだが、何をするにも無気力状態が続いていた。


耀君が一回家に来てくれたが、まともに相手をすることは到底できなかった。


でもいつまでもこのままではいけなかった。






放課後、授業はとっくに終わっていたが、直ぐに家には帰れない文香なのであった。先ず終礼のチャイムに気付かない。生徒たちが帰り出して初めて授業が終わったことに気付くのだが、直ぐに席を立つ気分にはなれなかった。がらんとした教室で、ふと気づくと五十嵐君と目が合った。




五十嵐君は、私と同じ堀川高校を受験して、二人とも合格し同じクラスになっていた。五十嵐君はクラスでは明るくて話しも上手いため、すぐクラスの人気者になっていた。そんな五十嵐君が、ほぼ視界の正面に立ってきた。






「今日は、いい天気だね」


「・・・」




しかし、その日、私は返事が出来なかった。


いつもあんなに助けてもらった五十嵐君を完全に無視してしまうのだった。


五十嵐君は、何事もなかったかのように何食わぬ顔で、どこかへ行ってしまうのだった。






しかし、次の日の放課後も、また五十嵐君と目が合った。




「・・・」


昨日とは違い五十嵐君は、今日はなにも言わなかった。ただ今回は、完全に私の前で立ち止まって私の顔をずっと眺めている様に見えるのだった。




「私の顔に何か付いてるの?」




「うん。可愛い垂れ目が付いている」




「へんなこと言わないでよ」


「そうかな。俺はこっちの髪型のほうが好きだな。その垂れ目も本当の文香らしいし。昔を思い出すな」




優也先輩に振られたあの日から、文香はポニーテールを止めていたのだった。




「昔の私って・・・」




この五十嵐君の発言により、文香の顔の温度が一度上がった。そして文香の表情が一週間ぶりに動き出したのだった。








また、次の日。


五十嵐君と、また目が合うのだった。今度は正面にはいなかったが、ふと五十嵐君からの視線を感じたのだった。


自分が気づくと、必ず五十嵐君は私を見てくれているのだった。もしかして、一週間前から五十嵐君はずっと私を見続けてくれていたかも知れないと思ってしまった。そして頃合いを見計らって私の正面に立って私の視界に現れてくれたという訳だった。




そういえば、何日か前に私は赤信号に気付かず横断歩道を渡ろうとして、誰かに肩を掴まれて助けられたことがあったのだった。その時の助けてくれた人の顔をよく覚えていないが、あれは五十嵐君だったのではないだろうかと思ってしまった。




また、この一週間、私は学校への行き帰りのことを全く思い出せなかった。もしかしたらあの横断歩道の時のように何回も危ない目にあっていたかも知れなかった。いや間違いなく危ない目にあっていたはずだった。


でも私は、事故にもあわず、無事に学校へ来れている。






恐らく、私の状態が異常であることに気付いた五十嵐君が、危なっかしい私の学校への往復をずっとそばについて、いざというときは、あの横断歩道の時のようにずっと助けてくれていたかもしれないと文香は思うようになっていた。




「・・・」


「なによ」


「いや、この後一緒に地元のクレープ屋にでもどうかなって」


「いきなり何なのよ」




「そおかな。有名な店みたいだよ」


「そういうこと言ってるんじゃないんだけど」




つっこんだつもりだったが、意外にも五十嵐君が微笑み返してきた。




「やっと普通に話せるようになってきたね」


「だって五十嵐君がしつこいから」


「そおかな。三年前はそんなこと言われなかったのにな」


「三年前・・・」




そうだった。これはデジャブだ。確か私は昔も同じような体験をしたことがある。昔、独りぼっちだった私に唯一話かけてくれた人。それが五十嵐君だった。




中学一年の時、私は生徒会選挙でボロ負けしたのだ。三年前のあの時の私は明らかに異常と思える状態だった。そんな状態の私に声を掛けてくれる人はいなかった。本当は慰めてほしいその時に本当に一人だけ、五十嵐君だけが私に優しく、とても優しく声を掛けてくれたのだった。




そして今回もまた同じだった。いや細かく言えば同じではなかったが、全く同じ優しさが文香を包んでいるのだった。


状態異常の私を見て、本当に声を掛けてほしいと願っているときに優しく声を掛けてくれる人。






五十嵐君の三年分の優しさが、文香の心にやっと届いた瞬間だった。






思い返せば私が生徒会で頑張ってこれたのは、全て五十嵐君が横にいてくれていたからだ。


私の隣にはいつも五十嵐君がいた。生徒会にいる時はそれが当たり前のようになっていた。




文化委員長の私の無理難題を副会長の五十嵐君は、全て解決してくれたのだ。




彼は無敵だ。




彼が隣にいるだけで、私は何でもできた。私の、私たちの生徒会で一緒に過ごした一年は、とても輝いていて私の宝物のような思い出なのだった。






でも、本当はたったの一年ではなかった。五十嵐君は中学一年のポニーテールをしていない頃からの私をずっと見守っていてくれていたのだった。そしてそれは。高校生になって、生徒会でなくなっても尚、彼は私の隣にいようとしてくれている。






今まで全く気付かなかった。そして、私が気づくまで、五十嵐君はこんな鈍感な私をずっと待ってくれていたのだった。しかし、そんな五十嵐君の距離感が本当に丁度良かった。私が私のままでいられる距離感。




五十嵐君がそこにいるだけで、何とも言えない安心感が文香を包んでいるのだった。






「ちょっと私の肩を掴んでくれるかな」




もう一度確認したくて後ろを向いて待っていると、五十嵐君が、私の両肩をそっと掴んできた。肩といっているにも関わらず、腕の少し上を優しく掴む柔らかい手。もう間違いようはなかった。




今まで私を助けてくれたとっても優しい手。




「もういい。分かったから。・・・今度は五十嵐君が反対向いてよ」




五十嵐君が首をかしげながらも後ろを向いた。


大きな背中だった。去年の今頃は顔の半分ほどしか背が違わなかったはずなのに、今では見上げないといけないほどに五十嵐君は大きくなっていた。


身長だけではない。たった一年の間に五十嵐君は私にとってこんなに大きな存在になっていることに気付いたのだった。


文香は、五十嵐君の両腕に自分の両手を添え、その大きい背中に顔をうずめるのであった。




「ありがとう・・・」




「俺の背中は、いつでも文香の為に空けておくから」




その五十嵐君のセリフが更に文香に染みる。目をつぶっているはずなのに、目蓋まぶたの隙間から涙が溢れてきた。その涙が五十嵐君の背中に沁み込んでいく。




まだ、優也先輩に振られた傷は、完全にえていない文香であったが、五十嵐君の想いには気づくことができた文香なのだった。




文香がどれだけ泣いても、その悲しみの全ては五十嵐君の大きな背中に吸収されてしまうのだった。





イラストは、優也先輩に振られた文香が五十嵐君の優しさに気づいて涙するところです。

AIアプリを使用。

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