馬鹿げた伝説編
疎水沿いの桜が満開になっていた。
文香は、優也先輩のいる堀川高校へとうとう入学したのだ。
高校生になった文香は、もう完全な一人としての女性へと変貌を遂げていた。
あのボサッとした髪の毛の面影は一切なく、見違えるほどしなやかでサラサラヘアーになっていた。
今では優也先輩と出会う前の姿なんか想像が出来ないほどだ。
そんな文香が優也先輩に会うために、何日も校門で待ち伏せする。もう桜は散ってしまっていたが全く気にはならなかった。そしてついにこの時がやってきたのだ。
「優也先輩!」
文香は、優也先輩と運命の再会を果たすことができたのだった。
全てはこの日のためだった。
生徒会活動で考えられる全てのことをやってきた。
優也先輩のいる堀川高校に入学するために、人の何倍も勉強してきた。
トリートメントもワカメも一日たりとも欠かしたことなど無かった。
全ては、優也先輩に褒めてもらうためだった。
「ちょっと髪の毛伸びたんじゃない?大人っぽくなって印象が変わったかな。でもとてもよく似合っていて可愛いよ」
やっぱり優也先輩は、私をしっかり見てくれた。私が頑張ってきたことを分かってくれたんだ。
文香は、優也先輩に出会えた喜びをかみしめていた。
近くのファミレスで優也先輩と二人きり。
文香は、再会した優也先輩に想いの全てを打ち明ける。
しかし浮かれている文香に待っていたのは、文化委員長の悲しい伝統だった。
「・・・ボクは千聡先輩が好きなんだ。元文化委員長の」
「ちさと・・・せんぱい・・・もとぶんかいいんちょうの・・・」
「・・・」
「・・・」
まさか優也先輩が、元文化委員長のことが好きだとは夢にも思わなかったのだ。でも、言われた瞬間に、文香は自分の身に起きたすべてのことに納得してしまうのだった。でもしかし、簡単にその現実を受け入れることは出来なかった。
文香は、その優也先輩の言葉を頭で理解はしていたが、どうしても感情がついて来れない状態になっていた。
文香の目の前には何も映らない状態になってしまった。
そして、一人残された文香は、思考までもが停止してしまうのだった。
ピロンとメールが届いた。
いつも、決まった時間に耀君からメールが届く。普段であれば、他愛もない会話が十回程度往復するだけの短いやりとりをするのだけれど、この日以降は、携帯を見ても手が動かなくなってしまう文香なのであった。
文香ちゃんを好きになってから、ほぼ毎日決まった時間にメールをする耀。
いつもは、直ぐに返事が来るのだけれど、その日は既読すらつかなかった。
こんなことは過去になかった。
一日たっても全く反応がないため、耀は文香ちゃんの家の前まで飛んで来た。飛んで来たのだが、何回呼んでも、文香ちゃんからの反応はないのだった。
耀は、文香とは会えずにそのまま帰ることにした。
三日たっても既読がつかない異常状態に、もう一度文香の家の前まで耀はきてしまう。
玄関のチャイムを鳴らし、なんとか無理やり文香ちゃんを玄関先まで出てきてもらうことには成功したが、文香ちゃんがどこを見ているのか分からない無表情の目をしながら立ち尽くしている。その姿に耀は文香ちゃんが優也先輩に振られたことを悟るのだった。
「優也先輩は何て言ったんすか。こんなに可愛い文香ちゃんを振るなんてありえないっす」
「・・・好きな人がいるんだって」
「文香ちゃんより素敵な人なんかいる筈ないって」
「・・・いるんだよ」
「・・・」
「・・・千聡先輩」
「ちさとせんぱい?・・・文香ちゃんの知ってる人?」
「・・・文化委員長」
「えっ」
「優也先輩は元文化委員長のことが好きなんだよ」
「そんな・・・」
「今日はもう帰ってくれるかな。誰とも話したくない」
文香は、心のシャッターを完全に閉じてしまっている。
こんなに弱り切った文香ちゃんを見るのは初めてだった。
耀は、文香ちゃんの肩にそっと手を回そうとしたが、払われてしまった。
完全な拒絶だった。その瞬間、耀は全身の血の気が引くのを感じた。
「そんなの、要らないから」
そう言った切り、文香は家の中に入ってしまった。文香ちゃんが家の前に来てから一度も目を合わせることもなかった。
耀は、ただ茫然としながら、家の中に入っていく文香ちゃんを見送ることしか出来なかった。
自分はなんて無力なんだろう。
今の自分では、文香ちゃんを元気づけてあげることは到底出来ないと耀は気付かされるのだった。
しかし、耀は気付いてしまった。これこそが文化委員長の伝統なのだということを。
俺が、文香ちゃんの五分越えの演説を目の当たりにして感動したように、文香ちゃんは菊池優也先輩に感動を貰ったのだろう。
そして、その菊池優也先輩は、一つ上の文化委員長の千聡先輩に全く同じ想いを抱いているということだった。
こんなことって。
しかし、これが現実だった。
ひょっとして本当はこれなのか。
生徒会選挙の応援演説は、ただの結果だ。本当の伝統は、あの弁論大会のあの姿を見た後輩がその想いを引き継いでしまうことこそが伝統なのだと気づくのだった。
永遠の片想い
この感動が、この想いが大きければ大きいほど、逆に先輩が抱いている想いの大きさがとても大きいものだと理解できてしまうのだ。
今まで何人の人がこの伝統に縛られ続けてきたのだろう。
なんて悲しい伝統なんだ。
こんな伝統馬鹿げている。
絶対に継ぐわけにはいかない。
俺の代で終わらせてやる。
絶対に。
耀は、文香ちゃんの気持ちを踏みにじり、自分の恋心をも弄んだ文化委員長の伝統に終止符を打つと誓うのだった。
イラストは、菊池優也に振られた文香は、耀に呼び出されて家の前に出てきますが、虚ろな表情でまともに相手にできない状態になっているところです。AIアプリを使用して作成しました。