五代目文化委員長千聡編
紺野千聡。四年前の中学二年の生徒会選挙シーズン
千聡は、容姿だけは見事に美人の部類に入るのだが、男言葉が板についていて、常にやんちゃなイメージが付きまとっている女の子なのであった。
そんな男子顔負けの千聡だが、片山先生らの大抜擢により、生徒会文化委員長に立候補することになってしまった。そして今、現文化委員長の綾小路智也先輩に応援演説を依頼しに来たという訳だった。
「千聡君だっけ。話は聞いてるよ。よろしくね」
「・・・」
「・・・」
「何か質問でも、あるのかな」
「私なんかが、本当に文化委員長になっても良いんでしょうか」
「何を言ってるの。先生の紹介だろ、だったら職員室組ってことだよね。何も心配することは無いよ」
「でも、ガサツで男勝りだってよく言われるし・・・」
「とてもそんな風には見えないけどね。十分可愛くて女の子らしいよ」
「それはただみてくれが良いってだけで、中身はほとんど噂通りなんです」
「大丈夫さ。好きな人が出来れば女の子なんて一瞬で変わるものさ。何も心配しなくていいよ」
「そんな、好きな人なんて・・・」
「一つ良いことを教えてあげよう。文化委員長の選挙にはジンクスがあるんだ「前任の文化委員長が応援演説をすれば、その候補者は必ず当選する」ってやつだよ。だから大船に乗ったつもりで安心してくれ」
そう言われた千聡であるが、その場を離れられずにいるのだった。
「あの・・・綾小路先輩」
「呼びにくいだろこの苗字。下の名前で呼んでくれて構わないよ」
とても優しくて、気さくな人だと言うことが直ぐにわかった。しかし、名前で呼べと言われても、その言葉をそのまま鵜呑みして、「はいそうですか」という訳にはいかなかった。でも、心の中では“智也さん”と呼ぶことにする千聡なのだった。
「ありがとうございます。でも私、選挙なんて初めてで上手く出来るかどうか全く自信がありません」
「初めから自信のある人なんていないよ。ほとんどの人が選挙なんか初めてなんだから。上手く出来なくて当たり前だよ」
「・・・」
「それでも、気になるっていうなら、ポニーテールにしてみるといいよ。前任の文化委員長もそれで人気が上がったみたいだからさ。ただでさえ可愛い君がポニーテールなんかした日には効果てきめんすぎて、俺の応援演説なんて無意味になってしまうけどね」
「・・・」
「まぁそれは冗談として、たとえ失敗しても全然かまわないよ。後には俺が控えてるんだから。千聡君はなにも心配することはない。それでも心配事がまだあるなら、いつでも相談に乗るから来て良いよ」
「ありがとうございます。そうします」
「そのうち、もう一回千聡君を呼ぶと思うからその時はよろしくね。他には、何かあるかな」
「いえ、失礼します」
しかし、千聡にとって不安の種は消えないまま、その場を離れるのだった。
次の日、千聡にとって少しばかりの事件が起こってしまった。
廊下で走っていた男子と、千聡の隣で歩いていた友人がぶつかって、友達がこけてしまった。
「ワリィ」
そう言って、駆け去ろうとする男子を正義感の強い千聡は止めてしまった。
「ちょっと、ちゃんと謝りなよ」
「え、もうあやまっただろ」
「そんなので足りるか」
「おー怖。さすが噂に違わず狂暴な女だな。退散退散」
声を荒げた千聡の対応に、男子生徒はそそくさと逃げていくのだった。
更に次の日、普段通りに登校すると、早々に綾小路先輩から呼び出しがかかってしまった。
もしかしたら、昨日のことだろうか。と一抹の不安が千聡の頭をよぎる。
場所と時間帯が悪かった。千聡達が歩いていた廊下は、すぐそこに購買があり、一から三年生の全員が普通に歩くエリアなのであった。そんな共有の場所で、ちょうど全校生徒がお昼休みの時間帯に千聡の声は廊下中に響き渡ったという訳だった。
昨日、私なんて叫んだっけ。
たしか「ちゃんと謝れ」みたいなことを言ったような気がする。これくらいだったら大丈夫だろうか。あーでも、ちゃんと思い出せない。ダメだ。もうダメだ。言わなきゃよかった。完全に失望されるかも知れない。
実は、昨日の放課後、千聡は綾小路先輩がどんな人なのかクラブの先輩から話を聞いていたのだった。
智也さんは、普段はとても物静かで大人しい印象の人だと言うが、去年の生徒会選挙のイメージが強すぎて、とても人気があるというのだ。智也さんは、そのとき、候補者が三人もいるにも関わらず、920名の全校生徒の内、歴代最高の860人以上の得票を勝ち取ったということらしい。
そんな選挙の達人みたいな人が、自分の応援演説をしてくれるなんて、よけいプレッシャーをかけるようなものだった。もし、昨日のことが原因で、落選しようものならば、私は智也さんになんと言ってお詫びしたらよいのか全くわからない。
応援演説は断ろう。これ以上智也さんに迷惑はかけられない。
いや、断る以前の問題だ。呼び出しがかかるということはそういうことなのだ。乱暴な私に愛想をつかし、智也さんの方から、きっと私の応援演説の依頼を断わってくるに違いなかった。
千聡は暗い面持ちを引きずったまま、生徒会室に顔をだすことにした。
「やぁ。良く来たね。千聡君って凄いんだね。男子相手にも物怖じしないっていうか。怖い者知らずのスーパーガールだったんだね」
少し興奮気味の先輩の発言を聞いて、千聡は頭から完全に血の気が引くのを感じた。
やっぱり全部ばれてしまっていたのだった。智也さんの前では猫を被っていても、そんなものはただの付け焼刃に過ぎないのだ。千聡は頭がふらついてまともに立っているのかどうかわからなくなってしまった。
もう絶対に断れられる。いや、断られる前に自分から言わなければ。
「すみませんでした。場所も考えずに、大声を出したりして」
「何を謝ってるんだ。千聡君は凄いって言ってるのに」
「でも・・・」
「どうしたの。なにか不安なことでもあるの?」
「今までは、相手にどう思われるかなんて全然考えてませんでした。でも今回は選挙なんですよね。今回の件で痛感しました。こんな私の傲慢な発言が全校生徒にどう映っているかと思うと不安なんです。それに私なんかの応援演説をしたら先輩にご迷惑がかかります。こんな私の応援演説なんか、引き受けない方が良いと思います」
でも、本心は少し違った。本当は、全校生徒にではなく、智也さんに自分がどう映っているかが不安な千聡なのであった。しかし、こんなどうしようもない私に対してこれ以上面倒はかけられない。
しかし、そんな私を見た智也さんは、諭すように私に言ってくれたのだった。
「全然迷惑だなんて思わない。いや、俺は千聡君がいい。いや、千聡君しかいない。俺は君じゃないともういやだ」
「・・・」
「千聡君がどんなに失敗してもその後の応援演説で全て俺がカバーしてみせるよ。だから千聡君は、何も気にせずに自分のやりたいように演説したらいいだけだよ。これでも自信ないかな」
「・・・」
なにか、千聡が思っていた展開とは違う方向に話しが進み始めた。
智也さんは、こんな私でも良いと言ってくれている。私に向けられたその瞳は真剣そのものだ。
「だったら俺は宣言するよ。俺、綾小路智也は全身全霊を持って紺野千聡を応援する。絶対に君を一人にさせない。だから千聡君は文化委員長に絶対に当選する。これでもダメかな。」
「・・・」
今まで、こんな人はいなかった。周りの人は、私がどれだけ「自信がない」と訴えても、やんちゃな私のその言葉をそのまま信用する人はほとんどいなかった。千聡はそんな無責任な期待とプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのだった。
それに対して、智也さんは私の全てを知ったうえで、私の全ての言葉を信用してくれるのだった。
そして、その上で「一人にさせない」とまで言ってくれている。
千聡はもう十分だった。この人になら、自分の弱いところも全て受け入れてくれる。この人についていけば何も心配する必要なんてないんだという安心感が千聡を包み込んでいた。
しかし、この時の千聡の沈黙により、まだ不十分だと判断した智也さんが更に動いてくれたのだった。
「じゃあ。千聡君に自信がつくように念を送るね」
不意に智也さんが、私の手をとって両手で挟み込み念を送る仕草をするのだった。
「うーん・・・」
「・・・」
まるで、子供をあやすような行動であったが、智也さんは、臆面もなくやってくれたのだった。
「・・・送ったよ。これでどう」
「今、五十パーセントくらい溜まりました」
「・・・わかった。もう一回やるね」
一見大人しそうに見える智也さんではあるが、その顔は優しさと自信に満ち溢れている。
正直に言えば二回では少し足らなかったが、これ以上甘えるわけにはいかないと思う千聡なのであった。
こうして文化委員長に立候補したポニーテールの紺野千聡は、約九十パーセント程度の自信と勇気で生徒会選挙に臨み、綾小路智也の熱烈な応援演説により過去最高の882票の得票を得て文化委員長に当選することになる。
そして、週末の弁論大会で、智也さんの今までとは全く違うその立ち姿に魅了させられてしまった。
それは千聡にとって、智也さんが「好感度百パーセントの先輩」から、「運命のトキメキを感じる男性」に切り替わった瞬間だった。
イラストは、転ばせてしまった男子生徒に対して詰め寄っている所です。
spellaiアプリを使用しました。




