過去最高の生徒会活動編
ある生徒会室での会話。
「ねぇ、五十嵐君。今年の合唱コンクールのことでちょっと相談があるんだけど」
「またかよ、もうなんでも言ってくれ」
五十嵐が半ばあきらめたように返事する。
文香が相談を持ち掛ける相手は、いつも初めに五十嵐君なのだ。
「皆の実力が存分に発揮できるように、体育館舞台での練習を増やすのはどうかしら」
「分かった。それなら昼休みや放課後に、舞台が使えるように各クラスに均等に割り当てよう。体育館の使用許可は、生徒会で貰うようにするよ」
五十嵐君の判断力と決断力の速さには定評がある。
文香も文香で、色々な情報網を駆使して次々にやりたいことを提案していくのだった。
そんな文香の提案が五十嵐君の采配で着々と採用されていく。
副会長になったことで学年一の人気者になった五十嵐君と、文化委員長になり、著しい成長を遂げた人気急上昇中の文香。
今年の生徒会は、完全にこの二人が中心となって動いていた。
周囲の目からは、五十嵐君と文香は付き合っているように見えるほど、二人の仲は良いようにみえるのだが、当の文香は「全然、そんなのただの噂だよ」と全く意に介さない。
しかし、実際に交わされる二人の会話は、ただの噂で済まされるような間柄には聞こえなかった。
「本当に何から何まで頼りになるね。五十嵐君のそういうところが好きだな。ありがとう」
「茶化すなって」
「ホントのことだもん。でもすごく嬉しい。これで何個目の借りかなぁ」
「五個目だよ」
「あれ、たった五個だっけ。もっと溜まっている気がするけど」
「じゃあ八個ってことで」
「なぜ八個なの」
「十個溜まったらちょっと大きいお願いをしようかな」
「え、あるなら言ってよ。なんでもするよ」
「いや、十個溜まってからにする」
五十嵐は、文香の「貸し」が十個溜まれば告白して付き合ってもらおうと思っているのだった。
五十嵐君と文香。二人は文化委員の独自イベントである文化遺産見学ツアーの下見で清水寺に来ていた。
通常であれば、文化委員の担当の先生が引率で来るはずだが、今年は生徒会の介入で五十嵐君が一緒に下見をすることになった。先生も、五十嵐君と綾小路さんでれば、二人に任せても問題ないということで、担任の先生の付き添いは無くなるほどだった。
清水の舞台を出て直ぐ左の石段を上がると地主神社に行くことができる。
五十嵐は、とっくにリサーチ済みであったが、偶然を装って文香に話しかけた。
「ここを上がっていくと地主神社って縁結びの神様があるらしいよ」
「そうなの。じゃあ行ってみたいな」
「良いの?」
「興味があるじゃん」
「・・・そうだね。行ってみるか」
「恋占いの石。これだな」
大きな表札とは対称的に、その石は膝の高さほどしかない。奥の方を良く見ると、十メートルほど先に同じ大きさの石がある。
「好きな人のことを思って石をタッチして目をつぶり、無事に奥の石にたどり着けたら恋は成就するって書いてあるよ。一回目で成功すると、恋が成功するのも早くて、何回もやると恋が結ばれるのも遅くなるって。また人の助けを借りて成功すると恋愛も人の助けによって成功するって書いてある」
「じゃあ試しにやってみるか」
「え、五十嵐君って好きな人いるの?」
「え、」
「え、あ、そうか。いたよね。とっても可愛い子が」
「いや、それはない。絶対にないからな」
あぁ。また文香が勘違いを始めてしまった。今まで全然話題にならなかったのですっかり忘れていたが、そういえば文香は俺が好きなのは“小松有希”だと勘違いしたままなのだった。そこだけは絶対に訂正しなければいけない五十嵐だった。
「そうだな。俺がやる意味はないな」
「私はやってみても良いかな」
「どうぞ」
文香のスイッチが入った。もう文香には周りは見えていなかった。
はた目からでも分かるほど、大事に石にタッチする文香。その姿は俺を完全に無視している。そんな文香を見てやっぱり文香の想い人は自分ではないんだなと感じてしまう五十嵐なのであった。
うっすらそんな予感はしていたのだ。でもそんなことでめげている場合ではなかった。今年の二人は、校内の全校生徒が認める生徒会屈指のパートナーなのである。
そこから、恋に発展することを大いに期待する五十嵐なのであった。
文香が目を瞑りながら恐る恐る歩くが、反対の石にはたどり着けなかった。
諦めの悪い文香は、もう一度挑戦したが、やっぱりできなかった。
「だめだ。難しいね」
「そうみたいだね」
「五十嵐君やってみてよ」
「そうだな、やっぱりやろうかな」
五十嵐君が挑戦したが、失敗してしまうのだった。文香の失敗を見ていて楽勝と思っていたが予想以上に難しかった。
「結構難しいな」
「やっぱり難しいよね」
「もう一回チャレンジしてもいいかな」
文香を想って石にタッチした五十嵐は、本人の前で二度も失敗する訳にはいかない。
並々ならぬ闘志を内に秘め、二回目に挑む五十嵐健斗。しかし、一回目の失敗でコツを掴んだ五十嵐は、二回目で比較的簡単にズバッと反対の石にたどり着くのであった。
「すごいね」
「二回もやればできるよ」
「・・・もう一回やってもいい?」
「モチロン」
三回目に挑戦する文香であったが、やっぱり少しずつずれてきた。
一メートルほどズレてしまい文香の挑戦が失敗になるかと思われた矢先に、クイッと文香の肩が石の方向に正された。
「・・・」
その後、数歩先の石になんとかたどり着く文香なのであった。
「成功したよ。三回もやったけど」
三回目の成功でやっと文香の顔に笑顔が戻ってきた。しかし、この時に見せた文香の表情が五十嵐にとっては何とも言えない気分にさせられるのだった。文香は完全に恋する女性の顔になっていた。その文香の笑顔がたまらなく可憐に見えるのだが、その相手は自分ではない。五十嵐はそんな文香の顔を直視できなかった。
「ハイハイ。ちょっと時間がかかるかもだけど文香の恋は結ばれるってことだね」
そっぽを向いて適当な返事をする五十嵐君を見て、文香がニヤッと笑う。
「本当は好きなんでしょ。なんか凄いやる気を感じたよ」
「ちがうって。本当に違うから」
「分かったよ。でも二回目だけど五十嵐君の恋もちゃんと結ばれるってことだよね。よかったね」
文香は俺の本当の気持ちを微塵もわかってくれていないようだった。
「本当に結ばれるのかな。なんか、自信ないんだけど」
「絶対大丈夫だって。有希ちゃん以外だったら」
「え、なぜ小松はダメなの」
はっと気づいた時には、文香がまたもや思い切り勘違いの眼差しでこっちを見ている。
「・・・やっぱり」
しまった。つい反射的に聞いてしまった。
「いや、本当にそういう意味で言ったんじゃないから。俺は小松のことは本当になんとも思っていないんだ」
「わかった。有希ちゃんじゃないんだね。じゃあ、なぜ自信がないの?五十嵐君なのに」
「なんか、無理なのかなって気になってきた」
「そんなことないって、絶対結ばれるよ」
「いいや、絶対無理だって」
「だって五十嵐君だよ。カッコよくてとても頼りになって学年一の人気者だよ。五十嵐君を振る人なんてどこにもいないよ」
「・・・なんか、振り向いてほしい人には、全然伝わっていないような気がする」
「本当に凄い人気なんだからね。そんなに私のいうことが信用できないってこと。絶対に五十嵐君の恋は結ばれるって。有希ちゃん以外だったら」
「しつこいな。小松はどうでも良いって言ってるだろ」
「じゃあ何でダメなの。もう何言ってるか全然わからない」
これだけ言っても文香は、まだ全然わかっていなかった。
二人で並んでゆっくり帰り道を歩いている。
並んではいるのだが、二人の距離は一歩の距離を保っている。この距離だと手を伸ばしても文香の手には届かなかった。その距離がなかなか縮められない五十嵐なのであった。
「文香は、どこの高校を受験するの?」
「堀川高校だよ」
堀川高校といえば、公立では京都で一番賢い中学生が行く高校だった。ずっと文香と一緒の高校に行きたいと常々思っていたが、まさかの堀川高校だった。
「五十嵐君も、同じ高校に来てくれると嬉しいな」
「・・・よし、分かった。俺も文香と一緒の高校を受けることにするよ」
文香は、自分が堀川高校へ行くことは決まっているかのような発言だった。
五十嵐は、この文香の発言に自分のフンドシを締め直す覚悟をするのだった。
生徒会副会長として文香と過ごしたこの一年間。五十嵐は物凄く充実していた。一年の時とは大違いだった。自分が一年の時の生徒会活動は、ただ忙しかっただけだが、今年は全く違っていたのだ。文香が、何をするにも昨年以上を目指してくるのだ。俺はそんな文香の要求に全力で応えるために走り続けてきたような気がする。
でもこの秋で、もうすぐ文香との生徒会が終わる。
やり切ったという思いよりも、もう少し文香と一緒に生徒会をしていたいと思う五十嵐なのだった。
ただ、文香への貸しは九個で止まってしまっていた。
イラストは五十嵐君との清水寺からの帰り道、受ける高校を聞かれて、堀川高校を受験すると断言する文香。
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