伝統が本当に強い理由編
神田きらりを擁した桐生耀は、文化委員長の悲しい伝統を終わらせるために、生徒会選挙の最後の応援演説に臨むのであった。
選挙当日。学校の体育館で桐生達三年生の後任に当たる新生徒会選挙演説が行われる。
つい一か月ほど前までは、体育館の中は蒸し風呂状態であったが、最近はそのような息苦しさはなくなってきた。
先ず、きらりの対戦相手の八代君による本人演説と、生徒会長の応援演説が行われた。
この二人の演説を聞いた耀は、予想外の事態にただただ驚いたのだった。
なんと薄っぺらい演説なのだろう。
八代君本人自体は、サッカー部のキャプテンを務めるほどの超有力の候補者である。更に全校生徒の中で最も有名な生徒会長との二人による演説だった。
しかし、そんな今年の生徒会選挙の大本命、「最強コンビ」の筈なのに、二人の演説にはお互いの信頼というものが皆無に聞こえるのだった。先生方に無理やり組まされた「即席コンビ」であることが思い切り露呈されていた。
しかも、八代君はサッカー部のキャプテンでバリバリの体育会系のキャラであるのに対して、役が文化委員長というミスマッチも発生していて、何かちぐはぐした演説になっていた。
二人とも話し自体は、確かに上手いと感じたがそれだけだった。二人からは何の脅威も感じなかった。
それに対して文化委員長の応援演説は、全く次元が違う別物だということが分かるのだ。
本当に何もかもが違っていた。
俺が一年前の選挙週間で感じたあの感情。文香ちゃんから受けた信頼感と安心感は、耀が今まで感じたことのないものだった。
一年前の文香ちゃんとの初対面の時。彼女は、何も知らない俺のことをベタ褒めしたのだ。選挙当日ではなく誰が見ているわけでもないのに、初対面ファーストコンタクトでの会話の内容がそれだった。思わず顔を赤らめるような、かなり恥ずかしいセリフであるにも関わらず、堂々と褒めてくれたのだった。
今から思えば、あの時の文香ちゃんは、自分が想いを寄せた憧れの先輩からしてもらったことに、自分の想いを上乗せして、後輩の俺へその想いごと全てを引き継いでくれていたということだった。
今、はっきりわかった。俺はあの時、ありったけの想いを文香ちゃんから受け取っていたのだ。
そんな愛が溢れんばかりの先輩からの全面的な好意を受けて信頼しない後輩などいるはずがない。
想いを受け取った後輩は何も知らなくても、そこには絶対の信頼関係が築かれることになるのだ。
文化委員長の引継ぎは、ただの引継ぎとは全然違う。そこには誰よりも強い想いが「応援演説」という形で上乗せされている。
過去の文化委員長達も、そうやって先輩への自分の想いを胸に、後輩へその想いごとすべてを引き継いできたに違いなかった。
そんな二人の信頼関係で臨む生徒会選挙である。
どんな相手でも絶対に負けるはずはない。負けるなんてありえないのだ。
そして、それが「前任の文化委員長が応援演説をすると、その候補者は必ず当選する」という結果となり、それが伝統として受け継がれていったということだった。
そしてその伝統は間違いなく俺ときらりの二人にも絶対に当てはまる。
技術的には、弁論大会の経験がものを言っているのかもしれないが、想いが引き継がれている文化委員長の伝統が本当に強いという本質を見た気がした耀なのであった。
その伝統を十分に受け継いだ耀の応援演説が炸裂した。
耀は全校生徒の面前で、きらりに告白紛いの応援演説をするのだった。
「俺は「神田きらり」を心の底から応援します。おれはこの子を見た瞬間、自分の中で稲妻が走るのを感じたんだ。まさに文化委員長の女神が舞い降りてきたんじゃないかってね。俺の文化委員長の後任を託せるのはもうこの子しかいない。俺はきらりのことで頭が一杯になってしまった。寝てもきらり。覚めてもきらり。納豆を三十回かき混ぜていてもきらりがでてきた。もう俺はきらり症候群にかかってしまった。・・・」
耀はノリに乗っていた。そんな俺たちを止めるものなどいるはずもない。
きらりは、「職員室組」の策略なんかものともせず、文化委員長になってしまうのだった。
そして週末の弁論大会で、耀に魅せられたきらりが恋に落ちてしまうのは、自明の理なのであった。
日が落ちるのが、少し早くなっていた。
弁論大会の帰り道、暗いと言うほどでもないが、耀がきらりの家まで送っていく。
「これで文化委員長の引継ぎは全て完了したね」
「・・・これだったんですね。私、全て理解しました。文化委員長の本当の伝統が何なのか。耀先輩がこの伝統を悲しい伝統だと言った意味まで。この一週間で私の身に起こった全てのことが繋がりました」
「初めに言ったお願いを覚えているかな」
「後任の文化委員長候補の応援演説は決して引き受けない。ってやつでしょ。覚えています。そういうことだったんですね。でも分かりました。耀先輩のお願いは絶対に守ります」
「そうか。きらりさんが文化委員長になってくれて本当にありがとう」
「ありがとうを言うのはこっちです。耀先輩のお願いを受けただけなのに私は八代君に勝って文化委員長になることができました。まだ夢のようです。耀先輩のお願いを受けるだけで、私は何にでもなれる気がします」
「何にでもなれるか。じゃあ丁度いい、最後にもう一個だけお願いしようかな」
「何でも言ってください。私は何にでもなってみせます」
「俺の彼女になって欲しい」
「・・・」
耀は、焦ってしまった。跳びあがって喜ぶとものと思っていたが、まさかの無反応とは思わなかった。
「・・・嬉しくないの」
「いえ、とても嬉しいです」
「よかった」
「でも、これが文化委員長の伝統だと耀先輩の気持ちは前任の綾小路文香先輩のことが・・・」
「鋭いね。でももうとっくに振られてるんだ。だから頼むよ、俺の彼女になってよ。お願いだ」
「この世の中に耀先輩を振る人がいるなんてとても信じられません」
「そんなことないって、本当に振られたんだから。本人に確認してもらっても良いよ」
「本当に私でいいんですか」
「今更何を言っているんだ。俺がきらりを選んだんだよ」
「・・・はい。本当に夢みたい」
こうして、文化委員長の伝統は、きらりの代で一旦幕を引くことになるのだった。
しかしこの一年後、あの美形兄妹で有名な小松兄妹の更に一番下の弟の小松正輝が、文化委員長候補としてきらりの前に現れることになる。
伝統を終わらせたい桐生耀
伝統を引き継ぎたい小松正輝
その二人の想いを受けたきらりが出した結論とは?
この話は別の物語として語り継がれることになるのだった。




