学年一の二人編
弁論大会の翌日。文香は、耀からあのクレープ屋に誘われるのだった。
「地元の商店街に、おいしいクレープ屋さんがあるんだけど、一緒にどおっすか」
「知ってるよ。セ・シ・ボンだよね」
この場所は、かつて小松有希が、菊池優也を誘い出したクレープ屋のことだった。
美味しいととても評判が良く、地元の学生同士でも良く使われているお店なのであった。
「文香ちゃんは、何にする?ここのおすすめは、キャラメルミックスみたいだけど」
「じゃあそれにする。耀君は?」
「俺は決まってるっす。定番のチョコバナナ」
「なんか、古風だね」
「印象と違うって?でも何を食べても一周回って結局これに落ち着くんだよね」
そう言いながら、テーブルに着こうとしたところ、耀君がいきなり横に座ってきた。
「ちょっと待って。近いって」
「えっ」
「向かいの席に座ってよ。もう、緊張するな~」
「だったら、尚のこと横の方が良いんだけど」
「だめだよ。私たちはただの先輩と後輩なんだから」
「えっ。俺、告ったよね」
耀のその一言により、文香の顔が一瞬で赤くなる。
「えっ。そうだけど・・・。まだ返事はしてないよね」
「返事はしなくていいっす。言わなくてOKす」
「・・・」
「文香ちゃんには好きな人がいるんすよね」
「分かっているんだ・・・」
「俺を誰だと思ってるんすか。でも俺は文香ちゃんを好きになった。だから、告ったんです。今は文香ちゃんがそのことを知っておいてくれるだけでいいっす。だから今の俺達はただの先輩と後輩ではないということ。分かった?」
「でも、やっぱりダメだよ。私は・・・」
「ちょっと待った。そんなことは置いておいて、取りあえず食べようよ。俺は楽しければそれで良いっすから」
「でも、私は・・・」
「何年でも待つっす。俺は文香ちゃんにぞっこんなんだから」
こんなにも、ストレートに押してくる子はいなかった。しかも相当なイケメンで、学年一の美少年といっても過言ではないほどの男の子からの告白なのであった。そんな耀の猛烈なアプローチに文香はただうろたえるしかないのだった。
そもそも、文香は男の子に告白どころか、話かけられることさえも滅多にないのだ。そんな文香は、自分を好きでいてくれる男子とどのように接すればいいのかわからない。
でも私には、既に心に決めた人がいるのだった。
一つ後輩で学年一の美少年の桐生耀から猛アタックを受ける文香ではあるが、同い年で最も頼りになる学年一の人気者の五十嵐健斗にずっと見守られている文香でもあった。しかし、そんな学年一の二人に目もくれず、文化委員長の一つ先輩である菊池優也をひたすら想う文香なのであった。
バレンタインデー
文香の兄が発した全く忌憚のないチョコの評論により、文香は折角作ったチョコを優也先輩に渡せずにいた。そこで思い出したのが、昨年の生徒会室の光景だ。昨年のこの日、既に退任しているにも関わらず、大量のチョコが元生徒会長の小松直樹宛に届けられたのだった。
クラス内では、配る気にはなれなかったけれど、生徒会室であるならば、後輩達に配っても特に目立ちはしないと思い、ラムネ入りのチョコクッキーを生徒会室に持ち込むことにする文香だった。
生徒会室に入ると、去年の光景がフラッシュバックしてしまった。なんと退任している五十嵐君宛へのチョコがニ十個ほど積まれている。ボリューム的には昨年の小松先輩の半分程度ではあるが、五十嵐君の人気も相当なものだった。
文香は、あんなにお世話になった五十嵐君へのチョコを完全に忘れていた。
そんなことを思っていると、ハッと耀君と目が合ってしまった。
「文香ちゃん、どうしたんすか」
「耀君、いたんだ」
「そりゃいるでしょ。ここは生徒会室なんすから」
よく見ると、耀君も、何個かのチョコを貰っていそうだった。
よく考えたら当たり前だった。学年一カッコいい耀君が文化委員長になってモテないわけはないのだ。
「ひょっとして、わざわざ俺のために(チョコ)持ってきてくれたとか」
「後輩の、みんなにだよ」
「じゃあ代表して俺が受け取っておくっす」
「みんなにだからね。勘違いしないようにね」
そんなやり取りをしているさなか、急にガラっ生徒会室の扉が開き、五十嵐君が生徒会室に入ってきた。大量のチョコを受け取りにきたという訳だが、五十嵐の目に飛び込んできたのは、文香が桐生にチョコを渡している姿なのだった。
「あ、これは違うからね」
「ふーん。どう違うの」
「後輩のみんなのために持って来たんだ」
「・・・」
文香が珍しく照れながら言い訳をする。
思いかけずチョコを耀君に渡している姿を見られてしまい、文香が慌てふためいているのだ。
そんな文香をみて、逆に五十嵐君の方が動揺してしまう。
「わ、わかった。みんなになんだな」
「そ、そうなの。これはそういうんじゃないから」
「文香ちゃんから直接手渡しでチョコを貰えるなんてラッキーだよ」
「だから、違うって言ってるでしょ。もう返してよ」
「もういいじゃん。これは俺が責任をもって預かります」
「ダメだってば」
「いーやだ」
耀君の勢いに紛れて、つい五十嵐君を無視してしまった。
文香が、ハッと恐る恐る五十嵐君の方を向くと。その先には、物欲しそうな五十嵐君の顔がそこにあるのだった。はたから見るとイチャイチャしている様に見えてしまっただろうか。こんな顔をした五十嵐君を初めて見た気がした。
「さすが、学年一の人気者の五十嵐先輩、大量のチョコっすね。二十人分位はあるんじゃないかな。モテモテっすね」
そんなダメージを受けている五十嵐君に耀が、更に追い打ちをかけてきた。
「文香。いや、これは違うんだ。チョコを貰いに来たわけじゃないんだ。俺は本命以外、受け取らないって決めている。だからこれは、生徒会に置いておいて、後で皆に食べてもらおうと思っていたんだ」
「そうなんだ。・・・どうでも良いけど」
「どうでも良くない。俺は受け取らないって言っている」
その会話を聞いた耀が、また挑発をしてくる。
「ま、俺は大本命の文香ちゃんから受け取れたので、一個でも十分満足っすけどね」
「文香は、皆にだって言ってるだろ、なに勘違いしてるんだ。寄越せよ。みんなに配ってやるから」
桐生耀から文香のチョコを奪い、耀を睨みつけながら文香のチョコを生徒会のみんなに分け与える五十嵐健斗。しかし、文香のチョコが欲しい五十嵐は、手品張りの器用さで一つ自分のポケットに忍ばせるのだった。
「憧れの綾小路先輩からチョコが貰えるなんて感激です」
「俺もです」
「このチョコ、本当に美味しいです」
文香のチョコを受け取った生徒会の男子生徒の目が潤んでいる。しかし、文香のチョコは少し足らず、男子生徒全員には行き渡らなかった。チョコを受け取れなかった男子生徒が、思い切り落胆した顔をする。
知らない間に文香の人気は上がり続け、いつの間にか文香は全校の男子生徒達の憧れの的になるほどの存在になっていた。
「あれ、五十嵐先輩。本命以外は受け取らないんじゃなかったんすか。ポケットになんか入れましたよね」
ばれない様にしたつもりであったが、桐生耀にはしっかり見られてしまっていた。
「こ、これは違うからな。文香はそんなつもりで渡したんじゃないって言っていただろ。だから良いんだよ」
文香は、あっけにとられてしまっていた。
この生徒会室に集まっている男子全員が、文香のチョコで一喜一憂しているのだった。
その中には、その他にもたくさんチョコを貰っている筈の五十嵐君と耀君も含まれている。
文香は自分のチョコの人気がここまであるとは思っていなかった。本当は文香自身に人気があるのだが、そこには気が付かない文香である。
そうは思いながらも、そう言えば五十嵐君には、去年もチョコを渡していなかったなとボンヤリ考える文香なのであった。
そして五十嵐にとっては、文香からの念願の初チョコである。桐生にどれだけ嫌味を言われようと、この文香のチョコだけは絶対に手放すわけにはいかない五十嵐なのであった。
イラストは耀にチョコを渡すのを五十嵐君に見られてしまったところです。