新生徒会役員任命編
昨年の生徒会選挙で負った文香の傷を救うため、菊池優也への対抗心で文化委員長に立候補した五十嵐健斗であるが、その対戦相手はよもやの文香なのであった。困惑と嫉妬と意地が入り乱れる生徒会選挙が始まった。
生徒会選挙当日、五十嵐は菊池優也に負けたことを完全に思い知らされた。
投票結果は未だ公表されていなかったが、結果は火を見るより明らかだ。決して自分の演説の内容が悪い訳ではなかったが、完全に負けを自覚させられてしまうのだった。
俺は応援演説をあてにせず、一人で選挙に臨んだのに対して、文香と菊池優也のペアは全然違っていたのだ。菊池優也は文香を褒める度に彼女に目線を向けるのだ。そんな菊池優也に見つめられる度に文香は顔を真っ赤にしたり、手で顔を覆ったりする。生徒会選挙でありながら夫婦漫才を見ているような楽しい演説になっていた。
五十嵐はそんな二人の演説をあらん限りの嫉妬心を燃やしながら苦々しく聞くことになるのだった。
選挙結果が発表されたが、五十嵐の予想が外れることは無かった。
「残念だったね。でも相手が優也くんなら仕方がないよね」
小松有希が、茫然としている五十嵐君を見かねて声を掛けてきた。
「もう、ほっといてくれよ」
「でも五十嵐君なら、副会長に任命されるんじゃないかな」
「小松には関係ないだろ」
「でも、フミちゃんともっと仲良くなれるかもよ」
「・・・なんだよ。それ」
「五十嵐君を見てたら分かるよ。分かりやすいんだから」
「・・・綾小路は、知っているのか」
「全然気付いてないと思うよ。あの子鈍いから。でも絶対、仲良くなれるチャンスだと思うけどなぁ」
文香の友人である小松有希は、俺が文香に好意を抱いていることをとっくに見抜いていたのだった。
それに引き換え当の文香は、俺が小松を好きだと勘違いするほど鈍感なのだ。
しかし、まさに小松妹の言う通りだ。生徒会選挙にはまだ、副会長や書記などを任命するという続きがある。
もし仮に、俺が副会長になれば、これから一年一緒に生徒会の仲間として、文香と一緒に活動することが出来るのだ。しかし、文香に負けてしまった俺は、一体どんな顔をして彼女に会えばいいのだろうか。
そんな状態で、本当に文香と仲良くなんてなれるのだろうか。
選挙翌日、副会長や書記等の生徒会メンバーが選任される。文化委員長にはなれなかったとはいえ、五十嵐は一年からの生徒会の経験がある。新生徒会長や先生達が放っておく筈もなかった。
先生から当然のように生徒会入りを薦められたが、文香に負けた後ろめたさから、どうしてもその一線が越えられない。結局、来週に返事を持ち越すことにする五十嵐だった。
週明けでも、なかなか決断が出来ない五十嵐だったが、状況は一変した。
週末の菊池優也が参加した弁論大会を体験したことによって、格段に経験値の上がった文香が五十嵐君を説得したのだった。
「私は五十嵐君が欲しいの。五十嵐君じゃなきゃダメなの」
生徒会室で、片山先生他、新生徒会のメンバーがいる中で、なんと文香は告白紛いの勧誘をするのだった。しかし、女の口から「〇〇君が欲しい」なんてセリフが早々(そうそう)出るものではなかった。
文香は、意図せず男性の心を揺さぶる文言が、サラッと言える女性に大変身してしまった。
今までの文香では、到底考えられないセリフである。
「あ、そういう意味じゃないからね」
同席していた数人の生徒会の女子メンバーが顔を真っ赤にしている。その場に流れる雰囲気に気付いた文香が、慌てて言葉を付け足すが、周囲の誰もが、「そういう意味」にしか聞こえてはいなかった。
五十嵐は、今まで文香が何を考えているか良くわかっていなかったけど、自分が文香に対してこんなに頼ってくれる存在だったなんて、思ってもみなかったのだった。
「しょうがないな。綾小路がそこまで言うなら、副会長を引き受けてやるよ」
「本当によかった。力になってくれてありがとう。これから一年間仲良くやっていこうね」
「フン・・・」
五十嵐健斗は、鼻で返事をするものの、その顔は決してふてくされてはいなかった。
晴れて文化委員長になった文香は、優也先輩から引き継いだ文化委員長の役目を全力で果たすことを決意する。
全ては、元文化委員長の優也先輩に“頑張ったね”と認めてもらうためだった。
しかし、あの弁論大会で五分越えの演説をした優也先輩を見たことで、文香は大きく成長していた。
熱意をもって接すれば、相手に気持ちは必ず伝わるということを文香は肌で感じていた。今まで自分に足らないのは熱意なのだと文香は気付くことが出来たのだった。
自分の文化委員長として成長した姿を、優也先輩に見てもらいたい。
優也先輩に「良くがんばったね」と言ってもらうためには相当のことをしなければならなかった。そんな自分の計画達成のために、文香は生徒会実績のある五十嵐君に協力してもらうことをずっと考えていたのだ。
文香は、文化委員の今年の活動内容を五十嵐君に相談することにした。
文化委員の活動内容は、文字通りの文化祭と合唱コンクールの二大イベントを担当する。それにプラスして、独自イベントを毎年1件追加することが通例となっている。
因みに過去三年の独自イベントは
兄さん(綾小路智也)が企画した地域交流イベントの参加
紺野千聡先輩企画の標語コンクールの実施
そして優也先輩企画の文化遺産見学ツアー
となっていてどれも魅力的なイベントだ。
文香は五十嵐君にとんでもない提案をしてしまう。
過去三年分の独自イベントを全て実施したいと言ったのだ。
当然各クラスから選出された文化委員の負担は極端に増えることになる。その負担を生徒会で分担できないかという相談だ。
「凄いこと考えるな」
「こんなこと、相談できるの五十嵐君しかいないから」
「・・・まかせろ。何とかしよう」
「え、ホント?今年の文化委員のイベントは、ほとんど生徒会と共同ということになると思うんだけど」
「やるしかないだろ。俺も文香の意見には賛成だ」
「ありがとう。さすが五十嵐君だね。いくら感謝してもしきれないよ。お礼は何がいい?」
「お礼なんか要らないって」
「そんなわけにはいかないよ。なんでも言って。なんでもするよ」
「だから要らないって言ってるだろ」
「じゃあ、今は一つ「借り」ってことにしておくね。絶対にちゃんと返すからね」
五十嵐君の気持ちを知らない文香は、彼が何故ほとんど無条件で私に協力しているのかが理解できないのだった。
文香が文化委員長になって初めての委員会会議で、文香は声高に宣言する。
「今年の独自イベントは、過去三年分のイベントを全て実施したいと思います」
当然反発する意見がでてきたが、それを文香がことごとく論破する。
文香は、過去の独自イベントの問題点や改善点をまとめ上げ、人手の問題も「生徒会と共同」という離れ業を準備していたのだった。
もう、新文化委員長文香の提案を反論できる人はいなかった。
家に帰った文香は、今日もお風呂でトリートメントを怠らない。
文香は優也先輩から「ボサっとした髪の毛」と言われてしまっていたのだった。綺麗な髪をしている有希ちゃんに髪質の相談をしたところ、毎日のトリートメントとワカメを取れば良いという。
有希の言うことは極端だが、結果的に文香にとって、実はそれは最適解だった。
文香の自宅で母親が首をかしげながら文香に話しかける。
「文香、最近ちょっとトリートメントの減りが早いみたいなんだけど。知らない?」
「さぁ、兄さんが使ってるんじゃないの」
「智也、そうなの?」
「・・・そうだったかな・・・」
色気づいた文香を兄の智也は止めなかった。しかし、トリートメントの減り量は男が使って減る量ではなく、当然母親も気づいていたがそれ以上の詮索はしなかった。
これを機に文香は更に遠慮なくトリートメントを使うようになったのだった。
次にワカメだ。
「ママ。これから味噌汁は、私が作ることにするから」
「本当、助かるわ。でも一体どういう風の吹き回しなのかしら」
それ以来、自分のお椀に乾燥ワカメを一握り分多く入れるようにする文香。
その甲斐あって一か月たった頃には髪の毛にしなりが出始めて、半年が経過したころには、サラッとした状態になるまでに文香の髪質は大幅に改善されてしまうのだった。
綾小路文香は、ポニーテールをしていない家では少し垂れ目で、優しい感じのする女の子なのだが、学校でのポニーテール姿では、そんな甘さが全く見えず、凛とした感じの女の子に仕上がっていた。文香は内面も外見も著しく成長し、過去の文化委員長と比べても全く引けを取らない委員長になってしまうのだった。
綾小路文香
毎日トリートメントをして、風呂上がりに仕上がり具合を確認している所です。
AIイラストのアプリで作成しています。