クラリスとのお茶会
「それで、どこまでがクラリス様の手のひらの上だったのですか?」
「席に着いた途端、何を言っているの?」
いつものお茶会。今日はクラリスの離宮にある庭園だ。今日は二人きりの茶会のため、ヴィオレッタは遠慮しない。
「だっておかしいでしょう? たまたまお兄さまたちと一緒にいた時に、アントニー殿下と鉢合わせするなんて」
「そんなことはないわ。考え過ぎよ」
その前のお茶会での謎推理のこともある。クラリスの言っていた通りにはならなかったが、クラリスの強引な勢いでお互いに瑕の少ない大団円となった。アントニーにとっては、幸せエンドでもなさそうであったが。
クラリスは認めることなく、たまたまだと言い張る。怪しいと思いつつも、ヴィオレッタにはそれ以上追及できることはない。
大きくため息をついた後、深々と頭を下げた。
「婚約白紙にできたのは、クラリス様のおかげです。ありがとうございました」
「ふふ。そうよ、素直にお礼を言えばよいのよ」
クラリスは意味深な笑みを浮かべたが、すぐにそれを消した。
「でもあの茶番で、よく陛下が王命を取り消しましたね」
「茶番があったからこそよ。お父さまは純愛に弱いしね。ほら、寵姫だって本当は正妃にしたいと言い切っていた人ですもの。身分に囚われず、愛する人と結ばれて幸せになるという理想の愛を自分の息子が体現するのよ? 応援するしかないじゃない」
「え? 陛下はアントニー殿下と同じ性格をしているのですか?」
厳格なイメージしかない国王。どちらかといえば、今回の婚約白紙騒動に怒っても仕方がないと思っていた。
「お父さまは王太子だったから、泣く泣く愛よりも利益を取ったのよ。お異母兄さまが愛を選んだこと、眩しく見ているはずよ」
「……そうなのですね」
「それに、今までのように好き勝手にお金を使うことはできなくなったけど、管理の良い王領付きの子爵位を貰えるわけだから。贅沢しなければ、生きていけるでしょう」
働くことを知らないアントニーが湯水のごとくお金を使って破産する予感がしたが、それは黙っていた。きっとクラリスも分かっているだろうし、そうなる前に誰か人を送り込むだろう。
「殿下、おいでになりました」
会話が途切れたところで、侍女がそっと声を掛けてきた。クラリスは頷くと、立ち上がる。慌ててヴィオレッタも立とうとしたが、クラリスに止められた。
「そのままで。じゃあ、後のことはよろしくね」
「クラリス様?」
笑顔で彼女は離れて行く。代わりに侍女に案内されてきた人を見て、固まった。
そこには騎士団の礼服を着たオーブリーが。彼の手には大きな赤いバラの花束がある。
この状況に、ヴィオレッタは混乱した。
「えっ?」
「ヴィオレッタ嬢、この花束をあなたに」
そう言って差し出された。
大好きなオーブリーが真剣な目をしてヴィオレッタを見つめている。
その目には明らかな熱があった。今まで誰からも向けられたことのない熱さに、鼓動が速くなる。
「オーブリーさま」
「そして、私に求婚の権利を――」
妄想したことはあった。
想像して悶えたこともあった。
そのたびに、現実にはあり得ないと涙して。
目の前の出来事が現実とは思えず、頭が飽和した。次第に意識が遠くなる。崩れ落ちる体が温かい何かに支えられた。
「ヴィオレッタ嬢、どうか私の話を聞いてほしい」
耳元で囁かれ、ヴィオレッタはもう死んでもいいとさえ思った。
◆
「あーあ。やっぱりヴィオレッタは倒れちゃったか。いつも食い入るように見ていたのに」
「殿下と違ってヴィオレッタ様は繊細ですから」
クラリスの呟きを侍女が拾う。
「度胸がありそうなのにね。そこが彼女の可愛いところなのだけど」
「もう少し、後押しが必要なのでは?」
「そうかしら? オーブリー叔父様だってずっとヴィオレッタを気にしていたのですもの。今回だってすぐにわたくしに仲介をお願いしてきたぐらいだし」
侍女は胡乱気な目をクラリスに向ける。
「殿下が副団長にありもしない情報を与えたからでは?」
「今はね。でもあと二週間もしたらそうなるのは目に見えているわ。ヴィオレッタはとても人気があるのよ。年齢が、とか兄の友人だから、とか訳の分からない理由で、うだうだされても困るもの」
クラリスは肩をすくめる。侍女はそうですか、と呆れ気味だ。
「さてと。次は二人の婚約をさっさとまとめてしまわないと」
遠くで、意識を回復したヴィオレッタが悲鳴を上げる声が響いていた。
Fin.