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騎士団への差し入れ

 ヴィオレッタは大量の差し入れを持って、アニーと共に騎士団の受付にやってきた。受付にはいつも馴染みの事務員がいる。


「こんにちは。ディレイン公爵家のものですが」

「ヴィオレッタお嬢さま、お久しぶりです。今日は奥様ではないのですね」

「うふふ、お母さまに代わってもらいましたの。差し入れはいつものように皆様に」


 差し入れは大量すぎて、二人では運べない。すぐさま事務員たちが台車を持って出て行った。


「いつもありがとうございます。ディレイン公爵家のお菓子はとても人気があって。今日も争奪戦が行われるでしょう」

「争奪戦?」


 そんなことになっているのかと目を丸くする。


「ええ。一人一つならば、足りるのですが。それではつまらないと。上位五位までがありつけるのです」

「それならば、量を増やした方が」

「いえいえ。どちらかというと騎士たちの遊びです。気晴らしなので今のままで十分です」


 そんな世間話をしている間に、足音が近づいてきた。顔を上げれば、兄が急ぎ足で向かってくる。


「デリックお兄さま」

「ヴィオレッタ。久しぶりだ」


 そういうと、ぎゅっと頭を抱えるようにして抱きしめた。いつも大げさな愛情表現をする彼であるが、まさかこんな人前で子供のように抱きしめられるとは思わず、目を白黒させる。


「お、お兄さま。ちょっと苦しいですわ!」

「ああ、すまん。安心したら、つい」

「どういうことですの?」


 よくわからず、首をかしげる。デリックは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「最近、ひどい噂を聞くことが多くてな。なんでそんなことになっているんだ」


 思い当たることは一つしかない。


「どうやら殿下には心から愛する女性ができたようですわ。わたくしも昨日、目撃しました」

「抗議したのか?」

「いいえ。声を掛けるのも面倒で」


 けろっとした顔で答えれば、デリックは驚愕したように目を見開く。


「え? お前殿下のことを愛しているんだろう?」

「まさか。仲が悪いとは思いませんが……最近は夜会の時ぐらいしか顔を合わせませんし。そもそも、愛とか恋とかそういう感情は元々ないのです」


 はっきりと恋愛感情はないと言い切る。なんで利己的なあの男に恋なんてできるの。


「でも、いつもお前によく似合ったドレスを贈ってきていて」

「わたくしに似合うのは当然です。だって、こちらから指定していますから」

「はあ?」

「もしかしてお兄さまはわたくし達の仲がいいと思っていました?」


 うふふ、と楽し気に笑えば、デリックは大きく息を吐いた。


「違うんだな」

「そうですね。わたくしたちは仮面婚約者ですので」

「仮面……使い方、何か違う」

「ところで、そのことについて少し相談があって」


 デリックはわかったと頷くと、いくつか事務員に伝言を頼んだ。それを終えると付いてくるようにと手招きされる。


 ヴィオレッタは素直にデリックの少し後ろを歩いた。


 騎士団の制服を着たデリックはとてもかっこいい。

 ヴィオレッタはうっとりとその姿を堪能した。デリックは自分に似た顔をしているのであまり萌えないが、騎士服がいい。


 背が高く、立ち姿がピンとしている。何よりも、ぱんとした胸の厚みが極上。

 騎士服には仕事用の濃紺のものと、儀礼服は白なのだ。これがまたモールや勲章がついていて、いつもの三割増しの素敵さになる。


「はあ、これがお兄さまでなかったらなぁ」

「ヴィオレッタ。お前、本当に騎士服好きだな」

「だってカッコいいんですもの」

「他の奴にそのだらしない顔を見せるなよ。一応、お前には婚約者がいるんだから」

「わかっていますわ。わたくしの心の潤いを失うような失態はいたしません」


 十分に堪能してから、いつもの澄ました令嬢顔に戻す。その変化にデリックは呆れ顔だ。


「まったく」

「それよりも――」


 話題を変えようとしたところ、言葉が切れる。向かいから会いたい人の姿が見えたのだ。彼もこちらに気がついたようで、速足に近づいてくる。


 ヴィオレッタの心臓は壊れんばかりに高鳴った。


 心のオアシス、人生の光。

 ヴィオレッタは恋焦がれた人の視線の先に自分がいることに、誕生日と祝日と祭日がいっぺんに来たような幸福感に包まれた。この一瞬があるから、好意を持てない婚約者がいても耐えられるのだ。


 それでも淑女らしいにこやかな笑みを浮かべる。クラリスの昨日の言葉が脳裏をかすめた。自分の心の熱を悟られてはいけないと、いつも以上に変わらぬ態度を心がける。


「二人一緒なのか。珍しいな」

「お久しぶりでございます。今日は母の代理でお邪魔しております」

「ああ、なるほど。今日は差し入れの日か」


 彼は爽やかに笑う。その男くさい笑みに、ヴィオレッタは瞬きもせずに見入った。黒の短髪は最後に見た時よりも少し長くなっており、後ろになでつけている。柔らかな光を持ったブルーグレーの瞳に見つめられ、息が止まりそう。


 目にしっかりと焼き付けて、決して消えないようにしたい。


 一期一会の気合を入れてガン見していたのが悪かったのか、オーブリーは少しだけ表情を陰らせた。


「随分と表情が硬い。何か……心配事でも?」

「あれだ、例の噂だ」


 ヴィオレッタが答えを迷っているうちに、デリックが話し始めてしまう。噂、と聞いてオーブリーは唇を一文字に結んだ。


「俺の耳にも届いているが、事実なのか」

「そのようだ。だから妹から事情を聞こうと思っている」


 オーブリーは少し考えた後、部屋を提供しようと言い出した。


「お仕事があるのでは?」

「俺の執務室なら邪魔が入らない。それでいいか、デリック」

「すまない。恩に着る」


 勝手に話が進んだ。目の保養になる二人をじっくりと脳内に焼き付けるいい機会だと割り切って、二人の後に続く。顔は見えないが、その背中もとてもレアだ。堂々と観察できる。内心うきうきした気持ちでついて行く。


「ぶふぇ」


 何の前触れもなく二人が立ち止まった。脳内花盛りになっていたヴィオレッタは気が付かずに、オーブリーの背中に激突する。強かに打った鼻を押さえた。


「な、何?」

「いや、道を変えよう」


 オーブリーの突然の提案に首を傾げた。そして二人の隙間から覗けば。


 ばっちりとアントニーと目が合った。彼の隣には当然男爵令嬢。


「あ……」


 折角の目に焼き付けていた神絵が現実に穢された。脳内に入り込んだゴミを必死に削除しようと眉を寄せる。

 ヴィオレッタの表情の変化に感情を爆発させたアントニーに凸られた。


「ヴィオレッタ、こんなところまで嫌がらせをしに来たのか!」


 意味不明の言いがかりに目が点となった。


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