嵐の後編
高校二年になった中学校時代の元文化委員長の菊池優也と一年後輩でこちらも元文化委員長の綾小路文香の友人である小松有希。クレープ屋で真横に座り直した有希ちゃんの猛攻撃が続いている。
「二回も伝説を作っちゃう優也くんに、私が惚れないわけないじゃないですか」
有希ちゃんの瞳はどこまでも真っ直ぐにボクだけに向けられている。
「なぜ逃げるんですか」
そんな真っ直ぐな有希ちゃんに対して一切の妥協は許されない。
だめだ。優也はもう返事をするしか道は残されていなかった。
万事休す。
そう思った瞬間、店の入り口付近から制服を着た若いカップルが店の中に入ってきた。
その二人は有希の親友で、優也の文化委員長の後を引き継いだ綾小路文香と、昨年その生徒会選挙で文化委員長候補として戦った五十嵐健斗だった。二人とも優也と同じ制服を着ている。
あの二人が、一緒にクレープ屋に来るなんて、意外な組み合わせだった。
「あ、あれ。どういうこと」
「さぁ、私も分かりません。中学の時は二人とも生徒会だったので、結構仲は良いほうだと思ってましたが、まさか二人きりでここに来るなんて」
最悪の気まずさだった。有希ちゃんは知らないだろうが、ボクはこの間、文香君に「元文化委員長の千聡先輩が好きだ」と公言したところだった。言っているそばから、他の女の子とクレープ屋に来ていることがばれてしまった。しかも、千聡先輩以外の女の子からの告白を受け入れる直前だった。
有希ちゃんの方を見ると、掌を顔に立てて、こちらの顔がばれない様にしてはいるものの、興味津々(きょうみしんしん)という感じで、二人の方ばかりを見ている。
あっと気づくと、文香君が、ボクを見つけてしまった。
見つけたが、文香君はボクに声を掛けることはしなかった。黙って店のカウンターに並んでいる。
クレープを買った二人は、お盆にクレープをのせながら、奥の席の方に移動した。
とても、お互いの話の内容が聞こえる位置にはいなかったが、これ以上話の続きをする気にはなれなくなっていた。それは有希ちゃんも同じようで顔を隠しながら、ボクに耳打ちをし続ける。
「あの二人って、いつからくっついたんでしょうね」
「さぁ。でも、付き合ってるようには見えないけどね」
なぜなら、二人は正面を向いて座り合っているからだ。
二人の座る位置を見れば、二人がどんな関係かおのずと分かってくるのだ。
本当の恋仲だった場合、男と女の距離は横並びなのだ。とりあえず今のボクたちが横に並んでいることは置いておくとしてだ。
文香君に有希ちゃんと二人でいるところを見られたのは想定外だが、このタイミングで有希ちゃんの怒涛の攻撃がピタリと止んでしまった。
文香君の意外な登場により優也はこの窮地に救われた。
別に有希ちゃんが嫌いなわけではない。それどころか、本当に有希ちゃんの告白に対してOKを出す直前だった。ただ、千聡先輩への気持ちの整理がまだ出来ていないだけなのだ。
でもこれで、何とか今日中の返事はせずに済みそうだった。
そんなことを考えていると、またもや意外な光景がボクの目の前に飛び込んできた。
息を切らせた一人のきれいな男が迷いなくこっちに向かって歩いてくる。
有希の兄の小松直樹が、ボクたちの席の前で立ち止まった。
「有希・・・」
「はっ。どういう訳よ。なんで分かったの」
「帰るぞ」
直樹が、有希の手をとり、強引に引っ張った。
「痛っ」
「止めろって」
ボクは、反射的に直樹の手首を強引に掴み返した。
一瞬、只ならぬ雰囲気が周囲を覆ってしまう。周囲の人達がひっそりとこちらを見ているのが分かる。
有希ちゃんが驚いた表情でボクの顔をまじまじと見てきた。
それは直樹も同様だった。直樹にとってはまさかボクがこのような行動をとることは微塵も思っていなかったようだ。
「ちょっと落ち着こうか。一旦座れよ。他のお客さんに迷惑だろ」
「そうよ。落ち着け。バカ直樹」
最悪の雰囲気だった。まだ付き合ってもいないのに、いきなりの修羅場を迎えてしまう優也なのだった。
直樹がムスっとした表情でボクの向かいの席に座る。何はともあれ一旦落ち着きを取り戻したようだ。
「それにしても良くわかったな。ボクと有希ちゃんがこのクレープ屋に来てるって。有希ちゃんと二人では、二回しかここに来ていないのに二回とも現れるんだからな」
「フン、俺の情報網を甘く見るんじゃない」
「情報網?」
「そんなことはどうでもいいんだよ。とりあえず帰るぞ」
「絶対に帰らない」
「なにっ」
「絶対に帰りません。先に帰ってください。でもそんなに長居はしませんから、すぐ家に帰りますから。でも今は、今だけは絶対に帰りません。どうぞ先に帰ってください。おにいさま」
「・・・」
「先に帰ってください」
有希ちゃんがものすごい圧力をかけてきた。これほど威圧のある有希を見るのは初めてといわんばかりに直樹は目を丸くして膠着している。有希ちゃんの勢いに負けてしまった直樹は、その場を離れるしか道は残されていなかった。
「すぐ帰ってくるんだぞ」
「分かりましたから、早く帰ってください」
直樹は、未練がましく何回もこっちを見ながらおずおずと帰って行った。
「はー。なんで分かったんでしょうね」
「まるで嵐のようだったな」
「この先が思いやられますね」
「この先?」
「エへへ」
「ハハハ」
もう、笑うしかない優也なのだった。
「今日は楽しかったです。でもこれを食べきったら帰りますね。多分途中で待ち伏せしてると思うので」
「そうだね。やっぱり帰った方が良いね」
「でも最後に一個だけ。いいですか」
「・・・なにかな」
「やっぱりちゃんと返事を聞かせてくれませんか。言ってくれないと帰れません」
五十嵐君と文香君の登場で、有耶無耶になりかけた有希ちゃんの告白が、直樹の登場で再び
有希ちゃんの心に火がついてしまったというわけだった。
絶対に帰らないと言いきった理由がこれだった。有希ちゃんはこの返事を聞かずには帰れないということだ。
でも、さっきの文香君の登場が、優也にとって丁度良いインターバルになっていた。さっきまでのボクは有希ちゃんの勢いにおされて身体が硬直し、思考が停止直前になっていたのだ。
冷静さを取り戻したボクは、有希ちゃんに真っ当な返事をする。
「・・・好きな子でないとキスできない」
「そう・・・ですか」
「でも・・・」
有希ちゃんが見るからに気を落としているのが分かる。そんな有希ちゃんは見たくなかった。いつも元気な有希ちゃんでいてほしい。これはボクの本心だった。
「有希ちゃんはボクのことを良く知っているみたいだけど、ボクは有希ちゃんのことをほとんどなにも知らないに等しいんだ。だから今のこの状況でボクが有希ちゃんを好きかどうかなんてわからないのは当然のことだよね。でもこれからもっとよく有希ちゃんのことを知っていけばボクは有希ちゃんのことが好きになるかもしれない」
「ということは・・・」
「そうだね。今後に期待だね」
「なんか、やる気が漲ってきました」
「有希ちゃんは、元気が一番だもんね」
優也は、千聡先輩への自分の気持ちの整理は、まだはっきりとついていないが、有希ちゃんと付き合う決心をするのだった。
ただ、今の有希ちゃんの喜ぶ顔を見ているだけで、とても幸せな気分になる優也なのであった。
「絶対に私のことを好きにさせてみせますからね」
そんな有希ちゃんが、ものすごい発言をしてきた。でも冷静さを取り戻したボクは平静に返事する。
「そんなに直ぐ好きにはならないと思うよ」
「いいえ、そんなことはありません。なんなら一時間以内に」
「食べたら直ぐ帰るんだよね」
「あ、そうでした」
有希ちゃんの勢い。というか意気込みは相当なものだった。ちょっと笑えるほどだ。
しかし、これからの有希ちゃんと過ごす日々のことを考えるだけで何とも言えない高揚感が優也を支配するのだった。
また、毎週日曜20に投稿しますのでよろしくお願いします