第二十六部 変わらない愛
ローガンがロッジに残した携帯電話を使い、ノアは警察に通報した。
電話を終えたノアが二人に向かって、
「じきに地元の警察がこっちへ来る。それまでに、お前と浦辺さんはグリフォンを連れて森に行きなさい。警察にはわしと連中とのわだかまりによって起きた諍いだとでっちあげるつもりだ。うまく誤魔化すためにも、お前たちはここにいられちゃ困る」
と、言った。
二人は承諾すると、「彼」を連れて森のオアシスへと向かった。もし警察が森に来るようなことがあっても、そこなら見付かる心配がなかったからだ。
二十分後、地元の警察が原野に到着した。
頭を撃ち抜かれ絶命した遺体、背中に空いた数ヶ所の穴から鮮血を溢れさせる遺体、そして気を失った二人の男たちと危険な銃器が地面に転がっているという、のんびりした原野とはとてもマッチしない血生臭い現場を目撃した警官たちは揃って驚愕した。
警察を迎えたノアが真っ先に事の経緯を説明した。
ノアはローガンたちを過去のハンティング仲間に置き換え、些細な言い争いが大きな諍いに発展した結果がこの有り様だと説明した。
ローガンとティムの遺体に残された傷跡を確認した警察は、過剰防衛の意思があったのではないかという疑惑をノアに向けたため、彼は思わず口ごもってしまった。
そんなとき、彼の窮地を救ったのは小男のノームだった。
ロッジで浦辺たちと一緒に手当てを受けたノームは落ち着いた様子で、警察の指摘した疑問に対し返答した。自身を旅行者に置き換え、偶然ノアたちとのいざこざに巻き込まれたが相手が殺し兼ねない勢いでノアに迫ったため、応戦し思わず撃ち殺してしまったと。
狩猟団の一員としてローガンの下で行動していた小男は改心し、自らティムとローガンを殺害したのが自分だと主張してノアを庇った。
警察官に頬を叩かれて意識を取り戻したケインとスタンリーは、自分たちの犯した罪を棚に上げ必死に不当逮捕を訴えた。
しかし、一方的に喚き散らす二人より冷静沈着なノームの説明に信憑性を見出した警察にはまったく響かなかった。
露骨に横柄な態度を示す二人に警察は自然と悪い心証を受けたらしく、結果的にケインとスタンリーは自分で自分の首を絞める形となった。
なぜ犯してもいない罪を被るのか、と警察が目を離した隙にノアはノームに尋ねた。
ノームはただ一言、罪滅ぼしのため、と言った。
さらに、警察が出動したのを知ったセバスチャンも原野に現れた。
彼自身も、ローガンたちに妻を人質に取られたばかりに、ノアを危険な目に遭わせてしまったことに負い目を感じていたようで、必死に彼を庇った。
二人の証言により、ノアは警察から疑惑の眼差しを向けられなくなった。
警察は動かぬローガンとティムの遺体と、重要参考人であるノーム、ケイン、スタンリーの三人を警察車両に乗せた。
往生際の悪いケインとスタンリーはひたすら抵抗したが、多数の警官たちに囲まれようやくおとなしく車に乗り込んだ。
ノアも同行する意思を示したが、警察はそれを断った。ノームとセバスチャンの証言を聞いた彼らには、これ以上ノアに疑いの目を向ける理由などなかったからだ。
数台の警察車両が原野を出発し、やがて見えなくなった。
セバスチャンが心配して残ろうとしたが、ノアは逆に気遣って帰るよう促した。
セバスチャンは無事に妻が戻ってきたことを打ち明けてからノアに謝罪し帰って行った。
激しい戦闘の爪痕を遺した原野に静寂が戻った。
夕方頃になって、イザベラと浦辺がロッジに戻ってきた。
警察とのやり取りを簡単に説明した後、三人は夕食を摂ることにした。
普段通りのパンとミルクという質素な組み合わせの夕食を摂っている間、イザベラは終始元気のなさそうな表情を浮かべていた。
ノアは声をかけたい気持ちにかられたが、黙って食事を続けた。
食事を終えたイザベラは、自室に籠もったまま出てこなかった。
「浦辺さん、わしが警察と対応している間になにかあったのか?」
「なにか、と言いますと?」
浦辺は首を傾げた。
「イザベラだよ。さっきから元気がないようだが…」
「ああ、それでしたか。別になにもありませんでしたよ。ただ、再会を果たした『彼』とは一言も発さないままお互いにじっとしていました」
「…ひょっとすると、あの子はまだア昼間のことを気にしているのかもしれないな」
「恐らく」
と、浦辺が言ったとき、扉が開きイザベラが姿を現した。
「ちょっと森へ行ってくるわ」
「待ちなさい。こんな時間にか?」
「うん、ちょっとね」
と言い、イザベラはノアが呼び止めたのも聞かず外へ出て行った。
立ち上がった浦辺も外へ出た。
「イザベラさん」
夕暮れに照らされる森に向かおうとするイザベラを浦辺は呼び止めた。
「…浦辺さん、申し訳ありませんがーー」
「分かっています。森の中まではついて行きませんよ。『彼』と二人きりで話したいことがあるんですよね?」
「………」
イザベラは黙っていたが、浦辺はそれを肯定と捉えた。
「やはり、昼間の質問に対する『彼』の答えが気になるんですか?」
「…はい。ずっと、そのことばかりが頭に残っていて」
「正直に言うと、あの卵を『彼』との間に授かったとおっしゃっていたあなたが、突然あの質問を切り出して僕は驚きました。心の何処かで、本当に『彼』との子なのかという不安を抱いていたんですか?」
と、浦辺が尋ねた。
そんな彼にイザベラは振り返り、
「いいえ、違います。私はただ、『彼』の口からハッキリとした答えを聞きたいんです。果たして、あの卵が『彼』との子で、私がお腹を痛めて産んだ子なのかどうかを」
「どうしてそこまで?」
「もしあの卵に宿っている子どもが私たちの子なら、私はこれから母親としての自覚を持って生きていかなければなりません。そのとき私は、私と父を捨てていった母親のような女には絶対にならないようにしたいんです。理想的な母として『彼』と卵の子を支えていくためにも、彼の口から真実を知りたいんです」
と、イザベラは真剣な表情で言った。
浦辺は頷き、
「分かりました。しかし、くれぐれも気を付けて。夜の森が危ないことは僕も分かっていますからね」
「はい」
「それから、僕がお礼を言いたがっていると伝えてくれませんか?」
「浦辺さんが?」
「ローガンに猟銃で狙われたとき、僕はもうダメかと思いました。でも、『彼』が舞い降りてきたことで、僕は撃ち殺されずに済みました。それだけでなく、また撃たれそうになったときも僕を庇ってくれた。身の危険も顧みず無鉄砲な自分を守ろうとしてくれたお礼をぜひ言いたいと思いましてね」
「分かりました。『彼』に伝えておきますわ」
と、イザベラは微笑んで言った。
浦辺は会釈すると、ロッジへと戻った。
イザベラも小さく頭を下げると、踵を返し森へ目指して歩を進めた。
森の中は薄暗かったが、この先に待ち受けている「彼」のことを想うイザベラにとっては、例え暗闇が広がろうとも決して恐れなど抱かなかった。
歩を進めると、例の行く手を阻む木々が連なるあの場所に到達したが、グリフォンを信じる彼女一人が姿を現したため、そびえる木によって本来塞がれていた一本の道が奥へと続いていた。
よそ者と一緒の際は元の行き止まりとなっているが、グリフォンを信じる者だけが訪れたときには、特殊な魔力によって訪問者を誘う道が開くのだ、とイザベラは「彼」から教えられていた。
歩き続けて数分が経ち、イザベラは森のオアシスに辿り着いた。
彼女が到達した途端、薄暗かったオアシスにパッと光が射した。夕暮れからいつの間にか夜空に変化した空から、雲に隠れていた月が顔を覗かせたのだ。
樹葉で遮られていないオアシスに、月の光が満遍なく光を注ぐ。
月光に照らされ水面を輝かせる池のそばに「彼」はいた。
「彼」は、巣に置かれた卵に寄り添うように体を伏せていた。
イザベラは昼間に放った言葉を思い出し、胸の前でギュッと手を握った。
もしかしたら、自分が望んでいない真実が「彼」の口から出てくる可能性もあったが、もしそうでも構わない、とイザベラは思った。
(『彼』を愛していることには変わりないのだから…)
イザベラは意を決すると、オアシスに足を踏み入れた。




