伝統の最終後継者編
桐生耀が三年になって春が過ぎ、猛暑が薄れ、秋の兆しが見え隠れしてきた。
もうすぐ生徒会選挙シーズンである。一年で最も過ごしやすいこの季節が訪れようとしていた。
伝統の全てを理解した桐生耀は、この悲しい伝統を終わらせるために動き出すことにした。
「片山先生。次の文化委員長のことなんだけど。候補者ってもう決まってるの?」
「いや、まだ時期的に早いからな。でももうすぐ決めるよ」
「文化委員長の候補者は決めなくて良いよ。俺が自分で探すから」
「そんな訳に行くか。こっちにも都合があるんだからな」
「でも、先生が選んだ候補者の応援演説は引き受けないよ」
「・・・そういうことか。なら勝手にしろ」
耀には、既に当てがあった。現文化委員のメンバーである「神田きらり」だ。愛くるしいその笑顔が魅力で今年の合唱コンクールの副担当に耀が直々に大抜擢した子なのだった。
きらりは自分の意見をしっかり持っており、芯があると思わせる子なのだった。ただし非常に大人しく自分からは滅多に話をしないため、生徒会にはちょっと向いていないかもしれないが、それを補うほどのとても可愛い女の子だ、文化委員長の伝統を終わらせると決めている耀ではあったが、どうせ終わらせるにせよ自分の好みの女の子を後任の文化委員長にしてみせると耀は思うのだった。
「神田きらりさん。文化委員長にならないか」
「・・・無理です」
「そんなこと言わないでさ、なってよ。お願いだからさ」
断られることを一切想定していなかった耀は、意気揚々(いきようよう)ときらりを勧誘したのだが、いきなり出鼻を挫かれてしまうのだった。
中々しっかりした子だとは思っていたが、ここまではっきり断られると思っていなかった。
しかし、「イヤ」ではなく、「無理」と言ってきているのだ。「イヤ」でなければ押しの一手だ。
「どうして私なんですか」
「そりゃ君は、俺が最も適任だと見込んだ女性だからだよ」
「・・・私なんかより、もっと適任の人が一杯いるじゃないですか」
「何を言っているんだ。君しかいないって」
「・・・」
「俺はどうしても君に文化委員長の座を受け継いで欲しいんだ。文化委員長になれるのは君だけなんだ」
「生徒会って、選挙があるんですよね。私そんな大勢の人の前で演説なんかできません」
「きらりさんは、自己紹介しかしなくて良いから。あとは全て俺がなんとかするから」
「でも、どうして私なんですか」
「だから君しかいないって言ってるだろ。俺は君じゃなきゃイヤなんだ」
「はい・・・。そういうことなら、やってみます」
初めは大分渋っていたきらりではあったが、学年一の美男子である桐生先輩にあそこ迄、熱心に薦められては、応じるしか道は残されていないきらりなのであった。
「でも初めに一つだけお願いがある。来年の文化委員長候補者への応援演説だけは絶対に引き受けないでくれ」
まだ、きらりが文化委員長になってもいないのに、突拍子すぎるお願いだった。
「どういうことですか」
「俺は、この文化委員長の伝統を終わらせたいんだ」
「何故ですか」
「悲しい。とても悲しい伝統だからだよ。だからこのお願いだけは絶対に受けてほしい」
こうして、耀の強い推薦によって、神田きらりは文化委員長に立候補することになるのだった。応援演説は当然耀が請け負うことになる。これがこの中学での最後の伝統の引継ぎになるのだった。
次の日、文化委員長候補にきらりとは別に八代君という候補者が名乗りを上げた。しかも、この八代君には現生徒会会長が応援演説をすると大々的に公表してきたのだ。
八代君と言われても、ピンとこなかった耀は、きらりに何の気なしに問いかける。
「八代君ってどんな子なの」
「サッカー部のキャプテンをやってる人でとても人気があります」
「なに、サッカー部のキャプテンだって」
今年の他の生徒会役員の候補者の顔ぶれを聞く限り、最も有力とおもわれる候補者だった。
「職員室組」は応援演説を引き受けないと言った桐生耀への対策として最強のカードをこの文化委員長にぶつけてきたのだ。しかも生徒会長の応援演説のおまけつきときている。文香ちゃんの時の失敗を経験したことのある「職員室組」にとっては、同じ轍は踏まないといったところだろう。
「本来は生徒会と運動部のキャプテンは両立出来ないんですけど、学校の先生方が、兼任でも良いから、サッカーを優先しても良いからどうしてもやってくれと八代君に懇願したらしいです」
前評判では、文化委員長の大方の予想は、サッカー部のキャプテンである八代君の方が優勢ということになっていた。
「先生、やってくれやがったな」
「桐生先輩。私どうすれば」
「名前で呼んでくれって言ってるだろ」
「そうでした。すみません。耀先輩」
「きらりさんは何も心配しなくていいよ。先生は文化委員長の伝統の本当の強さが何なのか全然わかっていないようだからな」
先生に向けた厳しい言葉とは対称的に、とてもやさしい顔をきらりに向ける耀。
「前から気になってたんですがその文化委員長の伝統ってなんなんですか」
「あれ、言ってなかったっけ。「現行の文化委員長が応援演説をすると、その候補者は必ず当選する」ってやつだよ」
「そうだったんですね。でもそれって本当ですか」
「何を言ってるんだ。当たり前だろ。文化委員長の伝統は絶対だ」
「本当に絶対ですか」
「絶対だ」
「それって何代続いてるんですか」
「・・・知らない。でも絶対だ」
「どうしてそんなに言い切れるんですか」
神田きらりが、どうしても信じられないという感じで何回も同じことを聞いてくる。きらりは自分の見たものしか信じないタイプの人間のようだった。でも、耀には絶対の自信がある。
あの弁論大会で情熱のこもった文香ちゃんの演説を見てしまった耀にとって、生徒会選挙できらりを当選させることなど、造作もないことのように思えるのだ。
「分かるんだ。それに俺は文化委員長の伝統を間違いなく受け継いでいる。だから絶対に勝つ」
「・・・分かりました。耀先輩がそこまで言うなら信用します」
「それにしても、先生たちは相当俺たちを警戒してるってことだな。生徒会長を応援演説に付けたら勝てるってか。俺も甘く見られたもんだよ。そんなに甘いもんじゃない。勝つのは俺達だ。文化委員長の本当の伝統には敵いっこないってことを思い知らせてやるよ」
「でも、すみません。耀先輩の意気込みに水を差すようですが、私、八代君に勝てる自信が全くありません」
「そんなこと絶対ない。きらりさんは俺が見込んだ女性なんだから。絶対に当選する。きらりさんは、何も心配しなくていいよ。俺が絶対にきらりさんを当選させてやるから」
「でも。八代君の方が・・・」
どうしても、不安が先立つきらりに対して、なにか不安を取り除かせるものはないだろうか。
「じゃあもう一つだけお願いしてもいいかな」
「私に出来ることがあれば、なんでも言ってください」
「選挙週間だけは、ポニーテールにしてくれないかな。そうすれば絶対に当選するから」
「へ」
きらりがいきなり毒気を抜かれた顔になった。
「いいね、その顔。選挙当日もこの顔でお願いするよ」
耀の冗談にきらりが笑いだす。
「ほんと、耀先輩ってお願いが多すぎますよ」
次の日から、きらりがポニーテールで登校するようになったのは言うまでもない。
イラストは、耀の冗談にきらりが苦笑しているところです。
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