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第二十五部 再会

 森のオアシスを出た直後、イザベラは激しい雄叫びを耳にした。

 あまりの凄まじさに驚き、イザベラは耳を塞いでその場にしゃがみ込んだ。彼女の周囲に生い茂る木の葉が激しくなびき、森の中を強い風が吹き始めた。

 少しして、イザベラが恐る恐る塞いでいた手を離すと元の静かな森になっていた。

 突然のことに驚いたイザベラだったが、次第に胸の鼓動が激しさを増した。

(今の雄叫び、まさか…)

 イザベラは立ち上がると、再び森の出入り口目指して駆け出した。

 出入り口が目前に迫ったとき、大きな銃声が轟いた。オアシスからかなり走ってきたが、イザベラの走る速度は衰えなかった。

 森を抜けると、まぶしいぐらいに輝く太陽の光を浴びた。

 イザベラはまぶしさで細めた目を凝らし、ロッジの方を見た。

 呆然とする浦辺らしき人物の奥で、なにかがうごめいていた。

 やがて、その存在の正体をハッキリ捉えたイザベラの胸が高鳴った。

 思わず目頭が熱くなったが、イザベラは現在起きている状況を収めるのが先決だと自身に言い聞かせ、再び駆け出した。

 気配を感じ取って振り返った浦辺の横を通り過ぎたイザベラが目の前の光景に釘付けになったまま足を止めた。そして、ギュッと胸の前で両手を握り締めた。

 堪えていたイザベラの瞳から涙が溢れた。

 白い羽で覆われたハクトウワシの顔から伸びた黄色く立派な嘴、威厳ある翼、太陽の光により光沢を帯びた黒くて鋭い爪、羽で覆われたフサフサの上半身とは異なる筋肉の引き締まったライオンの下半身を持った現実に存在し得ないはずの生物…。

 必死に逃れようともがいているローガンを押さえ付けながら口を大きく開き威嚇しているのは、まさしくグリフォンである「彼」だった。

 不意に、ローガンが悲痛な叫び声を上げた。「彼」の鋭い爪が肩を切り裂いたのだ。

 生々しい傷口から血を噴き出すローガンの叫び声を聞き、イザベラは我に返った。

 駆け寄り、怒り狂ったようにローガンに傷を負わせる「彼」のフサフサな頭に抱き付いた。

「彼」が動きを止めた。

 イザベラの心の中で聞きたくて仕方が無かった声が聞こえた。

〈…イザベラ?〉

「そう、私よ。…もうやめましょう」

〈しかし、この男はーー〉

「もういいの。それより、会いたかった…」

 イザベラが涙で目を潤わせたまま「彼」に身を寄せた。

 彼女に答えるかのように「彼」も優雅に広げていた翼で彼女を包み込み、

〈私も会いたかった…〉

 と、優しい声で囁いた。

 長いブロンドの髪をなびかせた美女と神話上でしか存在し得ないはずのグリフォンが、互いに身を寄せ合って再会を静かに喜んでいる光景はまさにファンタジーの世界そのものだった。

 非現実的な光景に浦辺はただ呆然とするしかなかった。

 そんな浦辺にイザベラは近寄った。

「浦辺さん、怪我が…!」

「え? …あぁ、これくらいたいしたことじゃ。それより、僕の不注意のせいでノアさんが…」

「わしをあんまり軟弱扱いせんといてくれんか?」

 二人が声のした方を向くと、肩の傷を押さえながらも余裕な笑みを浮かべているノアが立っていた。

「パパッ! 酷い怪我をしてるじゃないのっ」

「そんな大袈裟な…。肩を撃たれた程度だよ」

「でも血が…」

 と、心配するイザベラにノアは微笑み、

「これぐらいすぐ治るさ。だが、浦辺さんが命懸けで闘ってくれなかったら、もしかしたら殺されていたかもしれんな。お前にも見せてやりたかったよ。彼の卓越した格闘術には目を見張ってしまったわ」

「…浦辺さん、ありがとうございました」

 と、イザベラが頭を下げると浦辺は慌てて、

「でも、ノアさんを守るはずがこんな目で遭わせてしまったのでーー」

「まだ言うのか? 乱暴者だった若い頃を思い出せて久し振りに楽しめたから気にすることはない」

 と、ノアは楽しそうに笑った。

 ノアの豪快な笑いに釣られ、浦辺も笑った。

 イザベラもフフフッと笑ったが、すぐに神妙な面持ちを浮かべるとすぐそばで静かに控えていた「彼」に向かい合った。

「あなたに一つ確かめたいことがあるの」

〈確かめたいこと?〉

「彼」がキョトンとした顔で首を傾げた。容易に人を近付けさせない気高く巨大なハクトウワシの顔を持っていながら、何処か愛くるしい仕草にイザベラは母性をくすぐられた。

「今この場にはないけど、私たちの卵は森のオアシスでおとなしくしているわ」

〈そうか…。それを聞いて安心したよ〉

「その卵のことだけど…」

〈?〉

「あの日、あなたが夜の森でハンターたちに追われて逃げ延びた後、私は激しい腹痛に襲われたの。数日寝込んでようやく痛みは治まったけど、いつの間にかあの卵が私と一緒に置かれていたの。そのとき、とっさだけど私はあなたとの間に産まれた子どもだと思った。でも、あなたの口からハッキリと教えてほしいの。あの子は…本当にあなたと私の子なの…?」

 イザベラの問いに「彼」は無表情だったが、中々口を開かなかった。

 イザベラはかすかに嫌な予感がした。もしかしたら、事実は彼女が思い描いているのとは異なっているのかもしれない。あの卵は自分と「彼」との間に産まれたのではないかもしれない、という不安が込み上げたのだ。

 イザベラは、もし「彼」の口から求めていた回答を得られた場合、即座にこの言葉を言うつもりだった。

「愛している」

 と。

 その言葉を伝えることで、「彼」への偽りのない気持ちを素直に伝えたかったからだ。

 だが、「彼」は何故か沈黙を貫いている。

 浦辺はイザベラを見てから、沈黙する「彼」を見た。

 事実を打ち明けたとき、彼女がどういう反応を示すのかが怖くて言えないのか?

 浦辺にはそんな風に見えた。

 ノアも神妙な顔で見つめ合う娘と一頭を眺めている。

 やがて、意を決した「彼」が彼女の質問に答えようとした。

 そのときだった。

 出血の酷い肩を押さえながらヌッと現れたローガンの姿を浦辺は捉えた。

 もう片方の手にはピストルが握られている。格闘中に浦辺が蹴飛ばした物だが、恐らく一段落してホッとしているどさくさに紛れて拾ったのだろう。

 己の血で全身を真っ赤に染めたローガンはもはや怪物と呼ぶに相応しい形相を浮かべ、ゆっくりとピストルの銃口を「彼」に向けた。今にも飛び出しそうなほど大きく見開かれた瞳に、尋常じゃないほどの殺意を宿している。

 浦辺の視線を追ったイザベラも気付き「キャッ!」と叫んだ。

 ノアが足元に落ちていた石を掴み取り、それを思い切りローガンに向けて放った。

 剛腕により投擲された石は物凄いスピードでローガンに迫ったが、ローガンは大胆にもピストルを握る手でそれを弾き飛ばした。

 しかし、弾き飛ばした瞬間に迫ってきていた浦辺の存在には気付かなかった。

 浦辺はローガンの前に迫ると、相手の両肩に両手を乗せ、胸に強烈な膝蹴りを繰り出した。

 ローガンの口からあぶくのように血が溢れ、背中から倒れるとそのまま動かなくなった。

 浦辺は数秒じっと見つめたが、動かないと分かると踵を返した。

 だが、一瞬のうちに殺気が湧き上がった。

「危ないっ!」

 浦辺が振り返ったのとノアが叫んだのはほぼ同時だった。

 振り返ると、上半身を起こしたローガンがピストルを浦辺に向けていた。もはや虫の息だが、最後の力を振り絞ってでも確実に息の根を止めてやろうという恐ろしい執念が、彼の体を支配しているのだろう。

 そのとき、無防備な浦辺を庇うかのように「彼」がサッと立ち塞がった。

「アッ!」

 イザベラが叫んだのと銃声が轟いたのは、ほぼ同時だった。

 銃声が原野にこだまし、やがて静寂が訪れた。

 反射的に体を屈めた全員が目の当たりにしたのは、撃たれて傷を負った「彼」…ではなく、頭を撃ち抜かれ脳漿を飛び散らせたローガンの哀れな亡骸だった。

 浦辺たちが周囲を見回した。

 離れた所から、一人の男が震えながら猟銃を構えていた。

 小男のノームだった。

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