本当の願い編
拍手と感動の生徒会選挙が終了し、五十嵐健斗は堀川高校の生徒会長に当選した。
しかも、自分の演説を一切しなかった文香までもが、文化委員長に当選してしまう始末なのであった。
生徒会の引継ぎが終了して、二人が並んで廊下を歩いている。
ふと横を見るとポニーテールの文香の可愛い顔がすぐそこにある。
いつの間にか二人の距離は一歩から半歩の距離にまで縮まっていた。
少し手を伸ばせば、文香と手がつなげる距離だ。
「また、これから一年間よろしくね」
「これで、十個目の依頼がやっと期待できるな」
「フフ、十個目の願いはもう叶っちゃった」
「え、」
「私の今までで一番のお願いごとだよ」
「え、なんだよ」
「わからない?」
「・・・うん」
「本当に分からないの?」
「だから、なんなんだよ」
「五十嵐君が、生徒会長になることだよ」
「・・・」
「ずーっと心の中で引っかかっていたんだ。本当は、五十嵐君は副会長なんかで収まる器じゃないって。私が間違って当選してしまったばかりに五十嵐君は不当な役回りになってしまったかもってずっと思っていたんだ。でもどうしようもなかった。だから今、五十嵐君が生徒会長になってくれて本当に嬉しいんだ。だって中学の時ではどうしても叶わなかった私の本当のお願いが、三年越しでとうとう叶っちゃったから」
直ぐには反応できなかった。
中学の時から、ずーっと文香と一緒にいたが、本当に一体何を考えているか分からないことだらけの文香だったが、まさか、中学の時から文香がそんな風に思ってくれていたとは全く思わなかった。
文香にとって俺は、そんなにも大きい存在だったのか。そしてそれは、あの中学の生徒会選挙で文香に負けてしまった今でも、ずっと変わらず思ってくれていたということなのか。
そして生徒会長になった今、俺はあの文化委員長の“菊池優也を越えた”ということになる。のか。
目頭が熱くなってきた。目に溜まった涙で前が少しぼやけて見えてしまう。
しかし、この涙を見られるわけにはいかなかった。
それとなく反対を向いて、ばれない様に涙を拭う。
なにか言わないと気づかれる。
「なんか照れるな」
「恥ずかしいのはこっちよ。全校生徒の前であんなこと言うんだから」
「三年前に先に言ってきたのはそっちだろ」
「あの時はそういうんじゃないって、私言ったよね」
「そういう意味にしか聞こえなかったっての」
「勘違いし過ぎでしょ」
「じゃあ今でも言えるのかよ」
「そんなの言える訳ないでしょ」
文香が顔を真っ赤にしている。
今日はいったいどうしたというんだ。
それは逆に言えば、あの時は、そう思っていなかったが今はそう思ってくれていると言うことだった。
文香の真意が垣間見れた五十嵐は、この会話だけでも十分だった。こんなに嬉しいことはない。
「フフ」
「はは」
「そういえば、私のお願いが十個溜まればどうとか言っていたよね」
「あ、そんなこと言っていたな」
「十個溜まったよ。私はなにをすればいいの?なんでもするよ」
「・・・もう、叶っちゃったよ」
「え、なに。どういうこと」
「あの時、叫んだあれだよ」
あの時とは、当然生徒会選挙で叫んだときのあれのことだった。「俺は文香が欲しいんだ」あの時の五十嵐君の言葉を思い出すと、顔が完熟しきったトマトの様に赤くなる文香なのだった。
でもでも、何回聞いても嬉しいものだ。
「・・・もう一回言ってくれる?」
「言えるかよ。あんな恥ずかしいセリフ」
「十一個目のお願いでもダメ?」
「ダメだ」
「ねえってば」
「それじゃあ、さっきのは取り消して十個目達成のお願いをしようかな」
「えっ」
「三年前のあの時のセリフを言ってくれるかな。確か「〇〇君が欲しい」ってやつ。何でもしてくれるって言ったよな」
「もう、バカ。知らない」
「ハハハ」
「フフ」
二人の会話は恥ずかしいの極限であった。もう笑うしかないのだった。
一年で最も過ごしやすい生徒会選挙週間の季節である。渡り廊下に出ると爽やかな秋の風が二人を包み込んできた。
その風の影響なのか、ふと一瞬文香の手と自分の手が触れ合った。
いつのまにか、手を伸ばさなくても手が触れ合う距離にまで二人の距離は縮まっていたのである。
でもここは学校だ。このまま手を繋ぐわけにはいかないが、今の五十嵐にはこれでも十分すぎるほどだった。
五十嵐は、立ち止まり幸せを噛みしめながら空を見上げてみた。脳裏には、つい先日行われた文香のあの応援演説の記憶が鮮明に残っている。あのとき、文香は俺のことが好きだと言ってくれた。あの一瞬、俺と文香は目が合った。あれは確かに文香の告白だった。
「どうしたの?」
急に立ち止まった俺に、文香が振り向いて俺の顔を覗き込んできた。
この文香の顔も、死ぬほど可愛かった。しかも、その綺麗な瞳は真っ直ぐにこの俺だけに向けられている。
「いいや。何でもないよ。それにしても、文化委員長の伝統って本当に凄いんだな」
「なんのこと?」
「「前任の文化委員長が応援演説をすると、その候補者は絶対に当選する」ってやつだよ。前任じゃなくて“元”だけどね」
「あっ。そういえばそうなるね」
文香にとっても、この演説が文化委員長の伝統によるものだと気づいた瞬間なのであった。
「文香に応援されて初めて分かった。文香の応援演説は他の演説者のものとは全然違っていたんだ。これこそが今まで語り継がれてきた文化委員長の伝統なんだなって痛感したんだ。俺は元文化委員長の応援演説がこんなにも暖かくて頼りになるとは思ってもみなかった。結果を待つまでもなく俺は当選を確信したよ」
「五十嵐君の大演説も大分効いたと思うけどね。でもそうだね、文化委員長の伝統は、元文化委員長の応援演説でも効果があるってことだね。そう考えると凄いね」
「あの桐生って奴も上手そうだったし。文化委員長は演説が上手い人間がなぜか揃っているんだよな。そんな偶然あるのかな。あの時、集まった文化委員長の七人は本当に全員あんなに凄いの?」
「七人だけじゃないよ、来れなかった人も併せて九人全員が、絶対に凄いよ」
「なぜそんなに言い切れるんだ。弁論大会がどうだって言うんだ。たったそれだけで本当にそんなに凄くなれるものなのか」
実際にあの弁論大会を経験していない五十嵐君にとっては、同窓会で話を聞いただけではこの伝統の本当の凄さは一割も伝わらない。でも・・・。
「私には分かるんだ。だって、私達は間違いなく文化委員長の伝統を受け継いでいるから」
文香が断言するそのセリフを追い打ちするように爽やかな風が、五十嵐の頬を撫ぜるように当たってくる。良く知っているようでまだまだ俺の知らない文香だった。でもそんなことは大した問題ではない。
つい先ほど二人の手が触れ合ったように、これからもっと近づいていけば良いのだ。
「でも、歴代の文化委員長の中でも、やっぱり文香が一番だよな」
「え、どうして」
「今までの文化委員長の伝統の中でも最高得票の903票をもぎ取った立役者だろう。中学一年の時に十八票しか取れなくて泣きべそかいてた時とは雲泥の差だな」
「泣いて無いって」
「いーや。泣いてたね」
「良く覚えてるなぁ。ほんとに」
「でも本当に凄いって思ってるんだ」
本当に文香は凄い。イヤ、凄いと言う表現では追いつかない。
俺は、本当の本当にとんでもない子を好きになってしまった。
文香は、中学一年の時は、選挙でたったの十八票しかとれないどこにでもいるような普通の少女だったのだ。
それが今では、劣勢だった俺を堀川高校の生徒会長に当選させてしまうほどの実力を身に付けた女性に成長してしまっていた。文香は俺の途中の介入演説の功績が大きいと思ってくれているようだが、決してそんなことは無い。あの文香の演説はそんなものを必要とするほど生易しいものではなかった。あの応援演説を受けた時のあの俺の気持ちの高ぶりは尋常じゃなかったのだ。もし仮に俺の途中介入がなかったとしても間違いなく当選していたと、俺は確信している。
そんな文香が俺の横に立ってくれている。
こんな俺を全力で応援してくれるのだ。
「文香が応援してくれるなら、俺は何にでもなれる気がする」
「京都で一番の高校の生徒会長じゃ物足らないものね。それなら、いっそ総理大臣にでもなるっていうのはどうかな」
「総理大臣か。でも文香が応援してくれるなら、なれるような気がするな」
「そうだよ。五十嵐君なら絶対総理大臣にもなれるよ」
「ハハ、それはさすがに言い過ぎなんじゃないかな」
「そんなことない。だったら、元文化委員長九人全員で、五十嵐君を応援するっていうのはどうかな。威力が九倍になるよ」
「凄いこと考えるな・・・。さすが文香らしいな。でもなんか、文香なら本当にやりそうな気がするのは俺だけかな」
「それが五十嵐君の本当の願いなら絶対みんな応援してくれるよ」
「応援・・・。してくれるかな」
「もちろんだよ。少なくとも私一人は絶対に応援する。五十嵐君が本当に成し遂げたい願いがあるなら、私はどんなことがあっても何があっても絶対に最後まで応援する。その願いが叶うまで」
また、目頭が熱くなってきた。
まさかこんな日が来るなんて思っていなかった。
俺は今、この世の中の全てにおいてもっとも欲しい“願い”を手に入れてしまった。
だめだ。さっきはギリギリばれなかったが、今回ばかりは隠せそうにない。
「だって私は文化委員長だよ」
伝統はまだ生きている。
そしてそれは、二人の本当の願いが叶うまで生き続けることになる。
【完】
1に引き続き2の最後迄、完読頂きましてありがとうございます。
誰も結ばれなかった1に対して全てが上手く行った逆転劇。おたのしみ頂けたでしょうか。
読書の皆様にとって楽しいひとときであったのなら幸いです。
イラストはspellaiとAIイラストのアプリを併用しています。




