王女との茶会1
「……お茶がまずいわ」
ティーカップを片手に、ヴィオレッタは少し離れた位置に現れた男女を見て呟いた。
「あら、そう? 遠方の国からの献上品よ。お母さまから強奪してきたのに」
今日は幼いころからの友人であるクラリス王女とのお茶会。
普段はクラリスのプライベート空間で行うのだが、よくわからないまま追い立てられて連れてこられたのがこのガゼボ。王城の庭にはいくつか特別なガゼボがあり、貴族であれば簡単な手続きで利用ができる。
「お茶の話ではないのよ。あそこの二人。知っていてこの場所に連れてきたのでしょう?」
「直前に情報が入ってきたのですもの。どんな様子か気になって」
わざわざこのようなところで、と不審に思っていれば案の定。
クラリスは噂の二人を見てみたかったと、のほほんと微笑みながら断言する。ヴィオレッタは面白くない顔をして、遠くにいる男女にもう一度視線を送る。
一人は金髪碧眼の王族のいいところばかりを取り寄せた美貌のアントニー第二王子。ヴィオレッタの婚約者だ。その彼にしなだれかかっているのは、ピンクブロンドに緑の瞳をした男爵令嬢。こちらはつい最近、貴族に仲間入りした男爵の庶子だ。本妻が病気で亡くなったので、引き取られたそうだ。
二人は頬を寄せ合い、時折掠めるようなキスをしながら楽し気だ。
「噂だから大げさなだけだと思っていたけれども、そうでもないようね。こんなオープンスペースであんなにも顔を寄せ合って愛を語らうなんて」
「少し下品ではなくて? 人前で密着していいのはダンスの時だけだと思っていたけれども」
「貴族の一般常識では、ね。相手しか見えなくなっている恋人たちにはそんな常識、通用しないものなのよ」
「ごく普通の恋人たちなら、それも微笑ましいけれども」
婚約者であるアントニーとはことごとく気が合わない。だが、表面的にはとても仲がいい。付き合いのない貴族たちは、アントニーとヴィオレッタが不仲以前に、最低限の交流しかないだなんて考えたこともないだろう。
「……わたくし、お茶でもひっくり返してくるべきなのかしら」
「あら、そんな面白いことしてくれるの?」
「クラリス様はそれを期待して連れてきたのでしょう?」
眉を吊り上げ、クラリスを睨みつける。クラリスはにこりとほほ笑んだ。
「あなたが二人の噂をそのままにしていたから、どういうつもりかと思って」
「気にならないわけではないのよ。ただ、噂を消すためにわたくしたちの仲の良いところを見せることを考えたら、げんなりしてしまって」
ヴィオレッタは不愉快気に眉をぎゅっと寄せた。ここがクラリスの離宮ならば、歯に衣着せずに言いたいことを言うが、ここは他の貴族もいる空間。文句を呑みこむように、お茶をゆっくりと飲みこむ。紅茶の甘い香りが少しだけヴィオレッタの尖った気持ちを慰めた。
「そもそも、わたくしたちは王命による婚約なのよ」
「その王命、異母兄が望んだから実現したのだけど」
「そうみたいね。今まで、隙を見せないように気を配っていたのに。よほどお相手の男爵令嬢に心を奪われたのね」
「心奪われて、ねぇ」
クラリス王女はほんの少しだけ首を傾げた。その腑に落ちないという様子に、ヴィオレッタはお茶を飲む手を止めた。
「何か気になることでも?」
「あの利己的なお異母兄さまがそんなピュアな気持ちを持っているのかしら、と思って」
「どういうこと?」
理解できずに瞬けば、クラリスはヒミツの話をするように声を潜めた。
「ねえ、お異母兄さまはどうしてあなたを婚約者に選んだと思う?」
「確か、一番高位貴族で婿入りを必要としているのはわたくししかいなかったから」
「そうよ。あなたの他の候補だと、伯爵家まで落ちてしまう。寵姫と言えども、お異母兄さまの母は子爵令嬢。そもそも王位継承権は持っていないし、臣籍降下しても子爵位しかもらえないもの」
この国の王族は王妃の子供にしか王位継承権はない。もし、王妃に子供が生まれない等の状況になった場合、王族の血を引く未成年を王妃の養子にする。さらに議会により承認されて、初めて王位継承権が与えられる仕組みだ。
妾腹から生まれた王族は二十五歳までは王族と認められるが、その間に自分の将来について考えなければならない。簡単に言えば、王妃の養子になる、もしくは爵位を持つ貴族女性に婿入りする、もしくは母親の生家と同じ爵位を貰う。大抵の場合は母親の生家と同じ爵位を貰って、王領を分けてもらう。領地付きにはなるが、これは一代限り。よほどうまく運営しない限り、王家に戻される。
そして、寵姫の息子であったが子爵家出身の母を持つアントニーはヴィオレッタに目を付けた。アントニーはヴィオレッタとの婚約をおねだりしたのだ。国王は自分の子供の中でも寵姫の息子であるアントニーをことさら愛していたので、そのおねだりはすぐさま叶えられた。ヴィオレッタに、公爵家に拒否をさせないよう王命まで出して。
それがアントニー十五歳、ヴィオレッタ十二歳の事だった。
それから五年。
アントニーは上手くヴィオレッタと付き合った。最小限の交流、最小限のやり取りでヴィオレッタの立場をわからせた。正直、なんでこんな金食い虫を公爵家で飼わなくてはならないのかと思うほどであったが、反抗するのも面倒くさい。
今では、人前ではうまく仲の良い婚約者を演じ、お互いに気に入った物を指定して贈り合う。何とも事務的な関係に落ち着いた。
そんな納得のいかない関係を悶々と続けているうちに出会った憧れの人。
その人を思い出すだけで心のバランスが取れるようになり、うまくやっていけるように思えてきた。調子がいい時には、もしかしたら普通の信頼できるパートナーとして人生を最後まで走り抜けられるのではないかと。
それなのに、予想外に現れた男爵令嬢の存在によって、あっけなく壊れてしまった。